【073 ドクサ地方攻略(九) ~二中隊の圧勝~】
【073 ドクサ地方攻略(九) ~二中隊の圧勝~】
〔本編〕
「ヒュッ!」
空気を鋭く切り裂く音。聞き違えようのない、矢が射られた際の音であった。
ツヴァンソ中隊を追撃しているミケルクスド國ヴリオ上位大隊長率いる三百の騎兵に向けて、前方の茂みから一斉に矢が射かけられたのであった。
ヴリオの予測通り、前方の茂みに伏兵が潜んでいた。
その伏兵が矢を放っているのは、目前の事実から明白であるが、いくつかヴリオの予測を超えた現象が起きている。
一つが、ツヴァンソ中隊に肉薄した形で追撃している最中であるので、通常であれば矢は射かけられないはずであるということである。
普通、敵に向けて矢を射かけるのであれば、敵が単独で向かってきている場合である。
なぜなら、自分の味方と接触している敵に矢を射かけるということは、誤って味方に矢が当たってしまう危険があるからである。
なので、ヴリオは、伏兵は自分たちが茂みに最接近するか、茂みに突入してから攻撃を仕掛けると踏んでいた。
仮に伏兵が弓兵だった場合でも、ツヴァンソ中隊がヴリオ隊からの追撃を逃れ、ツヴァンソ中隊とヴリオ隊との間に十分な距離が出来てからだと考えていたからであった。
そのため、ヴリオはツヴァンソ中隊が離脱できないよう積極的に追撃し、結果、ヴリオの追撃兵は、ツヴァンソ中隊と接触を保ったまま、茂みの近くまで来たのである。
……にもかかわらず、茂みの中の伏兵は矢を射かけた。
そして二つ目にヴリオの予測を超えたのが、その射かけられた矢が、ツヴァンソ中隊の隙間を完璧にかいくぐり、ヴリオ隊にのみ迫ってきたことである。
「上位弓兵による狙撃だ! しまった!!」
これが、ヴリオの最後の言葉となってしまった。
次の瞬間、ヴリオ上位大隊長の額と首筋に矢が突き刺さる。
この二本の矢は偶然ではなく、敵指揮官と認識した上で、その急所を狙って射かけられたもので間違いなかった。
こうして指揮官不在で、ミケルクスドの騎兵は追撃してきた勢いのまま、前方の茂みに突入する。
茂みに始めに突入した騎兵は、茂みに入ったことにより、樹木に光を遮られ、一瞬目の前が暗くなった。
しかしその刹那、紫色の強烈な光が騎兵たちの瞳に突き刺さった。
「閃光の呪文だ!!」
ミケルクスド兵の一人が叫ぶ。
兵が叫んだとおり、紫色の強烈な光は、魔術によって生み出されたもので、その光を見た者は、瞬時にして視界を完全に失ってしまった。
「気をつけろ! 目くらましだ!」
自らの視界を奪われ、さらに強烈な光による網膜の激痛に耐えながら、一人のミケルクスド兵がこれから茂みに突入してくる仲間に向かって大声で伝える。
しかしその声は、馬蹄と怒号でかき消され、茂みに突入してきたミケルクスド兵は、次々と紫色の閃光により、視力を奪われてしまった。
強烈な閃光による一時的な視力の喪失とはいえ、ミケルクスド兵を混乱に陥れるには十分な効果であった。
続いて、茂みに潜んでいた槍兵が、視力を失い向かう方向に戸惑っている騎兵に対し、長槍を繰り出す。
茂みにミケルクスド兵が突入した後も、木々の隙間から、弓兵による執拗な矢の攻撃が絶え間なく続く。
後退しようにも、事情が分からない味方の兵は次々と、茂みの中に突入してくる。
これで茂みの中で、ミケルクスドの騎兵は立ち往生し、ますますクーロ中隊の槍や矢の攻撃の餌食となっていった。
それでもしばらくして視力が戻り、ミケルクスドの騎兵は態勢を立て直し、徐々に槍兵を押し返しながら、茂みの中ほどまで進む。
「よし! 次の矢!!」
中隊長のクーロがそう叫ぶ。
それに合わせてミケルクスド兵の前に、二十もの火球が次々と浮かび上がる。魔兵が火球の術を行使したのであった。
さらに、浮かび上がった火球に、弓兵が矢を射かけ、火球は二十の火矢となり、樹木やミケルクスド兵に突き刺さる。
樹木や鎧に突き刺さった火矢は、そこから延焼し、気が付くと茂み一帯が火の海になり、ミケルクスド兵やホースを焼いていった。
火球を貫いた矢には、最初から揮発性の高い油がたっぷりと含んでいる馬皮が矢の先端に巻き付けられているため、火矢はその油によって一気に燃え上がり、突き刺さった樹木や兵の鎧に延焼する。
茂みは一気に炎の林と変わり、茂みの中ほどまで突入したミケルクスド兵とその馬を炎が包む。
炎を纏ったホースがそこから逃れようと狂奔し、乗っているミケルクスド兵を振り落とし、落ちた兵をさらに馬蹄で踏み潰す。
クーロ中隊の面々は、あらかじめ鎧に水を大量に含ませ、さらに身体を冷やす冷却の呪文や、鼻先や口元に新鮮な濃い酸素を溜めておける呪文などをあらかじめ施されていたので、一人も焼死せずに茂みから脱出することができた。
炎の林と化した茂みにまだ突入していないミケルクスド兵は、炎から逃れるために後方に退こうとしたが、茂みの直前で離脱したツヴァンソ中隊の騎兵たちが、半円を描くように、それらの兵の後背に回り込み、茂みに押し込む形で攻め立てた。
こうなると狙撃によって指揮官のヴリオ上位大隊長を早々に失った隊は、指揮系統すら崩壊し、十人程度の小隊としての集団行動すら不可能な有様となった。
結果、茂み全体が炎の林と化してわずか一時間後、数名の運のいい離脱者を除き、第三の砦の南方に駐屯していたミケルクスドの援軍――第四の砦並びに第五の砦からの援軍四百五十は文字通り壊滅した。
策を用いたとはいえ、クーロ中隊とツヴァンソ中隊二中隊による圧勝であった。
〔参考 用語集〕
(人名)
ヴリオ(ドクサ地方第五の砦の上位大隊長)
クーロ(マデギリークの養子。中隊長)
ツヴァンソ(マデギリークの養女。クーロの妹。中隊長)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)
ミケルクスド國(ヴェルト八國の一つ。西の国)
(地名)
テタントス(ドクサ地方の五つの砦のうちの一つ。『第四』という意味)
トゥリトス(ドクサ地方の五つの砦のうちの一つ。『第三』という意味)
ペンプトス(ドクサ地方の五つの砦のうちの一つ。『第五』という意味)
(その他)
上位大隊長(上位大隊は五百人規模の隊で、それを率いる隊長)
小隊(この時代の最も小規模な集団。十人で編成される)
中隊(小隊五部隊で編成される隊。五十人規模の隊)
中隊長(中隊は五十人規模の隊で、それを率いる隊長)
ホース(馬のこと。現存する馬より巨大だと思われる)




