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【006 ツヴァンソの試合相手(後) ~クーロの才~】


【006 ツヴァンソの試合相手(後) ~クーロの才~】



〔本編〕

「成程!」

 マデギリークが頷く。

「それはわしの責任でもある! ツヴァンソにも、わしからよく言い聞かせよう!」

 そう言ったマデギリークは、一旦黙り込み、そして首をかしげながら呟いた。

「今のツヴァンソにはもう試合相手がいないという理由はよく分かった。しかし……、では何故! クーロはそのような物騒なツヴァンソの試合相手が出来る?!

 さっきのツヴァンソの言葉が本当であれば、既にクーロとツヴァンソは、百二十五回も試合を重ねていることになる。さきほどの先生の話から、ツヴァンソが兄だからといって手心を加えているとは到底思えない。これはどういうことなのか?」

 マデギリークのこの純粋な問いに、ツヴァンソの剣の師匠も首をかしげながら答える。

「それにつきましては、私にも実はよく分かりません! お二人の試合は全て見ておりますが、やはり何故か分かりません! 不思議です。

 ただ、私の勘でしかありませんが、その原因はツヴァンソ様というより、むしろ、クーロ様の方にあると思われます!」

「クーロの槍の先生の話によれば、クーロは決して槍の才能があるわけではなく、むしろ並みの者より、技量の修得などが遅いらしい。(剣の)先生はどう思われますか?」

「そうですね。私は、槍は極めているわけではないですが、一通りの槍術については、剣を極める者として理解しております。そこから思うには、クーロ様の槍の技量取得の進捗状況は、クーロ様の(槍の)先生のおっしゃる通り、常人より遅れていると言わざるを得ません。

 実際、クーロ様はツヴァンソ様よりはるかに弱いです。それは、ツヴァンソ様の百勝に対して、クーロ様の五勝という結果が如実に物語っております。しかしながら……」

 続く剣の師匠の言葉は、マデギリークの耳に衝撃的に届く。

「例えば、私が今のツヴァンソ様と試合をいたしましたら、十試合のうち、六勝は出来ると思います。しかし、残りの四敗で、私は間違いなく腕の一本は失っておりましょう。

 最悪の場合、ツヴァンソ様の上段の打ち下ろしで、頭を真っ二つにされているやもしれません。ツヴァンソ様との百回以上の試合のお相手など絶対に不可能でありますし、ましてや、それで百敗しながら、クーロ様は全て軽傷で済んでおられます。

 これなどは、ツヴァンソ様に百戦百勝するより、難しい芸当であると言わざるを得ません! 本日の試合で言えば、――クーロ様のゴールドの槍を、ツヴァンソ様の剣がへし折って、勝負を決めた一件ですが――、あの時のクーロ様が槍を手から離すタイミング……。

 あれなど、誰に真似ができましょう! 手を離すタイミングが一瞬早ければ、クーロ様は、ツヴァンソ様の剣の衝撃を全て乗せた槍のによって、頭が砕けているでありましょうし、逆に一瞬遅ければ、槍の柄を握っているクーロ様の両腕の骨がその衝撃で砕けていたことでしょう。

 領主様からクーロ様の槍の先生に、今日の試合の今の現象についてお尋ねになられるとよいと思いますが、おそらく九割九分、槍の先生も驚かれ、自分には真似できないとおっしゃると思われます。

 これなどは一部の天才だけが、辿り着く境涯といって差し支えないでしょう!」


「ナヴァル! お前に聞いてもらいたいことがある」

 マデギリークが執事に話しかけた。

 マデギリークは、物事がよく分からず、もやもやした気持ちになる時など、自分より年上のナヴァルによく相談した。

 相談といっても、自分より五歳しか年上ではなく、能力や経験からかんがみれば、マデギリークの方がナヴァルよりはるかに上であるが、それでも長年付き従ってきて気心も知れている執事に相談することは、このような状態のマデギリークの通例行事になっていた。

 マデギリークは、今日のクーロとツヴァンソの試合の顛末と、その後のツヴァンソの剣の先生の話、またその後、今度はクーロの槍の先生に尋ねたことを、ナヴァルにつぶさに話し聞かせた。

「成程!」

 ナヴァルは、マデギリークの話を聞きながら、何度も『成程』と呟く。

「……というわけで、結局のところわしにはようわからん! 槍の先生にクーロの槍を取り落としたくだりを話したが、確かにそのタイミングで槍を手から離すのは、達人の域でのみ成しうることではあるが、クーロの場合は、たまたまの偶然なのではとおっしゃっておられた。

 確かに(槍の)先生の言われることは、その通りかも知れないが、それでは(剣の)先生のおっしゃられたツヴァンソと百回以上試合が出来るという点について、どうにも納得出来ない! ナヴァル! お前はどう思う!」

「旦那様! お話の中身、よく分かりました。……しかしながら、旦那様にも理解し難いそのお話。私に分かるはずがございません」

「……随分と今日はにべもないなぁ~ 少しは一緒に悩んでくれないのか?」

 マデギリークはそんな愚痴をこぼしたが、おそらくは二人のこのようなやりとりは恒例のパターンなのであろう。

 マデギリークもナヴァルも、それでその話を終わりにする雰囲気が全く見受けられなかった。


「実際問題といたしまして……」

 しばらくして、ナヴァルがマデギリークに尋ねる。

「旦那様は、クーロ様に槍の才能がおありになると思われ、二年前にクーロ様のお命を救ったのみならず、旦那様御自身のご養子にされたのですよね。クーロ様を将軍候補の一人として……。

 それで、クーロ様は本当に槍の才能をお持ちなのでございますか? 天才というレベルの……」

「う~ん」

 マデギリークとは思えないほどの自信なさそうな一言が、まず口から洩れた。

「そう面と向かって尋ねられると、少し自信が揺ぐのじゃ……。わしがクーロにつけた槍の先生の話では、お世辞にも槍の才能があるとは思えないどころか、常人より技量の習得が遅いらしい。わしの勘違いだったのかのぉ~」

 これは、人を見る目に自信のあるマデギリークとは思えないほどの消え入るような呟きであった。

「旦那様! この際、槍の先生の言葉は忘れて、二年前のクーロ様がヴォルフを屠った一撃だけを思い出して下さい! 実際に旦那様のその時の目に、その出来事はどのように映ったのでございますか?!」

 ナヴァルのこの言葉に、マデギリークはしばし目を閉じ、その時の情景を瞼の奥に映し出しているかのような表情で、一分以上の時が過ぎた。

「うむ! ナヴァルのいう通りだ!」

 マデギリークは、カッと目を見開くと、いつもの大声で叫んでいた。

「わしは、間違いなくあの時のクーロの一撃に、天賦の才を見た! うん! それで間違いない!! それは見間違えようのない厳然たる事実であった!!」




〔参考 用語集〕

(人名)

 クーロ(マデギリークの養子)

 ツヴァンソ(マデギリークの養女。クーロの妹)

 ナヴァル(マデギリークの執事)

 マデギリーク(タシターン地方の領主)


(その他)

 ヴォルフ(この時代の獣の一種。現在の狼に近い種)

 ゴールド(この時代において最も硬く、高価な金属。現在のゴールドとは別物と考えてよい)

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