【045 エーレ城奪還戦(六) ~主力小隊の役割Ⅰ~】
【045 エーレ城奪還戦(六) ~主力小隊の役割Ⅰ~】
〔本編〕
しかし、それでも強襲補給軍の運搬部隊が、自分たちのペースでゆっくりと主力部隊の後をついていけばいいわけではなかった。
仮に、ジュスウ将軍が出発前に、運搬部隊にそうして良いという指示を出していれば、まだ良かったのであるが、当然、ジュスウ将軍自体がパニック状態であったため、そのような配慮は皆無であった。
もっとも、ジュスウ将軍に精神的な余裕があったとしても、将軍の性格からそう言った配慮が出来たかどうかは、はなはだ疑問ではあるが……。
いずれにせよ、最速で進軍する主力部隊と、運搬部隊の間の差が開いていくのは至極当然として、それでもその差を最小限にしようと、運搬部隊は必死で駆けた。
夜――それも闇夜で山岳地帯という悪路を、最速で移動する運搬部隊、それも護衛の兵すらいない状態での強行進軍という普通では考えられない状況が、ここで起こってしまったわけである。
むろん、ここに敵がいるとは夢にも思っていないジュスウ将軍の致命的な思考が、その根底にはあるが……。
そのため、ホースの転倒や荷車の車輪が外れるといった事故については、そこの責任者は少しでも早くその対処を済ませ、主力に少しでも早く追いつくことを最優先と考えてしまった。
むしろ事故そのものは無かったことにしたいので、先行しているジュスウ将軍の耳に、事故の話が入ることをまず嫌い、速やかに報告すべき事柄であったにもかかわらず、むしろ意図的な隠ぺいの方向に考えが至ってしまったのであった。
しかしそれが大いなる過ちで、実はホースや荷車の転倒現象が、敵方による夜襲であったと気づくのに、それほどの時間を要しなかった。
事故と考え各々が慌てて事を処理しようと、指示を出し合い、慌ただしく動いたりしているさ中、矢による本格的な攻撃が、クーロ隊によって行われた。
事故に見せかけた事柄から続いて起こったこの攻撃は、事故に見せかけようとした静かな襲撃ではなく、襲撃を仕掛けた兵全員が喚声をあげながらの、連射による弓の攻撃であった。
事故に対する指示や補給部隊の兵たちの声や足音、またホースの嘶きなどで、騒然となっている中にあってなお、聴き間違いようのないはっきりとした敵の喚声と多数の矢が、運搬部隊に向けて降り注ぐ。
実際には、各拠点で十人程度の喚声なのであるが、声の大きさより敵を射殺そういう明確な意図を含んだ喚声であったので、既に場が騒然となっていることも作用し、喚声は十倍近い大多数の声に聞こえてしまったのであった。
それは、パニック状態の精神下に、自分たち味方の声すら、敵の喚声と聞き間違えてしまうという悪循環の下に作り上げられたものであった。
火矢が補給物資に射かけられ、補給物資が一気に燃え上がる。
さらに、ホースの頭部や脚部に矢が突き刺さる。
射かける側がせいぜい十人程度なので、敢えて敵兵を狙わない。
補給物資が燃えたり、ホースが狂奔したりするほうが、はるかに効果的だからであった。
そして、四拠点の同時夜襲の場も、無作為に選ばれたわけでは無かった。
四拠点全てが、自分たちが矢で仕掛けやすく、さらに逃げやすい高台の近くであったということである。
そのため、敵が反撃しようにも、高台のため、すぐに弓兵に近づけず、その間に小隊は、別の場所に移動することが出来る。
さらにその四拠点で、倒れた荷車やホースで塞がれた結果、荷車の大きさのものが、エーレ城方面に向けて移動するルートの全てが塞がれてしまったのであった。
クーロとパインロが、現地調査をした結果、敵の移動を全て封じられると判断して選んだ四拠点だったのである。
さてこの四拠点の奇襲は、クーロ隊の別動隊にあたる四小隊によって仕掛けられたと前述したが、この時、肝心のクーロとパインロがいる主力小隊は、どこにいたのであろうか?
クーロとパインロのいる主力小隊は、他の四つの小隊に指令を出す役割を担う関係から、他の四小隊に各一人ずつメンバーを派遣しているので、人数は今六人であった。
そのうちクーロが小隊を結成する際に誘った伝令で活躍をしたフォル、そしてクーロが初陣の際に配属されたヘルリン小隊で最も腕がたつヤンムールは、今この主力小隊にはいない。
さらに言うとクーロの付き人ヨグルもいない。
この三人は他の一人とともに、四つの別動隊の小隊に主力小隊からの伝令役として派遣されていた。
今、主力小隊に残っている六人のうち、五人が弓兵。
クーロ、パインロ、そしてパインロの直弟子で、パインロがクーロ小隊に入った際に、パインロが直接誘いかけ、クーロ小隊に加わった者もここにいる。
ズグラ、ヒルルという名の二人の弓兵であった。
そして後一人の弓兵が、今回が初陣のオフクと言う少年であった。
彼はクーロと同年代で、今年十六である。
そして最後の一人は槍兵である。
重装備の槍兵で、クーロが敵兵に迫られた際に、クーロを守る盾として主力小隊に残った。
名をスーシャと言った。
この主力小隊は、常に別動隊の四小隊の位置を把握し、パインロの矢によって四小隊へ指示を伝えるという役割を担っていたが、さらにもう一つの役割があった。
それが、今回の夜襲のことを、先行しているジュスウ将軍主力部隊に、可能な限り知られないようにするといったものであった。
夜襲の初動の段階は、敵運搬部隊が夜襲とは認識していないがために、先行しているジュスウ将軍主力部隊に、夜襲された報告を怠っていたが、さすがに敵の夜襲と判明した以上、遅ればせながらジュスウ将軍に向け、夜襲を被ったという伝令を発するべきであり、当然それを敵はした。
さて、この時代の伝令の方法は二種類。物理的なものと魔術的なものがある。
このうち魔術的なものとしては、術者が他の術者に念話を飛ばすものや、術者本人が伝えたい者の元まで瞬間移動するなどがある。
しかしいずれにしても、既に五キロメートルも先行しているジュスウ将軍の主力部隊に、それらの魔術で伝えるには、かなり高位なレベルの術者でなければ不可能であった。
おそらくは最終段階の魔兵たちでなければ出来ないレベルの魔術であろう。
最終段階の魔兵と言えば、各国に数名いるぐらいの希少さであり、少なくとも、今回のジュスウ将軍率いる強襲補給軍の中には一人もいなかった。
そしてこのことは、クーロによる確率上の楽観的な考察などという不確かな事ではなく、マデギリーク将軍がジュスウ将軍の強襲補給軍内に、潜ませていた間者からの報告によるという確実な情報から得た事柄からであった。
〔参考 用語集〕
(人名)
クーロ(マデギリークの養子。小隊長)
ジュスウ(ミケルクスド國の将軍)
ズグラ、ヒルル、オフク、スーシャ(クーロ小隊の隊員)
パインロ(クーロの弓の師であり、クーロの隊の一員)
フォル(クーロ小隊の一員)
ヘルリン(クーロの所属していた小隊の長)
ヤンムール(クーロ小隊の一員)
ヨグル(クーロの付き人。クーロ小隊の一員)
マデギリーク(クーロとツヴァンソの養父。将軍)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)
ミケルクスド國(ヴェルト八國の一つ。西の国)
(地名)
エーレ城(エーレ地方の主城)
(兵種名)
最終段階(兵の習熟度の称号の一つ。一番上のランク。トップランクとも言う)
(その他)
小隊(この時代の最も小規模な集団。十人で編成される)
ホース(馬のこと。現存する馬より巨大だと思われる)




