血色の十字と戦場の行方
投稿後に気に入らない所とか見つけて若干表現変えたりしています。
申し訳ありません。
ヴィルトレウスの右は開けた叢、そして左側には木々が不揃いな間隔で生えている。メイスの男の体格は百七十中程でこの辺りの男性の平均身長よりやや高い。
(背丈は並より少し高い程度だがやっぱ俺と比べるとな……取り合えず開けた場所は避けるか……)
考えを巡らせているとメイスの男が仕掛けてきた。右から袈裟懸けにメイスの先端が走りそれを後ろにステップで回避するヴィルトレウス。
振り終えた相手に攻撃を仕掛けようと思ったのだが、思いの外メイスの戻りが早かった為左に側転して素早く立ち上がる。
男は側転した少年に更なる攻撃を仕掛けようとしたのだが、メイスの先端が木に打つかって行く手を遮られてしまった。
「むっ!」
男が声を上げたのと同時に素早くヴィルトレウスが駆け寄り胴体を横薙ぎに切りつけた。金属の擦れ合う嫌な音が響くが手応えが無い。
(くっそ! やっぱ俺の力じゃチェインメイルを切れねえ。やるにしても体重を乗せて思い切り突かねえとダメだ)
二人の戦う様子を見ていた後ろの一人が徐に腰の剣を鞘から抜き放ち、残る二人に声を掛ける。
「あの子供が成人した屈強な戦士の体格なら、今ので奴は死んでいたかもな……万が一と言う事もある。俺の剣にエンチャントを頼む」
「分かったわ。私が魔術を掛けるから貴方は聖油を出して頂戴」
武具に魔術で何かしらの効果を付与する時、その持続時間を延ばす為聖油と呼ばれる油が用いられる。聖油を使うと使わないでは効果時間が二倍程変わる為、付与魔術を扱う者は常に持ち歩いているのだ。
聖油を頼まれた者が腰に下げた革袋を取り出し口の栓を抜いて刀身に垂らし始める。その作業の最中に先程エンチャントを頼まれた者が周囲のマナを集め始めた。
メイスの男と戦っていたヴィルトレウスが青白く発光し始める後ろの人物を見て叫ぶ。
「魔術まで使うのかよ!」
魔術の使用にはまず周囲に漂うマナと呼ばれる物質を体内に集めなければならない。体内に蓄積されたマナを触媒で魔力に変質させ詠唱にて形を成すというプロセスを踏むのだが、マナを集め始めると体が青白く発光する為その者は真っ先に敵に狙われる。
ヴィルトレウスも先ずは魔術師を殺れとアルドレアに口を酸っぱくして言われたのだろう。皮鎧に差し込んだナイフを抜き取り魔術師めがけて素早く投げ放った。
しかし投げたナイフはメイスの男に叩き落されてしまい、地面に突き刺さってしまう。
「余所見をする余裕があるとは良い度胸だ!」
怒気のこもった声と共にナイフを叩き落したメイスが下段から腹に突き込まれる。その突きに対し剣で打点を少しずらしながら身を捻って回避、更にメイスの柄に刃を滑らせながらそのまま相手の無防備な顔面に突き込む。
「くっ、おのれ!」
あわや顔を串刺しにされる所だったが、頭を左に傾けて何とかヴィルトレウスの一撃を回避する男。
その様子を見ていた剣の男が魔術師に問いかける。
「まだか?」
「今詠唱が完了したわ」
魔術師の右手人差し指と中指が強く発光しており、それを刀身の上から下に向かって滑らせると指の通った個所に光が宿っていく。
(やべえな……。あの刀身の先まで指が到達したら確実にもう一人突っ込んでくんぞ)
メイスの攻撃を掻い潜りながら打開策を考えるヴィルトレウスだったが、胸に残った最後のナイフを思い出し対峙する男に鋭い視線を送る。
その表情を目敏く察知した剣の男が声を荒げる。
「奴め何かする気だぞ。急げ!」
「もう少しだから!」
急かされた魔術師も剣の男に声を荒げて言葉を返す。
体も小さいまだ少年のヴィルトレウスであったが、剣の男は経験と勘でこの少年がただ者ではない事を察したのだろう。その瞳はもはや少年を見る目ではなかった。
エンチャントする指先がもう刃先に届きそうなのを横目で確認したヴィルトレウスが勝負に出る。
体を前に一瞬踏み込ませ飛び込む動作をする。ヴィルトレウスは素早く動き回る為、メイスの男は咄嗟に反応して武器を右から左に振り抜いてしまった。
しかしそこに少年の姿は無く振られたメイスは空を切っていた。フェイントに掛かった男が慌ててヴィルトレウスを見ると、胸の短剣を引き抜き手から投げ放つ姿が映る。
短剣は正確に、そして鋭く男の顔に向かって飛翔する。しかしその短剣は左から右に振られたメイスによって打ち払われてしまった。
メイスの男は勝ち誇った表情を見せた――が、自分の武器が視界を遮る、その一瞬のタイミングでヴィルトレウスが地面を蹴り上げ土を男の顔にぶちまけていたのだ。
「ぐあっ、め、目があ!」
後ろでその攻防を見ていた剣の男に声がかかる。
「終わったわよ!」
声と同時に男が薄く光る剣を掲げ雄たけびを上げながら突進していく。
突進してくる男を後目に一気にメイスの男に突っ込むヴィルトレウス。
痛む目を瞑ったまま、男がメイスを真横に薙ぎ声を張り上げる。
「このっ、ガキがあ!」
しかし振られたメイスは虚しく空を切り、その振り終えた姿勢の男の口の中にヴィルトレウスの刃先が突き込まれた。
「がっ」という異様な声と同時に男の首の少し上が盛り上がる。恐らく切っ先が突き抜けてチェインメイルのフード部分を押し出しているのだろう。
メイスの男はビクビクと痙攣していたが、ヴィルトレウスが剣を引き抜くとその場に崩れ落ち動かなくなってしまった。
その様子を見ていた剣の男が突進の勢いと共に剣を横に薙ぎ払って来た。
ヴィルトレウスは身を屈めてその一撃を回避するが、男の刃の通り道を見て目を見開く。エンチャントされた剣の軌道上にあった木がスッパリと切断されていたのだ。
「何だよその切れ味、反則じゃねえか!」
「そう思うのならさっさと投降するがいい」
「誰がするか!」
剣の男の声は落ち着きを取り戻していたが、内心若干の焦りを抱いていた。彼らの所属する部隊は卓越した戦闘技術を持った精鋭達だ。
しかし先程倒された男の攻撃は、目の前の少年に掠りもしなかったのだ。
男が返答に対して素早い切上げで返すも、それを身を斜めにして躱し鋭く顔に突き込むヴィルトレウス。その突きを男が半歩下がって回避し腕を狙って剣を振り下ろす。しかし振り下ろされた刃を剣で若干軌道をずらしながら右に躱されてしまう。
「それにしても……」
決定打に欠ける攻防のさなか男が言葉をかける。
「その歳で憐れな程に強いな」
年齢に似合わぬ武は若くして相当の修羅場を潜り抜けて来た証だと、男はそう思ったのだろう。
「アンタら教会……と断定して良いのか分かんねえけど。おかげで随分苦労したからな」
ヴィルトレウスの口ぶりから、教会と何らかのトラブルがあったのだろう事は明らかだ。打開策を模索していた男は、そこに付け入るスキがあると判断しこう問いかけた。
「なんだ。両親を火刑にでも処されたか?」
この言葉でヴィルトレウスの瞳が一瞬にして憎悪の炎に満たされる。言葉を発した男に向かって先程より遥かに早いスピードで猛然と襲い掛かって行く。
あまりのスピードの落差に面食らう男であったが、まだ実力の範囲内である。タイミングを合わせ渾身の力で剣を右から左に薙ぐ。エンチャントされた剣は光の帯を作りながら、すさまじい勢いでヴィルトレウスの右側に迫る。
怒りに我を忘れていたヴィルトレウスだったが、直感的に危険を察知して迫り来る光の一閃を自分の切っ先に手を添えて受け止めた。そう、受け止めたのだ。
男は少年がこの一撃をも受け止めると読んでいたのだ。だからこそ当たれば即死する軌道で渾身の一撃を放ったのである。
体格で叶わないヴィルトレウスが男の腰の入った打ち込みを真面に受け止めてしまい、吹き飛ばされて木の幹にぶち当たる。
(くそっ……やっちまった)
背中を打ち付け咳き込んでいると、視界に赤く光る物体が見えた。
「!」
まだ息が整わないが何とか左に転がり飛翔してきた赤い物体を回避する。その物体は自分が背にしていた木に打つかると、木の皮をはぎ取りその場で燃盛った。
(炎の魔術か……やっぱ魔術師先にやらねえとダメだ)
しかし考えが見抜かれたのか剣の男が即座に魔術師を庇う様に立ちはだかる。だが剣の男は明らかに動揺していた。
「これでも仕留めきれんとは……」
「へっ……舐めんなよ……おっさん」
息を切らしながら相手を見据えるヴィルトレウス。
「俺はまだ二十代なんだがな」
会話の後若干の間ができ、辺りが静まり返る。
(この神殿騎士……なのか良く分からん男は俺のスピードについてこれる奴だ。技術もある。筋力も俺より強い。だけど一つだけ不意を突く手段がある……)
男が素早い動きで間合いを詰めて来た。右手で持った剣を右から袈裟懸けに振り下ろす。ヴィルトレウスはそれを少し下がり気味に回避して足元の土を蹴り上げる。
「それはさっき見たぞ」
男が笑いながら左手で土を払いのける。その動作の最中にヴィルトレウスが懐に入り突き込むが、読まれていたのかステップで後ろに距離を取られてしまう。
腕を慌てて引くヴィルトレウスに対し、男が力のこもった一撃を放つ。甲高い音と共に武器は弾き飛ばされ近くの木に突き刺さってしまった。
「その利き腕もらった!」
男が不敵な笑みと共に叫びながらエンチャントされた剣を振り上げ、ヴィルトレウスの右腕に振り下ろしてきた――が、男の剣は軌道をずらされ空を切り、口から吐血して膝から崩れ落ちてしまった。
「何が……何で……俺が?」
男が自分の胸元を見ると、そこには籠手から飛び出した刃が深々と突き刺さっている様子が映し出されていた。
その様子を見ていたヴィルトレウスが息を整えながら答える。
「隠しとくか二刀で殺りあうか迷ってたんだけどな。それにしてもチェインメイル貫けて良かったぜ。思い切り力乗せて突いてもダメだったらどうしようかと思ってたんだけどな」
しかし男から返事は無い。仕込み刃を引き抜くと男は前のめりに倒れ込み、そのまま動かなくなってしまった。
ヴィルトレウスは弾き飛ばされた剣を木から引き抜き、付着した血液を振り飛ばして鞘に納める。更に仕込み刃の血も振り飛ばそうとしたのだがはたと周囲を確認する。
「……残りの二人逃げやがったか。てか今完全に忘れてたな俺」
自分の詰めの甘さに溜息を付きながら死体の男たちの持ち物を物色する。しかし特に情報になりそうなものは持っていなかった為、穴の開いてない衣装から十字が描かれた部分を切り取ってバッグにしまい込んだ。
「指輪探してた連中だし……ゴモリーなら何か知ってっかな?」
知人らしき人物の名を口にするヴィルトレウスだったが、直ぐに頭を左右に振って否定の意思を表した。
「いやそれは無いか。あいつ馬鹿だし」
一人でブツブツと呟きながらギルド員の亡骸を運ぶ為馬を取りに向かっていると、遠くから馬蹄の轟きと喊声が聞こえてきた。
「追撃始まっちまったか。つってもこっちはスパイ野郎に用事あるから参加できねえけどな」
そう言うと夕焼けに染まる空を眺めながら歩みを進め始めた。
「そう言やさっきの奴ら剣にエンチャントしてたな……。あれなら俺の力でも切り裂ける様になるかもしれねえ……」
徐々に近づく戦の喊声をよそに、己の戦い方に新たな可能性を見出した少年は、一人妄想に耽りながら小さな丘を越えていくのだった。
***
ヴォルガ帝国とモルディア王国の戦いは一方的なものになっていた。
正面と右から攻められ、崖に押し込められた所へ丸太と落石の罠を浴び多大な被害を受けた帝国軍。
それでも何とか盛り返そうと奮戦していたのだが、そこへ来て更に帝国本陣の撤退を前線で戦う将兵が見聞きし、士気が完全に挫かれてしまったのだ。
撤退する敵の背を打つ事程容易いものはない。帝国軍は左軍を丸々捕虜にされ、追撃により更に凄まじいい被害を被っていたのだ。
「エルリクス殿の策が見事に嵌りましたなあ」
モルディア王国軍の中間に位置する場所にいた男が豪快に笑いながら隣で轡を並べる男に話しかけていた。
名はランドルフ・フォン・オズボーン。モルディア王国軍の総大将を務めておりオズボーン家の現当主でもある。
重圧な甲冑に身を包み、右手には柄の長いハンマを持っている。ルツェルンハンマーに似ているのだが、この男の物は突く部分が無く代わりにハンマー部分が大きくなっていた。ポールハンマーと言った方がしっくりくるかもしれない。
スキンヘッドに口ひげを蓄えた男は五十代位だろうか。その男に対し隣の男が返答した。
「いえ、敵大将の愚策のおかげです。それにランドルフ様の力もお借りしていますので」
エルリクスがランドルフに対してにこやかに答える。
ここ最近の勝ち戦で戦略を練っているのはこのエルリクスと言う男であり、またアルドレアの古い友人でもある。
年齢はアルドレアと同じく三十代前半なのだが、言われなければまだ二十代でも通用する容姿だ。アルドレアより少し濃い金髪を後ろで束ねており、色白の肌に青色の瞳がよく映える。美しいと言う言葉が妙にしっくりくる男だった。
「謙遜するでないわ。お主とアルドレアが来てからというもの、我が王国軍は連勝続きではないか。おかげで最近出番が少なく退屈しておるのだ」
そう言うとランドルフはエルリクスの背中を掌で叩いた。本人は軽く叩いたつもりなのだろうが、周囲にはじける様な音が響きエルリクスが咳き込んでしまう。
「あっ、有難うございます。それと将軍、いくら戦力を削いだとは言え攻城戦は兵の消耗が激しいです。ですので撤退のどさくさに紛れて敵軍に細工をしておきました」
涙目で咳き込みながら話すエルリクスに感心した顔でランドルフが答える。
「ほお。この圧倒的な状況で更に策を巡らせるとは全く大した男だ」
「ベルゴラント島に駐留している帝国軍がどう動くか分からない以上、被害は少しでも抑えておきたいですから」
それを聞いたランドルフが嬉しそうに笑い掌を背中に繰り出してきた。
その手を馬上で身を傾斜させて回避――と思ったのだが、最初の動作はフェイントだったらしく、上体を起こした所で背中を叩かれてしまった。
咳き込みながらエルリクスが将軍の顔を見ると、したり顔のハンマー男が此方を見ながら楽しそうに言い放った。
「稀代の戦略家もワシのフェイントは見抜けなかった様だな」
豪快に笑う男を見てエルリクスが友人の顔を思い浮かべる。
(この人とアルドレアの仲が良いのも分かる気がする……ほんと馬が合いそうな性格してますからね)
背中に響く痛みを堪えながら先頭で戦っているであろう友とその子供たちを案じていると、前の方から歓声が聞こえてきた。
「アルドレアが暴れているのでしょう」
エルリクスが告げるとランドルフが鼻息を荒くしながら騒ぎ出した。
「おのれアルドレアめ。一人で楽しむとは許せん! ワシにも分け前を寄こさぬか!」
馬の腹を蹴り速度を上げ始めたランドルフを見て近衛達が慌てて声を上げる。
「あっ、また将軍が!」
「なっ、なりませぬランドルフ様!」
「だっ、誰か手伝ってくれ! ランドルフ様を御止めしろ!」
馬上で数人に抑え込まれるランドルフに苦笑しながらエルリクスが呟く。
「本当アルドレアに似てますね」
***
追撃の最前列では激しい死闘が繰り広げられていた。だが何故かアルドレアの姿が見当たらない。
その代わり最前列では銀色の槍を振るう少女の姿が見受けられた。彼女は捕虜の整理をしていたのだが、追撃が開始されたタイミングでアルドレアに呼び戻されたのだ。
「女だてらに槍を振るうとはな! その様な無粋な物持たずとも我が――」
敵兵が笑いながらエリシャに武器を構え話しかけていたのだが、その最中に口の中に穂先を突き込まれてしまい、突きの勢いでそのまま馬上から転げ落ちてしまう。
「おのれ小癪な。かくなる上は私が――」
次いで剣を構えた男が意気揚々と挑みかかってきた。だが男は一合もすることなく槍の柄を腹に叩きつけられ、もんどり打って馬上から転落すると土煙に巻かれ見えなくなってしまった。
その様子を少し後ろでほくそ笑みながら見ている男がいるのだが、その男に隣の兵士が話しかけてきた。
「あの、アルドレアさん。追撃中の敵なんですが、何で次から次へとエリシャさんに挑みかかるんですかね? 全然勝てないのに」
それを聞いたアルドレアが笑いながら答えた。
「そりゃあお前、簡単な話さ」
「と、言いますと?」
「奴らは戦いを挑んでるじゃねえ。求愛行動を取ってんのさ」
「きゅ、求愛?」
アルドレアは愚かな帝国兵達を見ながら言葉を続ける。
「エリシャは俺の目から見ても容姿端麗でイイ女だ。頭も回るし、腕も立つ。そんな女が敵として直ぐそばにいる。奴ら帝国兵もエリシャが槍の達人なのはもう分かった筈だ。だが女であるが故に多少腕に覚えのある奴がもしかしたら自分なら勝ってこの女をものにできるんじゃないかと思ちまうのさ」
そう話している間にも帝国兵が一人、また一人と挑みかかっては鮮血を迸らせながら馬上から姿を消していく。
「でも何人も殺されれば流石に諦めるのでは?」
「そりゃいずれ諦めるだろうな。だが戦場の熱気と死と隣り合わせの状況、そこに女が絡む事で奴らの判断を鈍らせちまってる。死と性欲を天秤に掛けたら性欲が勝っちまう。これが逆転するまでは奴ら死に続けるだろうよ」
それを聞いていた兵士が、唾を飲み込んで恐る恐る訪ねてきた。
「じゃっ、じゃあアルドレアさんはその……自分の娘を……お、囮に?」
それを聞いたアルドレアが更に補足する。
「俺だってエリシャが半端な腕ならあんな事はやらせねえさ。だがアイツは強え。この戦場でアイツに勝てるのは俺かランドルフ将軍ぐらいのもんよ」
その言葉を聞いて兵士がエリシャを見た。敵の武器が振り下ろされる刹那、繰り出される穂先が銀色の筋となって敵に襲い掛かり、急所を貫き一撃のもとに絶命させている。
「本当に強いですね。あなた達が味方で心底良かったと思います。敵だったならと思うと……」
それを聞いたアルドレアが笑いながら兵士の背を叩き、叩かれた兵士が咳き込んで涙目になりながら大剣の大男を見上げた。
「まあでも。エリシャを前面に出す利点は他にもあるんだがな」
「と、言いますと?」
「エリシャと共に前列で戦う味方を見てみろ」
そう言われた兵士が最前列周辺で戦う兵を見る。そこには鬼の形相で目を血走らせながら、多少の傷はものともせず突き進む味方の姿があった。
その姿に息を呑む隣の兵士を見てアルドレアが言葉を続ける。
「エリシャを先頭にした時の兵の士気は俺をも上回る。守りたい、良い所を見せたい、そう言う気持ちとエリシャの武が合わさった結果なんだろうな」
「た、確かにその様ですね」
などと会話をしていると不意に味方からどよめきが起こった。声のする方をよく見るとエリシャの槍の攻撃を躱す男の姿が目に留まる。
その槍同士の激突にアルドレアが口角を上げた。
「ほう。まだあれ程の使い手が居たか。見た所ただの一兵卒みてえだが……こりゃ面白いもんが見れそうだな」
***
エリシャの槍が銀色の閃光となって相手の顔面に突き込まれる。相手はその突きに反応するが、やはり尋常ならざる槍の速さに避けきれず兜の端を削られる。
弾ける様な鋼の音が鳴り響き相手が一瞬よろめく。その隙をついてエリシャが右脇腹に猛烈な一撃を放つ。銀の槍が残像を残しながら煌めくが寸前で槍の柄に軌道をずらされてしまう。
しかしやはり完全には回避できず、相手の甲冑の一部を削り取りながら摩擦面から火花を飛び散らせている。
「なっ、なんて速さなんだ。打ち返す暇もない!」
男が驚嘆の声を上げていると反対からモルディア王国の騎兵が槍を持って襲い掛かってきた。
「また性懲りもなく来たかこの発情した猿共があ!」
しかしその男は石突に腹を思い切り突き上げられ、苦悶の表情を浮かべながら馬上から姿を消してしまった。
「俺をその辺の猿共と一緒にするな!」
怒りを露わに叫ぶ男に対しエリシャが構わず槍の猛撃を放ち、不意を突かれた男が肩当を砕かれ先端で肉を削がれてしまう。
男がその衝撃と痛みにうめき声を上げ、少しエリシャと距離を取って叫んできた。
「不意を突いて来るなんて。貴族なら正々堂々と勝負しろ!」
その言葉に違和感を覚えながらもエリシャが返答する。
「戦場でそんな綺麗事は通用しません。私の父の教えでは隙を見つけたら有難く殺れですしね」
「その不遜な態度。次に会ったら俺が直々に叩き直してやる!」
男は怒りを露わに叫ぶがエリシャは平然とした顔で淡々と答える。
「次と言うものが有れば良いですけどね」
言い終えるや否やエリシャが猛烈な速さで突きを繰り出してきた。男は距離的に届かないと思い無警戒だったのだが、背筋に寒気を感じ咄嗟に上体を反らして槍の軌道上にある頭を動かした。
凄まじい鋼音と共に兜が吹き飛び、男の焦りの表情が露わになる。エリシャは突きと同時に槍を手の上で滑らせ、石突ギリギリの所で止めていたのだ。
男は焦りと驚きを隠せない様だったが、直ぐに表情を引き締めてエリシャに話しかけて来た。
「お前の首、必ず取ってやるからな……。俺の名はローラン・ド・フランドルだ!」
しかしエリシャはそんなの関係無いとばかりに槍を構えて近づいて行く。それを見た男が慌てて声を掛けてきた。
「まっ、待て。こっちが名乗ったのだから貴様も名乗れ!」
「必要かしら?」
「そう言う問題ではない。礼儀だ!」
「他人の領土を土足で踏みにじる貴方達に礼儀を説かれ――」
エリシャが言葉の途中で不意に何かを思い出したように考えだした。相手の顔を見て再度思案した後語り掛ける。
「名と姓の間に称号が入るのは王侯貴族の特徴ですが『ド』と言うのは元ガレア人貴族が用いた名前の筈ですよね?」
「そうだ、俺はガレア人でフランドル家の者だからな」
それを聞いたエリシャがすまし顔でこう答えた。
「そうですか。ヴォルガ帝国の犬に成り下がったんですね」
男の顔が一瞬にして怒りに満たされ、噛み締めた唇からは血が滲んでいた。
「貴様は必ず殺してやる……名を名乗れ!」
少し考えたが礼儀と言われた部分が気にかかったのか今度は素直に答えた。
「……エリシャよ」
「…………」
「…………」
「家名も名乗れよ!」
その返答に先程の相手の言葉を思い出したエリシャが答える。
「勘違いしている様だけど、私は貴族じゃありません。それともう一つ言っておきますけど、私もガレア人ですから」
その答えに男が驚いて目を見開く。
「ガレア人……貴様……我が領民だったのか……」
「あなたの民になった覚えは無いわ。それにガレアはとっくの昔に滅んでますしね」
その言葉にローランが少し考えていたが、何も言わず馬の脚を早めてその場から離脱してしまった。
周囲の兵士は一部始終を傍観していたのだがはたと気付きエリシャに近づいて声を掛ける。
「あの男追いますか?」
「いえ、そろそろカロンからの弓の射程に入りそうですから……。それ以前に、私に決定権は無いですよ?」
その言葉に焦った兵士が慌てて前列の実質の将に指示を仰ぎに行く。エリシャは慌てふためく後ろ姿を見て笑みを零していたが、砂埃に塗れた自分を見て落胆する。
「せめて水浴び位はさせてほしいな……」