ヴァルゼティの誤算
「えっ? えっ?」
何者かの声が響くとセレナは焦った様子をみせる。まるで人に聞かれたくない話をしようとしたら他に誰かがいて混乱しているような状態だ。
「何者だ? 姿を見せろ!」
俺はそんなセレナの腕を引っ張ると庇う様に抱きしめた。こんな谷底で敵意を向けてくる相手に警戒心が起こったからだ。
『我のテリトリーに無断で侵入しておいて図々しい奴。まあいい、殺す前に姿だけは拝ませてやるとしよう』
風が集まり目の前で竜巻が沸き起こる。俺とセレナはその風の前に目を細めるのだが……。
「お前が、俺達に呼び掛けたのか?」
目の前に現れたのは緑の鱗を持つドラゴンだった。
『いかにも。我は風を司る精霊の王。ヴァルゼティである』
人を丸呑みできそうなその口を開くとドラゴンはそう言った。
「嘘……でしょう? 風の精霊王?」
セレナはぎゅっと俺の服を掴むとそう呟いた。手が震えており恐怖しているようだ。
『矮小なるヒトよ! 我が住み家にどのような目的で来た?』
セレナの言葉を聞いていたようで肯定して見せる。
「その前に1つ良いか? 精霊は上位になると人間に近くなると聞いた。だが、お前はどう見てもドラゴンだ。本当に精霊王なのか?」
「ば、馬鹿エルト! なんてこと言うのよ」
血相を変えたセレナは涙目で俺を掴んできた。
『我ほどの存在ともなれば姿をいかようにも変えることができるのだ。我は人間が嫌いだ。それゆえこの姿をとっているのだ』
ドラゴンの眼が輝き俺を射抜く。
「なるほど、納得した」
親切に教えてくれた精霊王に俺は頷くと。
「俺がここに来たのは精霊と契約を結ぶためだ。この地から脱出するには精霊の力がいる。俺は故郷に帰るために精霊を欲しているんだ」
先程の質問に答えてみせた。
『ふはははは、矮小なるヒト風情が笑わせる。我が種族を使役しようなど片腹痛いわっ!』
「ひっ!」
ドラゴンの怒号にセレナは怯え俺に強く抱き着いてきた。
『下らぬ……。大いに下らぬ。いきなり我のテリトリーでいちゃつき始めてふざけているのかと思っていれば、その目的もふざけているとは……。貴様らは生きてここから出さぬぞ』
ドラゴンは俺たちを冷めた瞳で見ると……。
『塵となり消えよ! 【ヴァーユトルネード】』
ドラゴンがそう唱えると、ものすごい密度の風が放たれる。先程までの強風など比べ物にならない。地面を抉り、土を巻き上げながら迫る。受け止めようにも触れた傍から身体を削り取られるだろう。
『ふはははは、塵1つ残さんぞ! 我の前でいちゃついたことを後悔して死ね!』
高笑いが聞こえる。俺は怯えるセレナの背中に左手を回してやると右手を出し……。
「【ストック】」
『なんだとおおおおおおーーーー!?』
次の瞬間俺のステータス画面に【ヴァーユトルネード】という風の神級魔法がストックされた。
「どうやら塵にはならなかったようだな?」
大口をあけて放心しているドラゴンに俺は話し掛けると……。
『ば、馬鹿な……。この攻撃魔法は邪神にすら傷を負わせることができたのだぞ……それを無傷で?』
その邪神のイビルビームですらストックしてみせたのだ。正直にいうと威力不足だと思う。
『そんなはずあるか! 今のは運が良かっただけ! 同時にいくつも放ってやる。例えまぐれがあろうとこれだけ撃てばしのげまい!』
まるでどこぞの邪神さんと同じ発想だ。ドラゴンは連続してヴァーユトルネードを放ってくるのだが……。
「いくら撃っても俺には効かないからな」
次々と飛んでくる魔法を俺はストックしてみせる。
そうなると次の行動は――。
「こうなったら直接かみ殺してくれるわっ!」
やはりそう来るか。圧倒的強者というのは発想が似るものなのだろうか?
過去に同じ体験をしている俺は――。
――シュパーーーン――
一条の光がドラゴンの横を走り抜けた。
『はっ?』
目が点になり思わず固まるドラゴン。
「さっき言ったな? 俺たちのことを生かして帰さないと」
『い、今の攻撃は……あの時邪神が放った……そんなはずは……』
ドラゴンは後ずさると身体を震わせる。
「それはつまり、逆に俺がお前を殺すことも考えてのことだよな?」
他人の命を奪うというのなら当然奪われる覚悟も出来ているのだろう。
俺はイビルビームの照準をドラゴンの額に合わせる。
『待てっ! 待つのだっ!』
慌てた様子を見せるドラゴンに俺は無視してイビルビームを叩きこもうとすると……。
『貴様! 精霊と契約をしにきたのだろうっ! 我が契約を結んでやるっ! だからそのビームを引っ込めろ!』
その言葉に俺はいったんイビルビームをしまうと。
「まあ、それなら攻撃したことは許しておくか」
当初の目的を達成するのだった。