【044 エーレ城奪還戦(五) ~四点同時夜襲~】
【044 エーレ城奪還戦(五) ~四点同時夜襲~】
〔本編〕
「リアンファ殿。それにつきましては、私の方から説明いたします」
小隊長リアンファの問いに、クーロに代わりパインロが答える。
「伝令には、狼煙や旗、または鳥の足に指令内容を取り付けて放つなどがありますが、今回は私が矢を空に向かって放ち、それで刻一刻と変化する戦況に応じ指令を皆様に伝えます。矢の種類や、高さ、方向などで様々な指令内容を決めてあります。
それを、皆様方と共に移動するクーロ様の小隊の隊員が全て熟知していますので、皆様の小隊にその都度、お伝えいたします。皆様にはその指令内容に従っていただくことになります。そして、伝達の了承につきましては、各小隊長である皆様が、矢を空に放っていただくことでクーロ様と私にお伝えください!」
「分かりました! パインロ様だけしか出来ない伝達手段といったところですな」
質問したリアンファ小隊長が、笑いながら納得した。
「我らからの返答の矢が、クーロ様から確認できるぎりぎりの距離が、直線距離で一キロメートルということですな!」
「その通りであります、ヤキンソシュ小隊長! 従いまして、その距離以上になりそうな場合は、こちらから矢によって前もって伝えますので、くれぐれもそれを見逃さないよう願います」
「そのような迂闊な小隊と小隊長はこの場には選出されてはおりませんので、ご安心ください!」
小隊長の最後の一人、ソキウスの言葉であった。
この後、二時間ほど打ち合わせがあり、この日の午後十時には散会した。
そして、日付が変わって二時間後の四月一〇日の午前二時、コロンフル副官の本隊が動くより先に、クーロを中心としたこの一団は密かに進軍を始めた。
同日午後九時、ミケルクスド國とソルトルムンク聖王国の国境からエーレ城へ向かって急ぐ、ミケルクスド國強襲補給軍。
その軍のうち、補給物資を乗せた荷車を牽く前列の馬の一頭が、突然嘶き、前のめりに倒れる。
その荷車を牽いているホースは左右に二頭の三列、計六頭であった。
その前列の一頭が倒れたのであるから、他の五頭もそれに巻き込まれ、折り重なるように倒れる。
むろん、それを操っている御者、補給物資を運んでいる荷車並びに並走している騎馬兵なども、その転倒事故に巻き込まれた。
折り重なるホースや荷車の下敷きになった兵は圧死し、さらに荷車とその荷車に積まれていた物資が投げ出されたことにより、そこの道が塞がれ、後続のホースと荷車も、二次被害としてそれに巻き込まれた。
夜半であり、山岳の悪路を最速で移動していたのであるから、後続がそれを回避するのは非常に難しく、結果的に玉突きのように五台の荷車が、その事故に巻き込まれてしまった。
……否、それは事故では無かった。
なぜなら、最初に倒れたホースの右前脚の足首の付け根に、一本の矢が刺さっていたのであるから……。
この現象は、ここの一か所ではなかった。
それより、荷車で二十列ほど後ろでも、同じようにホースが倒れ、同様の転倒事故――否、転倒現象が勃発。
さらに、そこと並走しているルートの別の場所でも、そこでは荷車の車輪が急に外れ、荷車が横倒しになる現象が発生。
また別の場所では、御者の一人がいきなり倒れ、続いてその荷車を牽いているホース四頭の頭部に火矢が突き刺さった。
頭部に矢が刺さり、さらにその矢に火がついているのであるから、そのホース達は、当然泡を食って狂奔し始める。
とにかく、四つの地点で同時にそういった現象が起きた。
むろん、荷車の車輪が外れたことも、車軸に矢が刺さり車軸が砕けたためであり、御者が倒れたのも、御者の頭部を矢が射抜いたからである。
疑いようのない、運搬部隊に対する奇襲――それも夜半であるので夜襲である。
ミケルクスド國の補給運搬部隊への夜襲であるから、聖王国側の仕業なのは間違いない。
そして、その四か所の同時夜襲は、マデギリーク軍の別動隊コロンフル軍のうち、別動隊よりさらに先行しているクーロ部隊の仕業であった。
さらに言うと、実際に夜襲を仕掛けたのは、クーロやパインロがいる指令部的な存在の主力小隊ではなく、クーロ小隊の一人が加わっており、別動隊としての役割を担っている四つの小隊であった。
実はこの同時夜襲の一秒前に、赤い一筋の光が縦にまっすぐ、闇夜に忽然と現れる。
それは、パインロが上空目がけて放った火矢であり、それが四つの小隊に夜襲を仕掛けるよう促す合図であったわけであった。
とにかく、四か所で同時に起きた夜襲について、当初、運搬部隊は単純な転倒事故などであると考えてしまった。
荷車が転倒するという大きな現象ではあったが、それでも四か所同時に起こっているとは現場にいる兵には分かるはずがない。
さらに、ホースの転倒や車輪の脱輪だけでは、闇夜の中なので、敵に矢に射抜かれたためということがすぐに分かろうはずもなく、初動において、敵の奇襲という考えには至らなかったのであった。
聖王国兵による喚声が全くなかったことも、判断の誤りを後押しする結果となった。
そのため、実際に兵糧を積んでいる運搬部隊は、先行している主力部隊のジュスウ将軍に、この事故のことをすぐには伝えようとはしなかった。
一つには、ジュスウ将軍の主力部隊が、エーレ城に急行するあまり、かなり前――おそらく距離にして五キロメートル以上先を進んでいたこと。
そしてもう一つが、敵の奇襲とは思っていないため、単純な事故として考えた場合、事故を起こした過失を、後で将軍から糾弾されると考えた運搬部隊の司令官たちによる隠ぺいからであった。
実際には、ジュスウ将軍自身の怠慢で、補給軍が予定の日時より遅れたのが最大の要因ではあるが、ジュスウ将軍がその責を、ミケルクスド國国王を始めとする中央政府から、後々追及されることを恐れ、一転、補給軍を強行軍としたという経緯がある。
ジュスウ将軍の主力部隊は、『強襲補給軍』の名の“妨害する敵を撃退しつつ味方に補給物資を届ける”という性質の軍隊にあって敵の迎撃の役割を担う部隊であるので、当然、移動する速度も普通の軍隊のように速い。
それに対し、補給物資を積んでいる荷車を中心とした運搬部隊は、むろん普通の補給部隊のように、移動速度は普通の軍の半分ぐらいである。
それも、エーレ城までの道のりは、草原などの平野ではなく、高低差がかなりある山岳地帯の悪路である。
ジュスウ将軍が、準備できた部隊から順に、それぞれの進軍速度でエーレ城に急行させたのであるから、当然、主力部隊と運搬部隊では、移動時間に比して差が開いていくのは当然のことであった。
〔参考 用語集〕
(人名)
クーロ(マデギリークの養子。小隊長)
コロンフル(マデギリーク将軍の副官)
ジュスウ(ミケルクスド國の将軍)
パインロ(クーロの弓の師であり、クーロの隊の一員)
バンディレインブ、リアンフル、ヤキンソシュ、ソキウス(クーロ部隊に組みこまれた四人の小隊長)
マデギリーク(クーロとツヴァンソの養父。将軍)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)
ミケルクスド國(ヴェルト八國の一つ。西の国)
(地名)
エーレ城(エーレ地方の主城)
(その他)
小隊(この時代の最も小規模な集団。十人で編成される)
小隊長(小隊は十人規模の隊で、それを率いる隊長)
ホース(馬のこと。現存する馬より巨大だと思われる)




