【095 遠征】
【095 遠征】
〔本編〕
「ところでクーロ兄さんは、今回の遠征先のゴンク帝國についてどのくらいご存じなのですか?」
ツヴァンソがクーロに尋ねる。
「僕もゴンク帝國については、ヴェルト大陸の南東部に位置する國ということ以外、詳しくは知らない!」
「……!」
「僕が知っていることは、ゴンク帝國の人口は三百万ぐらいってこと。僕たちが今まで戦っていたミケルクスド國も人口三百万なので、ミケルクスド國と同規模の国家といえるであろう。ただ、北方に位置するミケルクスド國ほど精強ではない! 知っているのはそのぐらいかな。なにせ、ヴェルト大陸の西側に位置するタシターン地方に住んでいる我々にとって、大陸の東側の国家について知る機会はほとんどないから……」
「……兄さん! ゴンク帝國は遠いですね。既に私たちがタシターン地方を発って、二週間は過ぎています。後、どのくらいかかるのですか?」
「おそらくは、後二週間かそれ以上は……」
「えっ! それではまだ道半ばなのですか?!」
ツヴァンソは、大きな目をさらに大きく見開く。
クーロは、そんなツヴァンソの魅力的な瞳を真正面から見ることに耐えきれず、思わず視線を外す。
「今回の行軍は強行でないので、一日五十キロメートルペースで移動してる。ほぼ、平原といった移動しやすい地を選んで行軍しているので、おおよそ七百キロメートルほど移動したことになる。しかし……」
クーロが話を続ける。
「タシターン地方からゴンク帝國の国境付近までの距離はおおよそ千五百キロメートル。したがって、後八百キロメートルぐらいある。単純計算で後十六日間は行軍することになるな」
「遠すぎます!」
ツヴァンソが一言不満を漏らす。その声は、倦怠感がまとわりつくような雰囲気を醸し出していた。
「それはそうと全然別の話ですが、ジュリス王国の馬は本当にいいですね! 兄さん!」
ツヴァンソが話題を変える。
「うん。聖王国のホースも悪くないけど、ジュリスのホースは、これほどの長い行程であっても全く疲れの色を見せない。僕たちは素晴らしい贈り物をいただいたね。アッティモ将軍より……」
クーロも嬉しそうに、そう言った。
今年、ミケルクスド國領であったドクサ地方をジュリス王国と聖王国の共同で攻略し、ジュリス王国はドクサ地方と海岸線を手に入れ、聖王国もジュリス王国という頼もしい同盟国を得ることが出来た。
それでも同盟を結んだ当初、ジュリス王国は聖王国軍の力を侮っており、正直王族の婚姻という強固な同盟を結んで共同戦線を張ったことそのものが、ジュリス王国中央政府の大失策とまで言われていた。
しかし実際共に戦い、聖王国軍についてのジュリス王国側の認識が良い方向に修正される。
特に当初は、クーロとツヴァンソの存在を歯牙にもかけなかったアッティモ将軍が、クーロとツヴァンソの中隊の活躍を目の当たりにしてから、全面的に二人を認めるようになったのであった。
アッティモ将軍はジュリス王国一の猛将であり、直情型の激しい気性であったが、一度存在を認めた者に対しては、素直にそれを受け入れ、かつその素直さを表に出せる好人物であった。
クーロとツヴァンソも、最初はアッティモ将軍に対して、その激しい気性から近寄り難い印象を持っていたが、ひとたびアッティモ将軍から認められた後、将軍はまるでクーロとツヴァンソを自分の実の弟か妹の接するかのように親しげに接し、それに最初はとまどっていた二人もアッティモ将軍の裏表のない開けっぴろげな性格に、時と共に好感が持てるようになり素直に接するようになっていた。
そのアッティモ将軍が、ドクサ地方攻略が成り、クーロたちが聖王国に帰国する際に、両中隊にそれぞれ二十頭のジュリスの馬を贈呈したのであった。
「ところでツヴァンソは、ホースに何という名前をつけた?」
「テイルクーです」
「テイルクー? 確か、以前のホースもそのような名前だったような気がするが……」
「全く同じです! ……なので、この子は厳密に言えば、二代目テイルクーということになるかな? いちいちそんな呼び方はしないけどね!」
ツヴァンソは、クーロに笑いながらそう答えた。
「初代のテイルクーはどうした? 戦いの中で亡くなったとか……」
「いいえ、兄さん! 最初のテイルクーも元気だよ。ただ、ドクサの戦いで、敵の小型竜と戦った時、足腰の骨や筋肉にかなりの負担を強いたため、軍馬として戦いには適さなくなったってこと。でも、十二分に活躍したから、余生はゆっくり静養しながら生きていくように、今はタシターン地方の牧場でのんびり暮らしています」
「そうか! 竜の相手をしたのだから仕方がないか!」
「竜騎兵を倒すためとはいえ、竜に馬体を接触させるなどかなりの負担をテイルクーに強いたのは事実だから……。ドラゴンナイトを倒すまで持ちこたえたのはすごいことだよ!」
「ツヴァンソの思いを初代テイルクーは共有したからだと思うよ! ……二代目のテイルクーも、その期待には応えるホースだと僕は思う」
「……ところで、兄さんはホースに名前をつけないのですか?」
ツヴァンソが今度はクーロに尋ねる。
「僕は特に乗用する動物とかに名前はつけないな」
「じゃあ、私がつけます。クーロの馬だから、『クロロ』っていうのはいかがですか?」
「なんかすごく適当な感じだな」
ツヴァンソの適当な名付けに、クーロは笑いながらそうつぶやいた。
今回のクーロとツヴァンソの遠征は、ゴンク帝國を攻めるための遠征ではあるが、それはあくまでも『手段』であって『目的』ではない。
今回の目的は、今から二十年以上前の龍王暦一八〇年にソルトルムンク聖王国が失った海岸線の奪取であった。
龍王暦一八〇年、ミケルクスド國とフルーメス王国の二ヵ國によって聖王国の海岸沿いの領土は全て奪われ、この時から今まで聖王国は海を持たない國となってしまったのであった。
今回は、聖王国の海岸線奪取が目的で、そのために攻略する地が、現在ミケルクスド國領であるバラグリンドル地方であった。
〔参考一 用語集〕
(人名)
アッティモ(ジュリス王国の将軍)
クーロ(マデギリークの養子。大隊長)
ツヴァンソ(マデギリークの養女。クーロの妹。大隊長)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)
ミケルクスド國(ヴェルト八國の一つ。西の国)
ゴンク帝國(ヴェルト八國の一つ。東の国)
フルーメス王国(ヴェルト八國の一つ。南の国)
ジュリス王国(ヴェルト八國の一つ。西の国。聖王国と同盟を結ぶ)
(地名)
タシターン地方(ソルトルムンク聖王国の一地方)
ドクサ地方(ジュリス王国領)
バラグリンドル地方(ミケルクスド國領)
(兵種名)
ドラゴンナイト(最終段階の小型竜に騎乗する騎兵。竜騎兵とも言う)
(竜名)
ドラゴネット(十六竜の一種。人が神から乗用を許された竜。『小型竜』とも言う)
(その他)
ホース(馬のこと。現存する馬より巨大だと思われる)
〔参考二 大陸全図〕




