エセリアルキャリッジ
「ここが魔法具の店だ」
ラッセルさんに案内されたのは大通りの中でも街の中央近くにある店だった。
この辺りは道が綺麗に整理されていて、いかにも金持ちのような人間しか見かけない。
移動手段も馬車などが当たり前なのか、店の前には馬車を停めるための広い敷地が確保されていた。
「とても高そうな雰囲気の店ですね」
俺は店の作りをみて圧倒される。入り口は磨かれた大理石の階段で、レッドカーペットが敷かれている。
扉は開かれっぱなしになっていて、一見すると無警戒にみえるのだが……。
『結界が張られているのですよ』
マリーが教えてくれる。
(これは壊すなよ?)
俺はこっそりとマリーに指示を飛ばすと……。
『わかったのです。周囲にはご主人さまを見ている人間はいないので安心して買い物するのですよ』
マリーの言葉を聞くと、俺とラッセルさんは店内へと入って行くのだった。
「何かお探しでしょうかお客様」
店に入るとすぐに店の従業員が近寄ってくる。俺は一度頷くと……。
「【エセリアルキャリッジ】が欲しいんだが、扱っているだろうか?」
「ええ、確かにございます。ですが……」
従業員は非常に言いづらそうにしている。
「取り敢えず見せてくれないか?」
俺はそう言うと従業員に案内をさせる。
「こちらが当店が取り扱っています【エセリアルキャリッジ】になります」
店の奥の中央あたりにあるスペースでは馬を模した模型と荷台が付いた馬車が置かれていた。
これは【エセリアルキャリッジ】と呼ばれる魔法具で、魔力で動く馬に荷台を引かせることで移動することができる。
動力は魔力で、魔法具に組み込まれている魔石に魔力を溜めることで動かすことができる。
使わないときは腕輪の状態に戻って収納ができるので、貴族や高ランク冒険者などに人気が高い。
かくいう俺も、昔から街中でこのエセリアルキャリッジが走っているのを見ては憧れを抱いていたものだ。
精巧な馬と大量の荷物を積み込めそうな荷台を見た俺はそのエセリアルキャリッジを見つめると……。
「いくらになる?」
これから迷いの森に向かうのだが、流石に来た時と同じように徒歩では時間が掛かる。アリシアもいるので必要と考えてエセリアルキャリッジを買うことにした。
「はい。2億ビルになります」
「に、2憶だとっ!?」
隣で眺めていたラッセルさんが現実に引き戻されたようで驚いていた。流石は人気の魔法具だけある。とてつもない価格だ。
「普通の馬車なら100万ビルあれば足りるのに……」
「普通の馬車と違ってこちらは出し入れ自由な上、馬と違い疲れもしなければ餌も必要ありませんからね。何より、入手方法がダンジョンドロップと限られておりますので」
従業員の言う通りだ。魔力こそ必要だが、それさえ補充できれば一日中だって移動することができる。これは旅をする上で大きな利点に違いない。
「とはいえ、流石にそんな大金持ってねえし……」
ラッセルさんは兵士の契約金で懐が潤っているらしい、だがそれまでの冒険者稼業で蓄えがあったとしても1000万ビルも無いはず。
「エルト。流石に無理だろ?」
確かに俺の手持ちでは全然足りない。冒険者稼業も短ければ、アークデーモン討伐の報酬もアリシアに渡しているからだ。
従業員が「だから言おうと思ったのに」とでも言いたそうな表情で俺を見ている。
見た目からして俺が2億ビルを持っているとは全く想像もしていないのだろう。
「この店って買取は行っていないんですかね?」
神殿からテンプルカードとやらを受け取ればいくらでも買えるのだが、欲しいのは今なのだ。俺が従業員に確認をとると……。
「一応、宝石類や貴金属など、他にも触媒の買取は行っておりますが……」
従業員は何か言いたそうな視線を向けてくる。今の俺の見た目は普通の冒険者だ、客を不愉快にさせないために言ってもいいものか悩んでいる様子。
「すいません、そこのテーブルを借りても良いですか?」
「は、はぁ。どうぞ」
困惑する従業員をよそに俺はテーブルの前に立つと……。
――コトリ――
硬質な物質がテーブルに置かれる音がする。
俺は幾つかの指輪やネックレスなどをテーブルに並べた。
「こっ、これは……なんと美しい宝石」
照明を受けて輝くそれを従業員は魅入られたように見つめる。
「お、おまえ……一体どこでこんな宝石を?」
邪神の玉座の後ろにあった宝石の類の一部だ。どうやら邪神が集めていただけあってかなりの価値があるのだろう。
「間違いありません。これらは全て一級品の宝石になりますね」
手に取った従業員は目を凝らして宝石を鑑定する。俺はその様子に満足すると話を切り出した。
「これを買い取ってもらってエセリアルキャリッジを購入したいんですが、そういった取引は可能でしょうか?」
こうして取引すれば売り捌く手間がなくなる。多少の利益は向こうに持っていかれるだろうが、それは店側の手間を含むので仕方ないだろう。
「す、すぐオーナーを呼んできます」
邪神の宝石は余程価値があるものなのか、従業員は慌てて店の奥へと走って行くのだった。