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【007 少女の憧れ】


【007 少女の憧れ】



〔本編〕

「そうであろうと思いました!」

 ナヴァルが、マデギリークの確信ある答えに、満足そうに頷く。

「旦那様が、極めてまれな、他人の意見に左右されているご様子でありましたので、確認の意味でお聞きいたしました。ご安心ください! 旦那様がそう感じられたのであれば、クーロ様の才に間違いはございません!」

「ナヴァルにそう言ってもらえるのは嬉しいが、まるでわしが誰の意見もまるっきり受け付けないように聞こえたことが少し気にはなったが……」

「まあ、そこはあまりお気になさらずに……」

 ナヴァルが、マデギリークの言いようを軽く受け流し、話を続ける。

「実際にツヴァンソ様と百試合以上の試合が出来ているのが何よりのあかしでございます。ツヴァンソ様の剣の先生のおっしゃった、ツヴァンソ様の剣の一撃を受けた槍を離すタイミングが絶妙というのは、私が旦那様から聞かせていただいた限りではありますが、天賦てんぷの才がなければ、どんなに修練しようとも不可能だと思われます。

 旦那様ご自身は、お強過ぎるので、旦那様が敵の攻撃を、頭上にそれも旦那様の槍がへし折れるほどの強烈な攻撃を受けるという経験を全くなされていないため、お気づきになられないのは仕方のないことだと思われます。

 まだ槍の修行の道半ばゆえ、クーロ様は、結局は槍を取り落とす結果となったのだと思われますが、槍の技術を完全に習得成されれば、見事な槍による防御術で、むしろツヴァンソ様の方が敗れたであろうと推察されます。

 技術の習得速度が常人以下と、その道の天賦の才があるかは、全くの別問題でございます。明日、明後日にでも、クーロ様を初陣させるというのであれば、話は別ですが、今は長い目で見守っていらっしゃればよろしいかと……」

「……」

 ナヴァルのこの言葉に、マデギリークは深く感銘を受けたようであった。

「ナヴァル! まさか、ここまで明確な答えがお前から導かれるとは思っていなかった。お前に相談して良かった! お前の言う通りだ! ありがとうナヴァル!」

 マデギリークが嬉しそうにナヴァルに感謝の言葉を投げかけた。

 マデギリークのこの素直な性格が、多くの人を引き付ける魅力なのだと改めてナヴァルも再認識でき、ナヴァルも心底嬉しかった。

「旦那様! 先ずは、ツヴァンソ様との試合で、クーロ様が勝利された五勝と、引き分けた二十の試合の結果を、剣の先生から具体的にお聞きになったらいかがでしょうか?

 そしてこれからは、旦那様御自身が、お時間のある限り、お二人の試合を観戦なされば、クーロ様、さらにツヴァンソ様のこともよくご理解できると思われます。お忙しい身の上とは思いますが、少しでも……」



「あっ! クーロにい! 聞いて! 聞いて!!」

 ツヴァンソがクーロを見つけるや、走り寄ってくる。

 クーロからすれば、密かに思いを寄せている義妹いもうとが、話しかけてくることなので嬉しいには違いないが、さすがに最近はそれが苦痛の種なので、ツヴァンソを見かけても、わざと声をかけなかったり、避けたりしていた。

 今回は、ツヴァンソの方からクーロを見つけて、走り寄ってくるので、さすがに無視したり、気が付かないふりをしたりして、その場から去るわけにはいかない。

「ツヴァンソ! どうせまたヌイの話だろ! もう、何百回も同じ話を聞かされているこっちの身も少しは考えろ!」

 クーロはイライラしながら、つっけんどんな口調になっていた。

 しかしツヴァンソは、それすら気づかないぐらいに興奮しながら、クーロに跳びつくのと、話を切り出すのがほぼ一緒であった。

「凄いんだよ! ヌイ様は!!」

“やはり、ヌイの話か! もう勘弁してほしい!”

 クーロの心の叫び。

 クーロにとって、この一年あまりのツヴァンソの話の九割が『ヌイ』という男の話であって、クーロにとって、これは苦痛以外の何物でもなかった。

 同じ話を何百回と聞かされる、わずらわしさもさることながら、そのヌイという男の話を、目をキラキラと輝かせて語るツヴァンソのその姿を見、その喜び溢れた声を聞くのは、昔の奴隷時代の苦しさに匹敵するほどであったといっても過言ではない。

 さすがに、大袈裟な例えと思われるかもしれないが、クーロにとっては、むしろもう過去の記憶である奴隷時代より、現実の今の方がもしかしたら、さらなる苦しみなのかもしれない。

 この苦しさ辛さの元凶は、疑いようもないくらいはっきりしている。

 クーロのヌイに対する“嫉妬”であり、そのヌイと自分を比較した際の絶望なまでの差からくる“劣等感”によるものであった。

 ヌイとは、今年十六になる少年のことである。

 そして、今年――クーロとツヴァンソの試合の話から、さらに二年の時が経った龍王暦一九九年。

 クーロ十四歳、ツヴァンソ十二歳の春の出来事である。


「私! 絶対にヌイ様のお嫁さんになる! そして、ヌイ様の子供を授かる!」

「ツヴァンソ! お前はどこまで、子供なのだ! ヌイは、いまや時の人だぞ! お前なんか、相手にされるものか! それに、お前は将軍を目指していたのではないのか?! そんなこと、マデギリークおやじに言ったら、たいそう悲しむぞ!」

「誰も将軍を目指すことを諦めるとは言っていないよ! 私はもちろん、将軍を目指す! そしてさらにヌイ様のお嫁さんになるの……。ヌイ様の子供を産んだ後は、ヌイ様と戦場でくつわを並べて、敵を倒す!

 ヌイ様のお嫁さんになりたがる女の子は、いっぱいいるかもしれないけど、私はヌイ様のお嫁さんになって、さらにヌイ様と同じ戦場に立ち、敵を倒すのが夢なの! ヌイ様も、きっとそのような女性を望んでいるわ!」

「……」

 ツヴァンソのこのぶっ飛んだ発想に、クーロもしばし開いた口が塞がらなかった。


「それより、ヌイ様がまた大戦果をあげられたの……!」

「もうその話は、耳にたこが出来るほど何百回も聞いたぞ! ツヴァンソ! お前! 他の話題はないのか?!」

「ヌイ様以外の話題なんてつまんない! それに今日の話は、さっき知ったばっかりの新しい話だよ。ヌイ様が、カルガス國との戦いにおいて、敵の将軍の首をとったそうよ! まだ、昨年の初陣から数えて三戦目なのに、すごいよね!!」

「えっ! カルガス國の将軍を倒した! 嘘だろ!!」

 ヌイの話題にうんざりしていたクーロであったが、さすがにこの話は初耳であった上、その内容が衝撃的過ぎた。

「そうだよ!」

 ツヴァンソはまるで自分の手柄のように誇らしげにしゃべり続ける。

「昨年の春に初陣を迎えられ、一年で三回も戦場に出られ、その都度、手柄をあげるなんてすごいよね! 初陣で、あのバルナート帝國を相手に二十人以上の敵兵を倒し、その中には司令官級の兵もいたとかで……、初陣で、いきなり小隊長に昇格しちゃった!

 それだけでも、もの凄いことなのに、半年後のカルガス國との戦いにおいても、初陣を上回る手柄をあげて、また昇格!

 そして、さらに半年後の戦いで、ついにカルガス國の将軍の一人をヌイ様自らの手で倒しちゃったって……! 将軍の名前は分からないけど、カルガス國内では結構名の知れた将軍だったらしいよ。これでまた、ヌイ様の昇格は間違いなしだね!!

 半年前の戦いと合わせて、ヌイ様と戦ったカルガス國の兵の間では、ヌイ様の名前を聞くだけで、震え上がる兵が出てくるぐらいだから、本当にすごいよねぇ~」




〔参考 用語集〕

(人名)

 クーロ(マデギリークの養子)

 ツヴァンソ(マデギリークの養女。クーロの妹)

 ナヴァル(マデギリークの執事)

 ヌイ(ソルトルムンク聖王国の兵士)

 マデギリーク(タシターン地方の領主)


(国名)

 バルナート帝國(ヴェルト八國の一つ。北の強国)

 カルガス國(ヴェルト八國の一つ。北の強国)


(その他)

 小隊長(小隊は十人規模の隊で、それを率いる隊長)

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