【048 エーレ城奪還戦(九) ~クーロとオフク(後)~】
【048 エーレ城奪還戦(九) ~クーロとオフク(後)~】
〔本編〕
そんなクーロが、五十メートルの距離にあるホースの前脚に矢を命中させた。
目を強化しているとはいえ、漆黒の闇の中を駆けてくるホースの前脚にである。
駆けているホースの脚の動きは規則正しくはあるが、動きそのものは非常に高速である。
それをクーロが射抜いたのであった。
戦いの場としては、二戦目であるが、弓兵クーロにとっては初戦といえる。
さらにホースの駆ける時の脚の動きは、規則正しい動きとはいったが、それは一般論であり、実際にはホースによってそれぞれ癖はあるので、その癖を瞬時に見極め、脚を狙うのはそれなりに高度な技術を要する。
それに対し、自分が狙った騎兵の首筋は、ホースが高速で駆けているとはいっても、騎兵自身にはそんなに動いてはいないので、的としては命中しやすい部類ある。
オフクは、師のパインロがクーロにホースの脚を狙わせて、自分に騎兵の首筋を狙わせたのは、クーロの一射は全く当てにせず、自分の一射に全て任せているからだと勝手に考えていた。
しかし、実態は逆であった。
パインロからすれば、クーロは絶対に矢を当てると考え、逆にオフクは初陣の緊張から、矢を外すかもしれないと考えていたのであった。
その証拠が、クーロがホースの前脚に矢を命中させたことについて、一切クーロを褒めていないのである。
「クーロ様! 次が来ます! 二騎です!」
パインロのその言葉に、クーロは矢をつがえ、素早く二射する。
向かってきた二騎の伝令兵のホースは、立て続けに大きく前のめりに倒れた。
倒れた二頭のホースの右前脚の足首に、それぞれ矢が突き刺さっていた。
「オフク!」
パインロに声をかけられ、オフクはハッとなる。
師であるパインロに声をかけられるまで、しばらく放心状態であった自分に気付いたオフクであった。
「敵伝令兵の数が増えてきた! 少し落ち着いたなら、クーロ様の手伝いをしてもらいたい! 出来るか?!」
この師の言葉に、オフクはまたハッとする。
クーロがまさに、山道をこちらに向かって駆けてくる騎兵を次々と倒している最中であったからである。
クーロの射る矢は、全てホースの前脚に命中している。
これであれば、騎兵とホースとどちらが生き残っても、伝令としてはもう役に立たない。
そして、オフクの目から見て、その腕前は上位弓兵のそれと同じであった。
それでも、敵である聖王国の夜襲と確定された上での伝令であるから、その数は時が経つごとに続々と増えていく。
今まさに、騎兵の伝令が十騎で隊列を組んでこちらに駆けてくる。
クーロの矢をつがえる右手の動きがさらに速度を増す。
そして、つがえられた矢は、次の瞬間には手から離れている。
オフクが息を飲むほどの見事な連射であった。
十騎で隊列を組んでいた伝令騎兵のホースが、右端から順繰りに倒れていく。
クーロの矢が正確に、向かって右側のホースから順番に前脚の足首を射抜いているからであった。
それでも、十騎が隊列で駆けているので、五騎目のホースが倒れる頃には、クーロとの間は十メートルまで距離を詰められ、次の瞬間にはクーロ達の前を疾風のごとく、三騎の騎兵が駆け抜けていった。
五頭分のホースの転倒に、二頭のホースが巻き込まれ転倒したが、それでも三騎は、それらホースの転倒を巧みに躱したのであった。
「オフク! 一騎、頼む!!」
クーロが叫びながら、オフクに命じる。
叫んだクーロ自身は、自分たちの前を駆け抜けた騎兵に向け、さらに二射、矢を放った。
その二本の矢は、走り去った二頭のホースの右後脚の足首を貫き、これで二頭のホースが倒れ、残りは一頭となった。
師のパインロは、空中の伝令飛兵を射落とすのに精一杯であり、残った騎兵を狙うゆとりはない。
オフクは、弓に矢をつがえ、後方に向かって射る。
「グハッ!」
オフクの射た矢は、残った一騎の騎兵の心臓を背中側から射抜いた。
騎兵は即死し、そのまま落馬した。
乗り手を失ったホースは、そのまま山道を走り去る。
「オフク! 助かったよ! 一騎仕留め損なうところであった! ありがとう!」
そう言いながらクーロは、自分たちの前を走り去った騎兵のうち、ホースから落ちた二人の首筋に一射ずつ打ち込み、絶命させていた。
はるか山道を走り去ったとはいえ、ホースが一頭無傷なので、もしこの先で、そのホースが立ち止まっていたら、ホースから落ちた別の兵が、そのホースを見つけ、騎乗してしまうかもしれない。
それを完全に阻止するための手立てが、今の騎兵たちの首筋への二射であった。
「クーロ様! また、二騎がこちらに向かって参ります! それは、クーロ様にお任せいたします! 私は、今、落馬しました騎兵七人と、足を射抜かれていない二頭のホースを確実に仕留めます!」
「頼む! オフク!」
もう、オフクの中にクーロへの侮りは、一切無くなっていた。
そして、師のパインロが、聖王国富国強兵策の一つであった弓兵増強のプロジェクトから離れ、クーロ小隊へ入隊したことについても、全て合点できた。
クーロという未来の大将軍を育て、支えていくという師パイロンの深い思惑を……。
とにかく夜襲、並びにそれを補給軍主力に伝えようとする伝令兵を、一晩、主力の元まで辿りつかせなかった功績は、後々大きな意味を持つこととなる。
この戦いの直後、オフクは師のパインロから、クーロのこの戦い直前二週間におよぶ矢の特殊訓練の残り一週間の内容を聞かされる。
オフクがクーロを見限り、その結果を知ることを放棄した一週間の出来事のことであるが、それを耳にしたオフクは驚愕のあまり、しばし言葉を失うほどの内容であった。
先ず二週間目の初日、つまり訓練から八日目にあたるが、その日の夕刻にクーロは、十メートルの距離での的への一万回連続命中の課題を見事に達成していたのであった。
七日目までは、百回連続命中が出来なかったクーロがである。
八日目、一度目の挑戦を九十二射目で外したクーロは、次の一射を射るまで、一時間以上、弓に矢をつがえた状態で静止していた。
一時間、その体勢で静止しているのも、ものすごいことではあるが、周囲で見学している者には、クーロのその行為について全く理解できなかったのも事実である。
ただ一人、パインロを除いては……。
その後、その体勢を解いたクーロは、三時間、その場に座り込み、目を閉じる。
誰もが、クーロがこの訓練を諦めたと感じた。
あるいは、弓兵自体をクーロは諦めたのかと大半の者が思ったほどであった。
〔参考 用語集〕
(人名)
オフク(クーロと同年齢の弓兵)
クーロ(マデギリークの養子。小隊長)
パインロ(クーロの弓の師であり、クーロの隊の一員)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)
ミケルクスド國(ヴェルト八國の一つ。西の国)
(その他)
小隊(この時代の最も小規模な集団。十人で編成される)
ホース(馬のこと。現存する馬より巨大だと思われる)




