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【009 ふたりの初陣(一) ~ミケルクスド國侵攻~】


【009 ふたりの初陣(一) ~ミケルクスド國侵攻~】



〔本編〕

 時は龍王暦二〇〇年。クーロにとって大きな転換の年になる。

 この年一月早々、ソルトルムンク聖王国の西部に位置するミケルクスド國という國が、聖王国領の一つエーレ地方に突如侵攻した。

 エーレ地方は、クーロが奴隷時代の領主であるデスピアダトが統治している地で、クーロにとっては苦い思い出しかない地。

 そのエーレ地方に、ミケルクスド國は一万の兵で侵攻し、わずか二週間でエーレ地方の三分の二を占拠し、主城であるエーレ城も落城させた。

 エーレ城落城の際、領主デスピアダト並びにその息子であるツァンダスも戦死する。

 ミケルクスド國軍の侵攻は凄まじく、このままでは聖王国の他の領土への侵攻も時間の問題であった。

 王城にいる聖王国の第五代聖王ジュラーグレースは、事態の深刻さを認識し、エーレ地方の東に隣接する地方――タシターン地方の領主にミケルクスド國軍をエーレ地方から迎撃するよう命令を下す。

 タシターン地方の地方領主、いわゆるマデギリーク将軍にその命が下ったのが、エーレ城陥落から二日後の一月一九日であった。

 マデギリークは、即時に部下の一人に千の兵を率いさせ、先ずはミケルクスド國軍の侵攻を遅らせる目的で、エーレ地方へ先発させた。

 そして、マデギリーク自身は四千の兵を整え、二日後の一月二一日には、タシターン城を出発、エーレ地方への進軍を開始した。

 この戦いに、マデギリークは、養子であるクーロとツヴァンソも同道させる。これが、二人にとっての初陣となる。

 クーロ十五歳、ツヴァンソ十三歳であった。


「いよいよ、戦いが始まるね! クーロ大丈夫? 緊張しているんじゃない?!」

 ツヴァンソが、クーロに話しかける。

 エーレ地方に侵攻したミケルクスド國軍を撃退するための行軍の最中である。

「ツヴァンソ! 交戦中でなく行軍中とはいえ、私語は慎むべきだよ。それも、自分の小隊から離れて……」

「クーロはまじめすぎるよ! 敵はエーレ地方にいて、そこに着くのは明日だよ! 今からそんなに緊張していたら、いざ戦いの時には、心身の疲れで、まともに戦えずに討ち死にするのがおちだよ!」

 ツヴァンソは、どこまでもリラックスしていた。

「なんかツヴァンソこそ、初陣なのにリラックスし過ぎだよ。僕たち将軍の子供ではあるけど、父は僕たちを特別扱いしていないから、場合によっては、自分の身は自分で守るしかないのだから……」

「自分の身を守る? そんなことしていたら、敵兵を倒して戦果を挙げるなんて無理だよ! クーロは臆病だな! 私は初陣であっても、大きな戦果をあげて、絶対に一度の戦いで小隊長になるんだから……。とにかく、ヌイ様に少しでも早く追いつかなきゃ!」

「……」

 クーロは、ヌイの名前が出る度に憂鬱ゆううつな気持ちになる。

 それに昨年ぐらいから、ツヴァンソのクーロへの呼び方が、『クーロにい』から『クーロ』になったのもすごく気になる。

 気にはなったが、クーロも特段それについて、ツヴァンソを指摘したりはしなかったので、何となく『クーロ』という呼び方が定着してしまった。

 元々、ツヴァンソは『クーロ兄』とは呼んでいたが、クーロを年長者として敬っている感じではなかった。

 それでもまだ『兄』とついている以上、一応形の上では兄として呼びかけていた。

 しかし、ついにその『兄』が呼び名から消えた。

 名実ともに、ツヴァンソが、クーロを同等もしくは弟のように思い、扱うようになってしまったのである。

 ツヴァンソは、二年前にヌイという少年を知り、彼に憧れを抱いてから、ヌイと共に戦場を駆けることを夢見て、修行にもさらに熱が入った。

 元々、天才的な剣の才能があるツヴァンソは、さらに飛躍的にその能力を開花させ、まだ実戦経験がないにも関わらず、剣の腕前では、マデギリークの兵の中でも数名しか相手できないレベルにまで達していた。

 そんなツヴァンソからすれば、やっと参戦でき、実際に戦果をあげる機会が巡ってきたわけである。

 今、ツヴァンソは一人でも多くの敵兵を倒すことで頭が一杯であろう。

 そんなツヴァンソに、初陣ゆえの緊張は皆無である。

 それに比べて、クーロは将軍を目指して修行を積んでいるとはいえ、どこまでも平均的な成長であった。

 槍の修行も人一倍熱心ではあるが、それでも並みの者より技量の習得が遅いぐらいであった。


「クーロ様! ツヴァンソ様とご自分をあまり比較なされないように……。クーロ様はクーロ様! ツヴァンソ様はツヴァンソ様でございます。クーロ様は、とにかくこの戦いに生き残ることだけをお考え下さい!」

「ありがとう、ヨグル! お前がいつもそばにいてくれて心強い!」

 クーロは、隣で行軍している四十代の男にそう答えた。

 ツヴァンソが行軍中に、クーロのそばに来て、好き放題言って離れて後、クーロが落ち込んでいるのを心配して、ヨグルがクーロに声をかけたのである。

 ヨグルはマデギリークの家臣の一人で、クーロがマデギリークの養子となってから、ずっとクーロに付き従っている人物である。

 今年四十五になるヨグルは、非常に穏やかな上に知的で道理に明るい人物であり、クーロにとってすごく頼りになる、マデギリークが父だとすれば、ヨグルは年の離れた兄貴のような存在であった。

 今回のクーロとツヴァンソの初陣に当たり、父マデギリークは二人を特別扱いしなかった。二人とも一兵卒として、それぞれの小隊の一員として配属したのである。

 むろん、二人の所属しているそれぞれの小隊の小隊長は、クーロとツヴァンソが何者であるかは当然理解している。

 それでも小隊長には、あくまでも小隊を運用する責務は担わされているが、二人を守る義務はない。つまりクーロとツヴァンソが、この初陣で仮に戦死したとしても、小隊長はその責任を負う必要はないのである。

 そのような中において、一つだけ特別扱いと言える扱いがあった。それが、クーロとツヴァンソのそれぞれの付き人たち一人を、同じ小隊の一員としたことである。

 クーロにおけるそれがヨグルであり、ツヴァンソには、ムロイという五十五歳の付き人が、それぞれの小隊に共に配属されたのであった。




〔参考一 用語集〕

(人名)

 クーロ(マデギリークの養子)

 ジュラーグレース聖王(ソルトルムンク聖王国第五代聖王)

 ツァンダス(デスピアダトの一人息子)

 ツヴァンソ(マデギリークの養女。クーロの妹)

 デスピアダト(エーレ地方の領主)

 ヌイ(ソルトルムンク聖王国の兵士。ツヴァンソの憧れ)

 マデギリーク(クーロとツヴァンソの養父。将軍)

 ムロイ(ツヴァンソの付き人)

 ヨグル(クーロの付き人)


(国名)

 ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)

 ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)

 ミケルクスド國(ヴェルト八國の一つ。西の国)


(地名)

 エーレ城(エーレ地方の主城)

 エーレ地方(ソルトルムンク聖王国の一地方)

 タシターン城(タシターン地方の主城)

 タシターン地方(ソルトルムンク聖王国の一地方)


(その他)

 小隊長(小隊は十人規模の隊で、それを率いる隊長)



〔参考二 大陸全図〕

挿絵(By みてみん)

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