名乗らない不審者
目の前には自分の身体を庇う様にした女が目に涙を浮かべて俺を睨みつけていた。
『責任を取って』そう言われても、突然の事態にどうしていいのかわからない。
「とりあえずこれでも羽織ってろ」
あれから陸に上がったのだが、衣服が水に濡れていて相変わらず目のやり場に困った。俺はストックの中にある予備のマントを取り出すと女に渡した。
「あ、ありがと……」
女は素直に受け取るとプイと顔を背けると、もぞもぞとマントをかぶった。
マントに鼻を近づけ「すんすん」と臭いをかぐ仕草を見せる。
「それ、一応新品だから臭くはないと思うぞ」
「なっ! わかってるわよ」
今日はこれ以上誰からも臭いと言われたくなかった俺は先手をうっておいたのだが、女はなぜか顔を赤らめていた。
「それで、どうして突然俺に斬りかかってきたんだ?」
おぼれているところを助けたお蔭か、叩きのめしたせいかわからないが、どうやら会話ができる状態になったようだ。
「それはあんたが私たちの水浴びを覗きにきたからでしょう!」
「いや、決してそんなつもりはなかったんだけどな……」
そもそもこんなところに人がいるなんて知らなかったし、見張りも立てずに水浴びをしている方も悪いと思う。
「しらばっくれても無駄よ。私が作った認識阻害の結界を超えてきたんだから。悪意が無いというのならなぜ結界を壊したのよ?」
その言葉に俺は黙り込むと……。
『そこにあったからマリーが壊しておいたのです。どっちにしろ御主人さまとの力量差があったので侵入は防げなかったのですよ』
どうやらマリーが壊したらしい。この前のアークデーモンの畑の例もあるから仕方ないと言えるが……。
「その認識阻害の結界は力量差があれば無効化されるからな。少し不用心だったな」
「そ、それは認めるけど……。まさかあなたみたいな実力者がこんなところに来ると思ってなかったんだもん」
バツば悪そうな顔をする。俺は更に言っておくことにした。
「あんたみたいな綺麗な女の子が1人で水浴びをしていたら危険だろ。次からはちゃんと見張りを立てておくんだな」
そうすれば今回のような事故は起きなかったのだ。俺がそう言うと…………。
「き、綺麗って……な、何言い出すのよ急に……」
突然顔を赤らめては睨みつけてくる。
「そうだ。あなた……痛つ!」
はじかれるように立ち上がろうとしたのだが、どうやら先程の攻撃でどこか痛めたらしい。彼女は顔をしかめた。
「えっ?」
「いいからじっとしているんだ」
俺は彼女に近づくと、
「怪我をしたのはここか?」
右の足首に触れた。
「う、うん……そうだけど……」
俺が足に触れると素直に頷く。
「すぐ治すからじっとしていろよ?」
「えっ、どうやって――」
女が驚き質問をしている途中で、俺はストックに入っていた回復魔法陣を解放する。
「【パーフェクトヒール】」
これまでもアークデーモンの攻撃で瀕死になった冒険者や、ヨミさんの病気。フィルの二日酔いなどを治してきたのだ。
「あっ、暖かくて気持ちいい……」
女は蕩けるような表情を浮かべると艶やかな声を出した。
「もう痛みは無いと思うけど?」
俺が確認をすると……。
「嘘、本当に治ってる!?」
女は驚くと立ち上がり足をトントンと地面につけていた。
「あ、あなた本当に何者よ?」
いよいよ不審な目で見られてしまう。俺としては水浴びを終えたので面倒なことになる前に立ち去りたいのだが…………。
『御主人さま。複数人がこっちへ駆けつけてきているのです』
これ以上はこの場に留まるわけにはいかないようだ。
「それじゃあ、俺はそろそろ行く」
そう言って有無を言わさず立ち去ろうとすると……。
「あっ、せめて名前だけでも教えてよっ!」
縋り付くように手を伸ばしてくる女に。俺は笑顔を向けると……。
「またそのうち会えたらな!」
手を振ると同時にマリーに命じ風を起こす。
そして彼女の視界を封じるとその場を後にするのだった……。