神杖ウォールブレス
のどかな風景が窓から見える。
馬の足音と車輪が回る音が聞こえ、暖かな風が吹き込む。
迷いの森に向かっているのだが、冒険というよりは旅行という言葉が適切だろうか。
セレナは卸者台に座って陽の光を浴びながら口笛を吹いているし、アリシアとアリスは楽しそうに会話をしている。
エリバン首都を出発してから数時間が経ったのでそろそろ気が緩み始めていた。
「ところでエルト君。随分と羽振りが良いのね」
「ん。何の話だ?」
穏やかな雰囲気にまどろみを覚えていた俺は、アリスの言葉で意識を呼び戻された。
「このエセリアルキャリッジよ。王都の貴族でも中々手を出さない高級品じゃない」
こうして乗ってみると便利なのだが、実際のところ手を出す人間は少ない。
まず普通の馬車に比べて購入価格が高い。同じ規模の馬車を買った場合200台は手に入れることができるのだ。
馬車などというものはそもそも数年に一度買い替えればすむものなのだ。
つまり1人の貴族であっても人生で十数回買い替えればいい程度だ。それをわざわざ高い金払ってまでエセリアルキャリッジにする必要がない。
更に言うなら、その運用にも弱点がある。
基本的に魔力で動くのだが、エネルギー効率がそこまで良くない。
使わない間は誰かが指輪を嵌めて魔力を蓄積する必要があるのだが、魔道士を同行でもさせない限りは途中で魔力が尽きてしまうだろう。
餌さえ与えれば動かせる馬と比べるとそこが厄介なのだ。そんなわけで日帰りできる距離や馬車が壊れた際の緊急用として購入する人間がいる程度だった。
「邪神の城で手に入れた宝石類を買い取ってもらってな。その金で買ったんだよ」
俺がしれっとそう言うと、アリスは探るような視線を向けてきた。
「君。しれっととんでもないこというよね。普通ならもっと誇る話だと思うんだけど」
仕方ない話だろう。邪神の攻撃をストックして打ち出したら勝手に滅んだのだから。まさか自分の攻撃を繰り出された程度で死ぬなんて想像もしていなかったので、俺にしても邪神を討伐した実感が薄いのだ。
そのせいもあって誇るような気にならない。
「そうだ、アリシア」
「どうしたのエルト?」
俺とアリスの会話を聞いていたアリシアが首を傾げる。
「その新しい服似合ってるな」
「えっ、ありがとう」
王都の女性向け防具は優秀で、普通の服にしか見えないが防刃性能防魔性能に優れている。
アリシアもセレナも、ついでにアリスも自身を引き立てるような恰好をしている。
だが、アリシアが身に着けているのはその服の他には特に何もない。俺は荷物を漁って見せると……。
「これは俺からのプレゼントだ」
布を巻いた長い物をアリシアに差し出した。
「ありがとうエルト。開けてみてもいいかな?」
そう確認をしてくるアリシアに俺は頷いて見せる。アリシアは布を取り払うと……。
「綺麗……。こんな杖見たことないよ?」
「【神杖ウォールブレス】だ。効果は使用する魔法の威力増幅に必要魔力の減少。大体今までの10分の1程度で済むらしいぞ」
「ちょっ、それって完全にアーティファクト級じゃないの!?」
俺が解析眼で知った情報をアリシアに説明しているとアリスが驚愕の表情を浮かべていた。
「そりゃそうだろうな。何せ邪神が装備していた杖だし」
邪神の城の数ある装備の中から選んで使っていたのだ、最高峰の装備に違いない。
「あとは魔力を込めると物理と魔法を受け止めるバリアを展開できる」
これから向かうのは迷いの森だ。俺とセレナはレベルが高いこともあってか問題ないが、アリシアには不安要素があった。
「えっと、そんな凄い装備を私にくれるの?」
「勿論だ。これがあればアリシアもある程度は自衛ができるからな。受け取ってくれないと困るぞ」
俺がそう言うとアリシアは杖を抱きしめて感激した様子で、
「ありがとうエルト。私この杖大事にするね」
瞳を潤ませて笑ってみせた。
「ねぇ、エルト君。私にはプレゼント無いの?」
「えっ……? どうして?」
俺が不思議な表情を浮かべるとアリスはむっとして顔を近づけてくる。
そして耳もとに唇を寄せると……。
「水浴びを覗いたでしょ!」
アリシアに聞こえないようにそう呟いた。
確かに俺は不可抗力とはいえアリスの艶姿を見たのは間違いない。
「じゃあ、こいつでいいか?」
「これってなに?」
「【帝のペンダント】何やら凄い物だとは思うが、効果がいまいちはっきりしていないんだよ」
邪神が身に着けていたからにはそれなりに有用なのだろうが、使い道がないので渡してみた。
「何よそれ。もっと詳しく説明してくれてもいいじゃない!」
アリスがそんな風に不満を口にしていると……。
「馬車が止まったよ?」
アリシアの言う通り。車輪が動く音がしなくなった。
そして外からセレナの声が聞こえてくる。
「敵襲よ!」