【099 ヌイとルーラ】
【099 ヌイとルーラ】
〔本編〕
「一つ看過できない事柄がありまして……、将軍! ここは軍の責任者のみが集まる会議と聞いて、ここに参ったわけであるが、それで間違いはないのでしょうな?」
「ヌイ殿。貴殿の見解で間違いはない。……何か、気に障られたのか?」
アコニト将軍は、この軍の指揮官であるので威厳を保ち、そうは言ったが、それでもヌイに対し大いに気を使っているのは、誰の目から見ても分かるぐらいであった。
第一、将軍が一下士官の発言に対し、『何か、気に障られたのか?』と尋ねる物言いが、それを端的に示している。
「いや! 何が気に障ったかと言うわけではないのだが、軍の責任者のみが集まる軍議であれば、何故、コロンフル軍から四人も出席者がいるのか! それが訝しいもので……。コロンフル殿の軍は千人規模の集まり。軍の最小単位は、千人規模の小官軍! ……であればコロンフル軍からはコロンフル殿、一人だけしか軍議に参加できないはずではないのか!!」
「……それにつきましては、私の方からご説明を……」
「黙れ! 一小官如きからの言い訳は聞かぬ!!」
その場に落雷が落ちたかと思うほどの怒号が、説明をしようとしたコロンフルの頭上に降り注ぐ。
コロンフルはこの一喝で、それ以上言葉を発せなくなってしまった。
「ヌイ殿! 我から説明しよう」
アコニト将軍がヌイの怒号に飲まれながらも、辛うじて威厳を保ち、そう言った。
ヌイはアコニト将軍の方を一瞥したが、さすがに将軍に向かっては、そのような口はきかず無言で応じた。
「コロンフル殿の小官軍は、聖王国西部のタシターン地方の領主マデギリーク将軍が派遣された軍。そしてこのお二人は、クーロ殿、ツヴァンソ殿という名で、マデギリーク将軍の養子にあたる者達である」
「ほう、彼らの階級は?」
「どちらも大隊長である」
「では、この軍議に参加する資格はないということですな! マデギリーク将軍の子供であろうが、資格がない者をこの軍議に参加することを許すということは、軍全体の軍規の緩みの元となる! そのような親の七光りだけで大隊長になった餓鬼共を、早々にこの場から退出させてもらいたい!」
ヌイがクーロとツヴァンソの二人を睨みつけ、そう言い放った。
「それであれば、私も退出したほうがよさそうですね」
ヌイが睨みつけているクーロやツヴァンソとは、別の方向からそのような声が聞こえた。
女性の声であり、まるで水のせせらぎのような、静かで穏やかな口調であった。
「ルーラ殿!」
アコニト将軍が、その声の主を見てそう呟く。
白いローブを身にまとった目元が涼しげな女性がその場に立っていた。
「いえ、ルーラ殿の階級は小官であるので、軍議に参加する条件は整っております」
「いいえ、アコニト将軍。私は、父セルマンから今回の遠征軍を率いるにあたり特別に小官に任じられました。……ですので、遠征軍をここまで率いたことにより、その役割は全て終わりました。本来の私の階級は上位大隊長でありますので……」
ルーラと呼ばれたその女性がニコリと笑いながら、そう言った。
「ルーラ様って、まさかあの……?」
クーロが驚きのあまり、思わず声を発していた。
「クーロ兄さん! ご存じなのですか?」
続いてツヴァンソが、クーロに問いかける。
「ツヴァンソは知らないのか?」
クーロは、ツヴァンソが知らないことに驚き、そう呟く。
「お前が憧れたヌイ様と、同じくらい有名だぞ! ヌイ様より一つ年上なので、僕より二つ、ツヴァンソより三つ年上。つまり、僕らと同世代! 初陣は僕らと同じ二〇〇年。それでいながら僕たちより上の階級の上位大隊長。初陣では、二段階昇格の中隊長に昇格している。さらに言えば、まだルーラ様ご自身が一人の敵も直接倒していない上で、上位大隊長にまで昇格されているという点がすごいと思う!」
「敵を一人も倒さずに上位大隊長に昇格出来るものなのですか?」
「僕の初陣も、一人も敵を直接倒さず小隊長に昇格しているだろう。つまり、ルーラ様は戦略戦術によって、味方を勝利に導いた知略の人なのだよ!」
「クーロ様が、そこまで私のことをご存じということは、私にとりましてすごく光栄なことですわ」
ルーラが微笑みながら、クーロにそう言葉を投げかける。
「いえ、ルーラ様のお噂は誰もが知っておることですので……」
クーロは顔を真っ赤にして、ルーラにそう答える。
クーロにしてみれば、もちろんルーラは噂されるほどの有名ではあったが、それでも同世代の女性への憧れも手伝って、噂以上に自分でいろいろ積極的に知ろうとしたからであった。
そういう意味では、ヌイのことを嬉々として語っていたツヴァンソと、そう大差ない。
大きく違うのは、ツヴァンソはヌイのことを、クーロを始めとして多くの者に語っていたが、クーロはルーラのことを、一人、心の片隅に想いながら、誰にも語っていないところではあるが……。
クーロが顔を真っ赤にしたのは、憧れのルーラから光栄であると言われたことと、ツヴァンソとそう大差ない自分に今更ながらに気づいた気恥ずかしさからであった。
「……それで、いかがなされますか? ヌイ様!」
ルーラがヌイの方を向き直り、静かではあるが、はっきりとした口調で言った。
ルーラの目の奥の鋭い眼光が、ヌイを真正面から見据える。
「それならお前も、この軍議の席に相応しくない! お前もこの場から出ていけ!」
ヌイのそばにいた一人の女武将がルーラに向かって吼える。
ヌイを十センチメートル程低くしただけの褐色の肌を持つ女丈夫であった。
「黙れ! プリソースカ!!」
「えっ! ヌイ様!」
てっきり生意気な口をきいたルーラに、ヌイが一喝したであろうと思い込んだ女武将プリソースカは、次の瞬間、自分がヌイに一喝されたことに気付き、頭の中が真っ白になった。
「……しかし、ヌイ様! あいつは小官でもない分際で、ヌイ様に……」
「いいから黙れ! プリソースカ!!」
少なくとも言い間違えたわけではないヌイのこの言葉に、長身のプリソースカは、小さくなってヌイの後ろに控える。
「まあ、ヌイ殿もルーラ殿も、今回の軍議はここに参集したそれぞれ軍の司令官にあたる方々の顔見せ的な意味合いも多分に含まれております。今回は、あまり格式に拘らずいかがかな? アコニト将軍。そのような形で軍議を進めてはいかがしょうか?」
「ああ。ここは、ベンナ地方の地方領主殿もそのようにおっしゃっている。それでよろしいかな、ヌイ殿、そしてルーラ殿」
ベンナ地方領主の助け舟に、アコニト将軍もホッとして二人にそう問いかける。
「私は一向に構いません!」
「ああ、俺も少し形にこだわり過ぎたようだ!」
ルーラとヌイの二人が同意したことで、このままの面子で軍議は進行することとなった。
〔参考 用語集〕
(人名)
アコニト(聖王国の将軍)
クーロ(マデギリークの養子。大隊長)
コロンフル(マデギリーク将軍の副官)
ツヴァンソ(マデギリークの養女。クーロの妹。大隊長)
ヌイ(ソルトルムンク聖王国の中官)
マデギリーク(クーロとツヴァンソの養父。将軍)
ルーラ(ソルトルムンク聖王国の小官)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)
ゴンク帝國(ヴェルト八國の一つ。東の国)
(地名)
タシターン地方(ソルトルムンク聖王国の一地方)
ベンナ地方(ソルトルムンク聖王国の一地方)
(その他)
上位大隊長(上位大隊は五百人規模の隊で、それを率いる隊長)
小官(指揮官の位の一つである官の第三位。千人規模を指揮する。大隊長より上位)
小官軍(軍の最小単位で、千人規模の軍)
小隊長(小隊は十人規模の隊で、それを率いる隊長)
大隊長(大隊は二百五十人規模の隊で、それを率いる隊長)
中隊長(中隊は五十人規模の隊で、それを率いる隊長)




