(邪魔者のいない)感動の再会
「それでは。こちらの部屋で寛ぎください。何か御用がありましたらそちらのベルでお呼びくださいませ」
「ああ、ありがとうございます」
俺たちにお辞儀をすると侍女が出ていく。
「それにしても随分広い部屋だな。俺がさっきまで泊まっていたのは兵舎だったんだよ。逆に落ち着かないな」
煌びやかなシャンデリアが吊り下がった高い天井には絵が掘られている。
ゆったりしたソファーと大理石のテーブル。暖炉の上には調度品の壺や絵に剣が飾られており、どこをみても高価な物で溢れている。
恐らくは国賓を招くための特別な部屋なのだろうと思う。
「アリシア?」
そんな慣れない場所に浮足だってしまい、アリシアに同意を求めるのだか……。
「……うん」
彼女はなぜか俯いた様子で返事をする。
「えーと……」
今まで見たことがないアリシアの態度に俺は戸惑いを覚える。普段の彼女はもっとはっきりとした口調で俺に接してきた。それはどこか弟の世話を焼くような態度だったのだが、街でそんな風に接してくれるのは彼女だけだったので俺はアリシアのそんな姿が嫌いじゃ無かった。
「そうだ、アリシア腹減ってないか? 色々あったからさ、ちょっと軽く果物でも食べないか?」
話のきっかけを作ろうと思った俺はステータスアップの実を取り出す。
この実はステータスが上昇することもそうなのだが、これまで食べてきた果物の中で一番美味しい。
せっかくなので、俺はアリシアにもこの美味しさを味わって感動してもらいたかった。
「ほら、アリシアも食べようぜ」
普段通りの様子で俺はストックから取り出した金の果実を渡す。すると……。
果物を受け取ったはいいがじっと見続けるアリシア。
「エルト。もしかしてそのまま食べるつもりなの?」
「ああ、そのつもりだけど?」
「お行儀が悪いわよ。そっちも貸して!」
アリシアは果物ナイフを取り出すと皮を剝き始める。
「まったくエルトってば変わらないんだから」
「いや、だってさかぶりついた方が美味しいし早いかと思ってさ」
普段通りの空気を作ろうと努力しているアリシアに俺は乗っかる。
「そんなことないし。絶対に切り分けた方が食べやすいもん」
手慣れた手際で果物を切り分けると皿に載せる。
「流石アリシア。食べてもいい?」
「どうぞ召し上がれ」
俺がアリシアに確認をすると、彼女は嬉しそうに俺に果物を進めてきた。
「うん。確かに食べやすくて美味しい。ありがとうな」
「エルトが用意してくれた果物だけどね。私も一つもらうね」
同じ皿から果物をとって食べる。その動作だけで懐かしさがこみあげてくる。
まるで夢でも見ているかのように頭がふわふわする。
再会できるとしてもまだ時間が掛かると思っていた。この世界でもっとも大切に思っているアリシアが目の前に座っているのだ。
「嘘。なにこれ!? 凄い美味しい!」
「ああ、これはな。邪神の城の庭に生えていた木に生っていたステータスアップの実なんだよ」
「そ、それって……金持ちがこぞって買っては自分たちのステータスをアップさせるのに使っているって噂の? そんな果物を私なんかが食べちゃっていいの?」
大きく目を見開いてまじまじと目の前の果物をみるアリシア。
「平気だよ。かなりの数ストックしてあるし、邪神の城に行けばまた実ってるはずだからな」
途中、マリーと一緒に邪神の城に戻ったところ再び実をつけていたので収穫してきた。1人では到底食べきれない量だしアリシアに喜んでもらえるのなら問題ない。
「じゃ、邪神の城って……エルト本当に邪神を倒したの?」
「さっきも言っただろ。俺は邪神を倒して帰ってきたって」
アリシアが真っすぐに俺を見つめてくる。その瞳が潤んでいて涙を堪えているのがわかった。
アリシアは果物を皿に戻すと立ち上がり俺の隣へと座る。そして頬をペタペタと触り始めると……。
「アリシア、くすぐったいんだが」
俺が抗議をするとアリシアは頭をトンと俺の胸に預ける。
「……エルトのバカ」
「酷くないか? せっかく久しぶりに再会できたっていうのに」
「酷くないわよ。エルトは知らないから……私がどれだけ泣いたか知らないから」
「あ、アリシア?」
「私、エルトが生贄の魔法陣に飛び乗った時眩暈がしたの。自分が死ぬのは怖かったけど覚悟はできていた。だって、私が死ぬことで皆が助かるのならそれは納得できる話だもん。だけど、目の前でエルトが消えて行って、自分が生き残って、エルトがいない人生をこれから独りで生きていかなければならないと考えたら涙が止まらなくなった」
アリシアが肩を震わせて泣いている。俺はその様をみてどれだけアリシアが苦しんだのかを理解した。
「ごめんなアリシア」
俺はそんなアリシアを抱きしめると。
「だけど、もし過去にさかのぼって同じような状況になったら。俺は迷わずアリシアの身代わりになることを選ぶよ」
「どうしてっ! 私、エルトがいないと寂しいのっ! そんな思いをするぐらいなら自分が死んだ方が良かった! どうしてエルトはわかってくれないのっ!」
アリシアが顔を上げる。至近距離から見るアリシアは目から涙を零して泣いている。
俺は不謹慎にもそんなアリシアを綺麗だと思った。
「俺が生き延びるより、アリシアが生き延びた方が周りの連中は喜ぶ。俺はそう思ったから身代わりになった」
「私はそんなの望んでいないっ! 私にとっては世界のすべての人よりもエルトの方が大事なんだからっ!」
興奮したアリシアがはっきりとそう言った。
「どうしてそこまで俺を?」
俺にとってアリシアは特別な存在だった。誰からも相手にされない俺に話しかけてくれ世話を焼いてくれたからだ。失いたくないと考えるのは当然だ。だが、アリシアにとっては…………。
「こ、ここまで言ってもわからないの?」
アリシアは俺を睨みつける。そして頬を赤くすると。
「だったら、絶対誤解しないようにしてあげる!」
目の前にアリシアの顔が迫る。
「んっ。んぅ……」
唇に感じる柔らかい感触。目の前に映るのは目を閉じているアリシアの顔。
どうやら俺はアリシアにキスをされているようだ。
「ん……ふぅ……」
数秒だったか数分だったか時間の感覚がなくなっていた。
アリシアの顔が離れると彼女は唇を指でなぞる。そして浮いた顔を引き締めて俺を睨むと。
「これでわかったでしょ!」
顔を真っ赤にすると。
「私はエルトのことが好きなんだからっ!」