【050 エーレ城奪還戦(十一) ~マデギリーク将軍の秘策~】
【050 エーレ城奪還戦(十一) ~マデギリーク将軍の秘策~】
〔本編〕
「ツヴァンソ! 来たか! 元気そうじゃな!」
マデギリークのツヴァンソを迎える第一声は、始終一緒にいるわけではないが、少なくとも共にエーレ城攻略で参戦しているので、その娘にかける言葉にしては、少し違和感を覚えるものであった。
「マデギリーク将軍! 何か、私に重要な話でありますか……」
父マデギリークの奇妙な挨拶から、何か重要なことを自分に伝えようとしていると察したツヴァンソは、単刀直入にそう切り出した。
「うむ。ツヴァンソ! お前に一つ頼みたいことがある!」
「重要な事柄であれば、皆には席を外してもらったほうがよろしいのかと……」
「そうじゃな! 皆、申し訳ないが、この場はわしとツヴァンソの二人だけにしてもらえるかな?」
先にツヴァンソが、皆に席を外したほうが良いのではという、機転を利かせた発言をしたことにより、マデギリークは、ごく自然にツヴァンソと二人だけになることが出来た。
「……」
それでも、マデギリークはツヴァンソと二人きりになって後も、しばらくは沈黙し続けている。
どのように話を切り出してよいかを迷っている様子であった。
「……それにいたしましても、クーロ兄様の活躍は素晴らしいですね!」
二人きりになって、先に口を開いたのはツヴァンソの方であった。
「確かに……、クーロのおかげで、敵の補給部隊は、まだミケルクスド國の国境からこの城までの道のりの半分にも達していない。クーロは槍の才能があると思っていたわしは、クーロが弓兵に転向したいと言い出した時には、正直、驚きを隠せなかったが、なんのなんの、あやつは弓でも天才的な才能を発揮していると聞く。クーロの才能の底が知れない!」
「それは、私も思い知らされております!」
ツヴァンソが笑いながら、父マデギリークの感想に同調した。
「私なんか、最初こそ『クーロ兄』と一応『兄』をつけて呼んではおりましたが、クーロ兄様を、兄と敬おうとは露ほども思ったことがなく、初陣の前年ぐらいからは、『兄』という呼称も外し、むしろ自分より下――いえ、はっきり申し上げますと、自分より劣って哀れな、年齢だけ上の人という認識で馬鹿にしておりました!」
「ハハハッ! それはお前の言動を見ていたら、誰でも気づいたであろうな! クーロは特に、そのあたりの機微は人一倍であったし……」
「私は、兄のそのような気持ちを分かった上で、馬鹿にしておりました。今思うと、本当に自分が子供だったと思います。……しかし、その認識が全て覆ったのが、昨年の初陣での論功行賞と、その後に父上やムロイから聞かされた兄様の戦場でのご活躍のことでありました!」
「……あれは、わしも正直びっくりした。お前ほどではないが、わしも、クーロはわしの中で唯一の眼鏡違いだったかと、自分を疑ったぐらいだから……。
しかしそれを言うなら、あの初陣以降、お前の成長ぶりも見事だぞ! 剣の腕前は、既に突出していたが、それは子供の無邪気さゆえの剣技であった。今は、心情も将の器に近づきつつある! クーロもお前も、わしの眼鏡にかなった通りの人物になろうとしている……」
「それに今も……」
マデギリークが話を続ける。
「わしがなかなか切り出しにくい話だと察し、お前は、あえて日常的な話題であるクーロの話を引き合いに出した。わしが話を切り出しやすくするために……」
「気づいておられましたか! さすがはお父様!」
「わしもそこまで鈍くはないのでな!」
マデギリークはそう言うと、大声で笑う。
「よし! 腹は決まった!」
マデギリークは、ひとしきり笑うと、ツヴァンソの顔を真正面から見据えた。
「我が娘、ツヴァンソ! お主の命、わしにくれぬか!!」
「はい! お父様!」
ツヴァンソが即答する。
それも、肩に力のこもらない、ごく自然な返答を……。
「……中身も聞かずに、即答か?!」
さすがのマデギリークも呆れて尋ねる。
「父の養女にさせていただきましてから、この命! 父のお役に立てることに使っていただくのを常日頃から第一に考えておりました。それについてのお尋ねでありましたので、その答えは即答以外にはございません!」
「はて? ヌイ殿の嫁さんになることが第一と、わしは思っておったのだが……」
マデギリークが微笑みながら、そんな軽口を叩く。
「それは、それ! これは、これです! どちらも第一ではありますが、それぞれの第一は、全くの別物です!」
マデギリークの軽口へのツヴァンソのこの答えは、常識的に考えると、理解し難い感覚のものであったが、おそらくツヴァンソの中では、普通に成り立っている理屈なのであろう。
「では、本題に入る!」
マデギリークが意を決し、ツヴァンソに申し渡す。
「エーレ城の脱出口から逆に侵入し、城内に我が軍の拠点を作ってもらいたい! そして、その出来た拠点を活用して、城の内側から城門をこじ開けてもらいたい!」
「エーレ城の脱出口! やはりそのようなものが、エーレ城には存在していたのですね!」
ツヴァンソが、マデギリークに尋ねる。
「まあある程度の規模の城や、重要な城であれば、いざという時に城主が脱出できるように脱出口なるものがあり、エーレ城もその例外ではない!」
マデギリークが話を続ける。
「ただ、前領主のデスピアダトは、その脱出口に辿り着く前に、城門を破った敵に捕まり、殺されたようだが……」
「……」
「敵将エンテの電撃的な侵攻により、エーレ城が瞬時に落城してしまったせいではあるが、それよりデスピアダトが油断し過ぎたことが、わしは原因であると見ている。実際に今、エーレ城を攻めてみて、それを大いに感ずる。そう容易く落ちるような城ではない!」
「成程! ところでお父様は、何故エーレ城の脱出口についてご存じなのですか?」
「わしほどの大将軍になると、そのような機密事項はいくらでも知っていて当たり前なのじゃ! ……と言うのは冗談で、実は昨年、ブーリフォン聖王子様からこっそり教えていただいたのじゃ!
おそらく聖王子様は、わしにエーレ城攻略の任がいずれ下ると考えて、教えて下さったのだと思われる。敵がその脱出口の存在を知って、エンテ将軍なら、それを策として逆に利用する可能性があるからな……」
「……お父様の話は、どこまでが本当で、どこまでが嘘かが全く分かりません! いずれにせよ、その脱出口から逆に侵入して、城内に拠点を作ればいいのですね!」
「そうなのだが……」
ここで、マデギリークが話を続けることを躊躇する。
「口でいうのは容易いが、それは城攻めとしては、下策中の下策だ! なぜなら……」
「なぜなら……?」
ツヴァンソがマデギリークの末尾の呟きを繰り返す。
「その脱出口の幅がたったの二十メートルしか無いからだ! この脱出口を利用し、城内に入るにしても、大軍を一気に送ることは出来ないし、仮に城内に入っても、そこで城兵に囲まれて全滅してしまうであろう!」
「並みの兵士であればそうなりますね!」
「……」
内容を理解し、自分に依頼しようとした父マデギリークの心情を察したツヴァンソの物言いに、今度はマデギリークの方が黙り込んだ。
「私と私の小隊であればそれが可能であると……。ありがとうございます! お父様にそこまでご期待いただけていることが、私はすごく嬉しいです!」
ツヴァンソは満面の笑みでそう言った。
〔参考 用語集〕
(人名)
エンテ(ミケルクスド國の将軍)
クーロ(マデギリークの養子。小隊長)
ツヴァンソ(マデギリークの養女。クーロの妹。小隊長)
デスピアダト(エーレ地方の元領主。エンテ将軍に殺される)
ヌイ(ソルトルムンク聖王国の兵士。ツヴァンソの憧れ)
ブーリフォン聖王子(ソルトルムンク聖王国の聖王子)
マデギリーク(クーロとツヴァンソの養父。将軍)
ムロイ(ツヴァンソの付き人)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)
ミケルクスド國(ヴェルト八國の一つ。西の国)
(地名)
エーレ城(エーレ地方の主城)
(その他)
小隊(この時代の最も小規模な集団。十人で編成される)




