福音の指輪
「エルト君や。例の魔法を頼めんかね?」
翌朝、頭を抱えながら起き上がってきたヨミさんに俺はパーフェクトヒールを使い二日酔いを治してやる。
「ふぅ、エルト君のこの魔法があると思うとついつい飲み過ぎてしまったわい」
昨晩、ヨミさんはそれはたくさん酒を呑んでいた。
シルバーサーペントが美味しかったのもあるのだが、魔法で病を治して以来行動力が戻ったらしい。
積極的に狩りにでたりして人生を楽しんでいるようだとフィルから聞いた。
「まったく、父さん。あまりエルトに頼らないでよね」
奥からセレナが顔を出す。どうやら既に起きていて料理を作っていたようだ。
「まあ良いではないか。将来は身内になるのかもしれないのだし。なぁ、エルト君や」
「ばっ! 何を聞いてるのよっ! ね、ねえエルトっ!」
二人の視線が俺へと向いた。俺は何と答えるべきか悩むのだった……。
「それでエルト。戻ってきた目的を聞いても良いか?」
セレナとアリシアの手で朝食の準備がされ、ヨミさんとフィル。それに俺たちで食卓を囲んでいるとフィルが質問をしてきた。
「ああ、まずはセレナの里帰りだな」
俺の目的はアリシアに会うことで半ば達成した。それならば余裕がある内に顔みせをしておくべきだと思ったのだ。
「他にも目的があるのか?」
フィルの問いに俺は頷くと話し始めた。
「ここからしばらく北上した場所に城があるんだけど、知っているか?」
「城? いや、記憶にないな……?」
「ワシもじゃな。この辺にそんなものはないと思うが?」
もしかすると邪神の結界が残っているせいだろうか?
虹色ニンジンの群生地と同様の人除けの効果があるのかもしれない。
「実はこの森の北には邪神の城があるんだ」
「「ブウウウウウウウウッ」」
「わっ、汚いなお父さん」
非難するような声をあげたセレナはそう言いつつも手拭いを二人に渡す。
「ゲホッ、ゴホッ。え、エルト君が妙なことを言うからじゃぞ」
「じょ、冗談にしても質が悪い!」
むせるヨミさんに、非難の目を向けてくるフィル。
「それが本当だから困るのよね」
「私たちも真実のオーブがなかったら同じような反応をしていたのかもしれませんね」
アリスとアリシアが何やらひそひそと話をしている。
「冗談ではないですよ。元々俺は邪神の生贄として城に召喚されたんです」
「何かあると思っていたが、まさかそのようなことが……」
ヨミさんの目がすっと細まった。
「だけど、運よくスキルが発動して逆に邪神を滅ぼしたんですよ」
「いや、運よくって……良すぎだろ」
フィルの突込みに俺は頷く。確かに何か一歩間違えばこうしてここにいないのだから。
しみじみと自分の幸運をかみしめていると……。
「ときにセレナや、その指に嵌めているものなんだが……」
フィルがセレナの左手の薬指に注目する。
「これ? これはね、エルトから貰ったのよ」
嬉しそうに手を撫でるとセレナは頬を赤くした。
「なっ!? エルトどういうことだっ!」
「そっちこそなんだよ?」
顔を近づけるフィルを押し返しながら俺は返事をする。
「指輪まで贈ってもう結婚する寸前じゃないか!」
恨めしそうな顔をするフィルに。
「いや、そういう意図で贈ったわけじゃない。この辺のモンスターは物騒だからな、自己防衛のために渡しただけだ」
俺が弁明している間にヨミさんはアゴに手をあてると興味深く指輪を見ていた。
「エルト君や」
「なんですか?」
フィルを押しのけながらヨミさんに返事をすると。
「この指輪、もしかすると【福音の指輪】ではないか?」
「ええそうです。邪神が身に着けていたものなんですけどね」
魔法の効果があるのでセレナに贈ったのだ。
「知っているんですか?」
ヨミさんは俺の問いに頷くと。
「はるか昔から村に伝わるおとぎ話でな。かつて精霊王に祝福されし勇者がこの村を訪ねた時に持っていたものらしく……」
それは恐らくマリーの前の契約者のことだろう。
彼は過去にこの村を訪れていたらしい。
邪神の装備だと思っていたが、マリーの前の契約者の物ということなら彼女に持たせるべきだったか?
俺がそう考えていると……。
「たしかそのものは言っておったらしい『この指輪があれば邪神の結界を打ち消し城へと入ることができる』と」
思わぬ情報が飛び込んでくるのだった。