天空城②
★
「エルトぉ。えへへへ」
アリシアの寝言を聞いたセレナは浅く停滞させていた意識を浮上させる。
瞼を開けてみると外からは星々の明かりが差し込んでいる。薄暗くはあるが状況を見られないほどではない。
横を見るとアリシアが幸せそうな顔をして眠っており、セレナに抱き着いていた。
「……まったく。良く寝ているわね」
自分の胸を押しつぶすように抱き着かれており少し息苦しい。恐らくこれのせいで目覚めさせられたのだとセレナは認識した。
「や、あっ、あっ」
セレナはアリシアの胸を遠慮なしに揉んでみる。マリー程ではないがそれに近い大きさをしていて、指が沈み込む。その柔らかさが羨ましくセレナは寝起きということもありアリシアの嬌声を無視して揉んでいた。
「人族の食べ物ってどうなってるのかしら。何を食べたらこんなに育つんだか……」
エルフの女性の胸はそれほど大きくはない。セレナは村一番の大きさというわけではないが、数えるなら上から数えた方が早い程度のプロポーションを誇っていた。
「ああでも、アリスはそれほどでもなかったわね。あの娘が標準なのかも」
日中にステータスアップの実を収穫している時、薄着姿で木に登っていたのでスタイルを確認したのだが、自分より大きいのは間違いないがアリシアには完全に負けていた。
そんなことを考えていると……。
「な、だめっ、皆もいるのよっ」
甘えるような声を出しつつセレナの手を掴むアリシア。そしてアリシアが蕩けたような目を開けると……。
「…………セレナ。何してるの?」
相手がエルトでないと知ったアリシアは大きく目を見開いた。
「いいセレナ? 普通女の子同士だからって気軽に胸は揉まないのよ」
顔を赤くして身体を庇いながら、ベッドの上でアリシアはセレナに説教をしていた。
「だからごめんってば。寝ている最中にアリシアが抱き着いてきたから少しやり返しただけじゃない」
「うっ、それは……悪かったとは思うけど。何かに抱き着かないとよく眠れないんだもん」
そんなアリシアの委縮する態度を、セレナは可愛いなと感じた。それと同時にエルトの好みはこういう守ってあげたくなるような女性なんじゃないかと考える。
「まあ私になら全然いいけどね」
正面から抱き着かれると圧迫されて苦しいけど、旅の途中でぬいぐるみを持ち歩くわけにもいかない。エルトに抱き着かれないのなら喜んで自分の身を捧げようとセレナは考えた。
「それは嬉しいけど。私はそっちの趣味はないからね?」
その返答にどこか疑わし気な視線を向けるアリシア。
「私だってないわよ。ただあんたの胸が大きいから、何食べたらそうなるのかなと考えてただけだし」
「そう? でもこれ、大きくてもそんなに良いことないよ? 男の人たちから変な目でみられるし」
アリシアはそう言うと自分の胸を持ち上げて見せる。その仕草をセレナは鋭い眼つきで見つめていると……。
「そういえばエルトは?」
ふと部屋にエルトがいないことにセレナは気付いた。
「あれ? もしかしてトイレかな?」
アリシアもそのことに気付くと部屋をきょろきょろと見渡す。
「アリスもいないみたいなんだけど?」
もしかすると二人で出ているのではないかとセレナは考える。アリスはことあるごとにエルトに接していたし、好意のようなものを持っているのは間違いない。
「アリス様とエルトなら何かが襲ってきても平気そうだね」
安心した様子を見せるアリシア。彼女はアリスがそういう目でエルトを見ているとは考えていなかった。
「ちょっと、アリシア。それは楽観的すぎない?」
アリスはセレナの目から見ても魅力的な女性の上、人族の中では高貴な身分だという。仮に彼女がエルトを誘惑したとして、自分たちが負けるとは考えないのか。
「えっと、アリス様は王族だし結婚するのにも条件があるって言ってたよ。だから平気じゃない?」
一緒に旅をしてきただけあって信頼しているらしい。アリシアの無垢な笑顔を見たせいでセレナは脱力する。
「まあ、アリシアがそういうならいいけど……。でも、ちょっと探しに――」
せめて二人が何をしているのかだけでも確認しようと考えたセレナはそう口にしようとするのだが。
——ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――
「きゃっ!」
「何っ!」
大きな揺れを感じ、抱き合うのだった。
「お、収まった?」
「う、うん。もう平気みたい」
至近距離で顔を合わせると二人は息を飲んだ。
先程まで立っていられないほどの揺れがあり、恐怖を覚えていたのだ。
「これって、エルトの仕業だと思う?」
「た、多分そうかも。エルトって私が見ていないと変なことするし」
二人は先程の揺れがエルトによるものだと認識を共有する。
「と、とりあえず外に出てみない?」
アリシアがポツリと呟く。ここでは何が起きたのかわからない。
まずはエルトと合流して何をしてしまったのか問いただそう。二人はそう考えるとベッドから降りて部屋の外へとでた。
「建物自体に破損はなさそうね」
森暮らしで若干夜目が効くセレナは周囲の様子を確認する。
「セレナ。入り口のドアが開いてるよ」
アリシアは自分たちが入ってきた入り口が開いていることに気付くと指をさす。
「とりあえず外に出てみましょう」
セレナがそう言い、二人は気配を探りながら外にでるのだが…………。
「どうなってるのよっ!」
「ここ……どこ?」
城を囲う壁より先は地面が無くなっている。周囲は雲に囲まれており、星空が妙に近い。
これまで見たことのない光景に二人は口を開けて呆然と佇むのだった。