酒場に繰り出した
「やっと街にはいれた」
セレナは疲れた声を出すとぐったりしながら歩いていた。
数時間前、門が開くと警護の兵士達と豪華な馬車が現れた。
恐らくあれが王族が乗っている馬車だったのだろう……。
だが、俺たちはその時ちょうど商人たちに群がられていたのであまりゆっくりそれをみていることができなかった。
「ううう、色んな人に話し掛けられて疲れちゃったよ」
セレナは珍しいエルフな上、美人なので大勢の人間が話しかけていた。
「とりあえず当面の活動資金は手に入ったからな」
俺は商人に虹色ニンジンを1本だけとりだして見せた。するとその場は騒然となり、話を聞きつけた商人たちが列を放り出して駆け付けたのだ。
どうしても手に入れたかったのかその場で競り合いが行われ、結構な大金を手にすることができた。
「まずは宿屋を探そうか」
危険地帯を抜けてきたので心も身体も疲れている。まずは休むことが必要だろう。俺はセレナに声を掛けると街中を歩きはじめるのだった。
「いらっしゃいませ。2名様で宜しいでしょうか?」
歩き続けて街の中心付近まで来た俺たちは近くにあった宿屋へと入った。
「ああ、2名でひとまず1週間の宿泊で頼む」
「部屋はどうされますか?」
受付の若い女の子が値踏みするように俺たちを見た。
セレナが俺の陰に隠れているので関係性を探っているのだろう。
料金表を見せられる。1人部屋の方が2人部屋に比べて金額が高い。
俺は少し考えると…………。
「1人部屋を2つ頼む」
「えっ?」
俺がそういうとセレナから驚き声が上がる。
「どうした?」
俺はセレナに聞き返すと……。
「えっと、2人部屋の方が良くないかしら? お金の節約にもなるし……」
しどろもどろになりながらそう主張してくる。
「金ならさっき手に入ったじゃないか。問題ないと思うけど?」
「うぐっ……」
セレナは一歩後ずさると……。
「そ、それでもお金は有限なんだからっ! これから入用になるかもしれないから節約したほうがいいと思うな」
その必死な主張でセレナの心境が見えてきた。
恐らくだが彼女は人間だらけの街で1人で眠りたくないのだろう。俺はそれを読み取ると。
「すいません、やっぱり2人部屋でお願いします」
「かしこまりました」
「ふぅ。やっと落ち着けるよ」
部屋に案内されるなりセレナは表情を和らげると楽な格好をした。
ベッドに身体を投げ出して力を抜いて目を閉じているのだが、その姿は眠り姫のようで見ているとドキッとする。
しばらくすると目を開けたセレナは、
「ねぇエルト。わがまま聞いてくれてありがとうね」
部屋のことを言っているのだろう。
「気にする必要はない。1人部屋が怖かったんだろう? 金は幸いなことに十分あるし、セレナが安心できるならそっちの方がいいからな」
故郷に戻るまで旅は続く。今のうちにお互いに主張しあわなければいざというときにストレスの限界がくるだろう。
「そっか……そこまで見破られていたんだ」
セレナは嬉しそうに呟くと顔を上げていった。
「確かに人間の街に1人で泊まるのが怖かったのも本当だよ? でもそれだけじゃないの」
「というと?」
セレナは起き上がると俺の耳元に唇を寄せると……。
「エルトから離れたくなかっただけだよ」
艶めかしい声がいつまでも耳に残った。
しばらく休んで落ち着いた俺たちは宿の1階にある酒場へと繰り出した。
そこで適当な料理とお酒を注文する。
「それにしてもまさかエリバン王国だとはな……」
街に入った時に知ったのだが、ここはエリバン王国の第二都市ガイテルだ。
王都の東にあり、他国から王都に行こうと思えば必ず通る場所だ。
俺の故郷のイルクーツ王国はここからずっと東にある。順調に旅をしたとしても1ヶ月以上はかかるだろう。
「どうしたのエルト?」
料理をつまんでいたセレナが首を傾げた。
「いや、俺が思っていたよりも遠い場所だったんでな。どうしようか悩んでいたところなんだ」
乗合馬車を乗り継いでいくにしても繋ぎが悪いと数日滞在することもあるだろう。そうするとどんどんと月日が流れていくのであまり良くない。
俺はふと考えると……。
「なるほど、明日さっそくやってみるか」
良い方法を思いついた。
「フフフ、流石エルト。もう解決したんだね?」
セレナはお酒を呑んでいるのか頬が赤い。
「ねぇ。これ味付けが面白いのよ、エルトも食べてみてよ」
そういうとフォークを口元にもってきた。食べてみると香辛料が効いていて美味しい。
「こういう店は酒をたくさん飲ませるために濃い味付けをするんだよ」
エルフの村では香辛料がなく、ハーブなどの香草で香りつけして料理をだしていた。
「へぇ。確かにこれはこれで美味しいからお酒がすすむわね」
セレナは機嫌よさそうに料理と酒を大量に摂る。
「あまり飲みすぎないようにな」
俺が注意をすると。
「あら、エルトが飲まなさすぎるのよ。ここは街中なんだからもう少しは羽目を外してもいいんじゃない?」
セレナが挑発をしてきた。確かに言われてみればその通りだ。俺はエルフの村でも誰にも迷惑をかけまいと振舞っていた。その結果として全力で楽しんでいなかった気がする。
目の前にはセレナがいて、安全な街の中。たまには羽目を外すのも悪くないかもしれない。
「そこまで言うなら相手になろうじゃないか」
俺はセレナと杯を重ねると勢いよく飲み始めた。