【047 エーレ城奪還戦(八) ~クーロとオフク(前)~】
【047 エーレ城奪還戦(八) ~クーロとオフク(前)~】
〔本編〕
逆に言うと、いくら弓の才能があっても、目を強化させるというこの初歩の魔術が出来ない魔術不能者は、弓兵として、実際の戦場ではほとんど役に立たないことになる。
この魔術自体は、初歩の魔術に分類されるよう大概の者が知識として学び、集中して口で呪を唱えるだけで発動できる。
ただ、それだけでは弓兵にとってはあまり役に立たない魔術であり、それを訓練することで、少し目に力を込めるだけで、即発動できるようにする必要がある。
そして最終的には、月も星も出ていない漆黒の闇の中で、一キロメートル先の物体をはっきりと捉える目に常態化できるようにならないと上位弓兵とは言えないのである。
ちなみにパインロと二人の弟子、ズグラとヒルルはその域に達している。
しかし、クーロと今回の初陣のオフクは、まだそこまでの域ではない。
故に、パインロの伝達に併せ、目に精神を集中させ、その時に目を強化させるのである。
さて、オフクは、クーロと同年齢の現在十六歳である。
クーロが昨年初陣しているので、一年遅れの初陣となるが、弓兵になったのは十歳の時に『弓』を選択した時であるから、弓兵としては六年目になる。
元々、彼は弓の技術全般に優れており、十三の時に地元の弓の大会で優勝し、最年少で、聖王国王城で催される全国大会に出場し、総合十位という好成績をおさめた。
それがきっかけでパインロに見出され、聖王国の軍強化のプロジェクトの一つに関わることになるが、いきなり一年前に、そのプロジェクトの中心人物の一人であるパインロが、そのプロジェクトから離れ、まさかのある一地方領主の息子の小隊に入隊してしまったのであった。
自分の尊敬する師の、その行動に全く理解が出来ないオフクであるが、さらにパインロは直弟子の二人、ズグラとヒルルもその小隊に招集する。
さすがにオフクも、プロジェクトから外れることを決断し、パインロの元に走った。
自分を追いかけてプロジェクトから離れたオフクを、一地方領主の息子であるクーロの小隊に加わることを、クーロ本人からパインロは了承を得た。
クーロも自分と同じ年齢のオフクの入隊を非常に喜んだ。
オフクとしては、師のパインロと兄弟子ともいえるズグラとヒルルと同じ隊に入ることができたわけであるが、正直、パインロの真意は全く理解できず、クーロについては、どこかの田舎領主の息子が、親の威光と、金の力にモノを言わせ、パインロを召し抱えたようにしか思えず、全くクーロを認めていなかった。
実際、クーロはパインロを迎え入れて、急にそれまでの武器であった槍を捨てて(と思っている)、弓に鞍替えした世間知らずの坊やと、オフクは思っていた。
実際、クーロは一年しか弓の修行をしていないので腕が未熟なのは仕方のないことであるが、それにしても並みの者よりも技の習得が遅い。
むろん、タシターン地方の領主の息子であり、小隊の長であるクーロに表面的には敬意を払っているオフクではあったが、内心は大いにクーロのことを馬鹿にしていた。
しかし理解できないのが、師のパインロの真意であり、なかなか弓を習得できないクーロを投げ出すことなく熱心に教えている。
オフクは、一年が経った頃から、パインロの心情すら疑うようになっていた。
弓の腕は天才ではあるが、結局は多額の金に目を奪われ、大事な国家プロジェクトを放棄し、一地方領主のバカ息子のご機嫌をとる道を選んだ守銭奴と、パインロのことを認識するようになっていたのである。
敵騎兵との距離は五十メートルを切った。
クーロとオフクは同時に矢を射た。
「グッ!」
駆けてきた騎兵は一声あげた。
騎兵が声をあげるのと同時に、騎乗していたホースも、一声高くいななき、前のめりに豪快に倒れる。
投げ出された騎兵にパインロが矢を射る。
パインロの矢は、騎兵の兜を貫き、騎兵のこめかみに深く突き刺さる。
「えっ!」
オフクは、パインロのその行為に驚くが、次の瞬間、その理由に気づく。
オフクの騎兵の首筋へ向けて射かけられた矢は、その騎兵の首ではなく、右肩に突き刺さっていたからであった。
「オフク! 今の矢は、少し離すのが遅かった! 次は確実に……」
パインロから指摘されるまでもなく、オフク自身もそれに気づく。
初陣故の緊張であろうか、少し矢を射るのが遅れ、騎兵の首筋に刺さるべき矢が、若干ずれて右肩に当たってしまったのであった。
それに気づいた師のパインロが、騎兵にとどめを刺すために、騎兵のこめかみに向けて、矢を射たのである。
オフクにとっては、初陣での初射ゆえと失敗と感じたが、それでもこのような初歩的な失敗は、生まれて初めてであった。
「気にするな! オフク! これが戦場だ!」
オフクの心情を察して、パインロがすぐに声をかける。
それでもオフクにとってショックだったのは、自分が失敗したこともよりも、あれだけ馬鹿にしていたクーロが、パインロの指示した通り、ホースの前脚の足首を射抜いていたことであった。
矢の射程距離として、五十メートルはそう遠い距離ではない。
一般の弓兵であれば、そのぐらいの距離の目標を正確に射ることはそれほど難しいことではない。
実際、オフクはその倍の距離であっても、目標に命中できるレベルに達している。
それに対して、クーロは弓兵としては一年目であり、さらに一般の者より弓全般において習得が遅い。
その中にあって、師のパインロは、クーロに矢の命中精度のみをあげる修練だけをさせるようにした。
距離にして十メートル先の的の中心を射抜く練習である。
一万回連続という条件はあるものの、児戯に等しい練習である。
むろん、オフクはやったことはないが、絶対に一度の挑戦で達成できるという自負があった。
その練習にクーロは結構、手こずっていた。
一週間が経過しても、一万回連続どころか百回連続すら達成できないのであった。
オフクが、あきれを通り越し、哀れに思えてくるほどであった。
たかだか十メートルの距離なのにである。
そしてさらに一週間後、聖王国のアルエット将軍が戦死し、今回のマデギリーク将軍のエーレ城攻略への遠征が決まった。
つまり、クーロのパインロから与えられた矢の一万回連続命中の練習は、二週間しかすることができなかったのであった。
最初の一週間のクーロの練習結果で呆れてしまったオフクは、それ以降は見ていない。
そんな児戯を見ている時間が無駄と感じ、自分の修練に時間を割いたからであった。
〔参考 用語集〕
(人名)
アルエット(聖王国の将軍。故人)
オフク(クーロと同年齢の弓兵)
クーロ(マデギリークの養子。小隊長)
ズグラ、ヒルル(パインロの直弟子、クーロ隊の一員)
パインロ(クーロの弓の師であり、クーロの隊の一員)
マデギリーク(クーロとツヴァンソの養父。将軍)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)
ミケルクスド國(ヴェルト八國の一つ。西の国)
(地名)
エーレ城(エーレ地方の主城)
タシターン地方(ソルトルムンク聖王国の一地方)
(その他)
小隊(この時代の最も小規模な集団。十人で編成される)
ホース(馬のこと。現存する馬より巨大だと思われる)




