【054 エーレ城奪還戦(十五) ~脱出口侵入戦(後)~】
【054 エーレ城奪還戦(十五) ~脱出口侵入戦(後)~】
〔本編〕
ツヴァンソは、二度目の戦いの山賊退治で得た経験を、次の戦いで大いに活かした。
次の戦いが、同年八月。
場所こそ異なるが、エーレ地方に出没する山賊、野盗の討伐であった。
エーレ地方は、本拠地のエーレ城を敵国に奪われ、治安が非常に不安定な状態であった。
一つの地方内で二つの國が争っているため、エーレ地方の治安維持の方に手が回らないのは当然であり、そのため山賊、野盗が横行し、一般領民がしばしばそれらの餌食になっていた。
このままでは、エーレ地方の領民が殺され、又はこの地から逃げだしたりして、ほとんどいなくなってしまう。
そのための賊退治の討伐隊であったが、賊の方が一枚上手で、討伐隊の主力部隊の前には決して姿を現さず、討伐隊が山賊退治を維持するための補給部隊の方だけを襲撃した。
結果、主力部隊も補給不足で山賊退治を維持し続けることができず、いつまで経っても、エーレ地方からこれらの賊がいなくなることはなかった。
ツヴァンソは六月の戦いで、その流れについてよく理解した。
それでツヴァンソは、今回の八月の討伐隊においては、あえて主力部隊には加わらず、わざと後方の補給部隊へ席をおいた。
さらに鎧も纏わず、あえて薄汚れた皮の胸当てだけの武装として、武器も刃渡り三十センチメートルという、短めの剣を装備した。
その上、胸当ての下の服も、汚れたみすぼらしいものとし、どこからどう見ても、本来は農業を営み、今回強制的に戦いに参加させられた、戦いが初めての少年兵にしか見えないようないで立ちとなった。
補給部隊は、主力の討伐隊が百人以上で編成されているのに対し、十人程度で編成されている。
ホースも補給物資を運ぶ荷車を牽く二頭しかおらず、二頭で牽くには補給物資が重過ぎるので、十人の半分に当たる五人は、ホースと一緒に荷車を牽く。
おのずと補給部隊の護衛は五人となり、主力部隊の機動力と比しても当然劣るので、一時間も進軍すれば、主力と補給部隊の間は、一キロメートル開く。
これは、討伐部隊の動向を全て把握している山賊たちからすれば、補給部隊が格好の餌食なのである。
そしてさらに一時間後、主力部隊と二キロメートル以上の開きが出た頃、補給部隊は五十人の山賊による襲撃を受ける。
山賊たちからすれば、セオリー通りの行動であり、十分後には補給部隊の十人は全て殺され、補給物資を全て奪えていたはずであった。
その部隊にツヴァンソさえいなければ……。
結果は火を見るより明らかであった。
十分後に補給物資を奪って、悠々と棲み家へ帰還するはずだった五十人の山賊は、四十人がその場で切り殺され、かろうじて十人だけが命からがら逃げ出した。
この補給部隊には、ツヴァンソに加え、前の山賊退治の戦いでツヴァンソから誘われたホッホ、エーベネ兄弟も加わっており、二人だけで十五人もの山賊を倒していた。
そして、ツヴァンソに至っては一人で二十二人の山賊を倒し、三人で四十人のうち三十七人を討ち果たしたことになる。
そして、さらにツヴァンソが倒した二十二人の中に、山賊の長が二人もいた。
このように、ツヴァンソの補給部隊に加わる策は、見事に当たった。
この策でツヴァンソは、五回あった山賊たちによる補給部隊への襲撃を、全て撃退し、ツヴァンソはその五回で百人以上の山賊、盗賊を討ち果たす。
この策が功を奏し、山賊たちも補給部隊を迂闊に襲撃することができなくなり、結果、補給等の兵站が確保され、討伐隊は今までより広い範囲で活躍でき、実際にエーレ地方に巣くう主力級と目される五つの山賊集団のうち、三集団を壊滅させ、残り二つの集団の頭も追い詰められた末、討伐部隊の手によって倒される。
結果、エーレ地方から山賊、野盗の類の勢力は、ほとんど力を失う。
ツヴァンソは、この戦いの功績が認められ、ついに小隊長へと昇格を果たした。
ツヴァンソ小隊が、エンテ将軍の四隊長の一人、ゲイルーナと遭遇したのが、四月一五日の午後十時十分。
同じく四隊長の一人、トルメンタが百人の援軍を率いてこの地に到着したのが、四十分後の同日午後十時五十分。
その後、続々とエーレ城脱出口に兵が集まり、脱出口本道へ兵が補充され続けた。
日が変わり翌日の一六日となり、さらに三時間が経過した一六日午前三時、まだツヴァンソ小隊は存在しており、敵ミケルクスド國兵と切り結んでいる。
そして驚くべきことに、十人のツヴァンソ小隊兵は、まだ一人として、倒されるどころか戦いから離脱した者すらいない。
相変わらず、本道が狭いため、三人が三交代で戦っている状態であった。
それも十分凄いことではあるが、さらに驚くべきことは、隊長のツヴァンソに至っては、五時間近く休みなく戦い続けている。
むろん、ツヴァンソの相手のゲイルーナも同様ではあるが、明らかに疲労が顔に現れているのは、ゲイルーナの方であった。
ゲイルーナからすれば、身体の大きさ、武器の長さ、そして膂力の差から、圧倒的に優位のはずなのに、ゲイルーナの得物である長さ三メートル、直径五十センチメートルの鉄棒は、一度としてツヴァンソの身体どころか、鎧にすら触れていない。
ゲイルーナの鉄棒が当たるのは、脱出口本道の壁や天井、あるいは地面であり、唯一、ツヴァンソ絡みで接しているのが、彼女の手にしている一・五メートルの剣のみである。
「何故だ?!……」
ゲイルーナは戦いの最中、何度もこの言葉を口にする。
「……何故! 小娘の剣が砕けない!!」
ゲイルーナからすれば、重量三十キログラムの鉄棒を、彼の馬鹿力で振り回しているのである。
接触すれば、どんな材質の武器であろうが、粉々に砕け散るはずである。
それも太い鉄棒のような武器でなく、見るからに細く薄く華奢に見える剣の刃なのに、それが、ゲイルーナの鉄棒の攻撃を、何度受けても砕けない。
ゲイルーナの心情に、疲れに加え、言い知れぬ不気味さも生じてきた。
「相変わらず、ツヴァンソ様の剣技は素晴らしいな!」
後方で交代して休んでいる兄弟剣士の兄であるホッホが、弟のエーベネに話しかける。
「確かに、敵の大将からすれば、ツヴァンソ様の細い剣が、太い鉄棒に当たっても砕け散らないことに、一種の戦慄すら覚えているかもしれないがな!」
弟がそう応じた。
「あんな、力だけの筋肉馬鹿に理解できるわけはないな! ツヴァンソ様が、鉄棒が当たった瞬間、剣の刃の角度を微妙に変え、鉄棒の衝撃をほとんど受け流していることに……」
「まあ、口では容易く言えるが、それを実践するには超高度な技量がなければいけないし、ましてや実戦において、馬鹿力だけの敵とはいえ、強敵を相手にそれを実践できるのは、今のマデギリーク軍でマデギリーク様とツヴァンソ様だけであろう!」
兄の言葉に弟がそう応じる。
「……ところで、午前三時には味方の兵がこの通路に突入しているはずだから、後十五分でここに到着するであろう。そこでこの作戦の次の段階に入るわけだ!」
兄弟剣士以外の小隊員が、二人にこう話しかけた。
ホッホ、エーベネ兄弟は無言で、その者に向けて頷いた。
〔参考 用語集〕
(人名)
エンテ(ミケルクスド國の将軍)
ゲイルーナ(新しい四隊長の一人)
ツヴァンソ(マデギリークの養女。クーロの妹。小隊長)
トルメンタ(新しい四隊長の一人)
ホッホ・エーベネ(ツヴァンソ隊の一員。兄弟)
マデギリーク(クーロとツヴァンソの養父。将軍)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)
ミケルクスド國(ヴェルト八國の一つ。西の国)
(地名)
エーレ城(エーレ地方の主城)
エーレ地方(ソルトルムンク聖王国の一地方)
(その他)
四隊長(エンテ将軍の配下の四人。死隊長とも呼ばれている)
小隊(この時代の最も小規模な集団。十人で編成される)
小隊長(小隊は十人規模の隊で、それを率いる隊長)
ホース(馬のこと。現存する馬より巨大だと思われる)




