【040 エーレ城奪還戦(一) ~マデギリーク将軍の戦略~】
【040 エーレ城奪還戦(一) ~マデギリーク将軍の戦略~】
〔本編〕
「今の戦況について、説明してもらえるかな」
マデギリーク将軍が、エーレ城攻略軍の本陣に着任早々に軍議を設け、そこで故アルエット将軍の参謀の一人にそう尋ねた。
エーレ城包囲から百メートル程度西に隔てたところにその本陣はあり、今、そこに小官以上の指揮官が全員集まっていた。
そしてその席に例外として、クーロとツヴァンソの二人の小隊長が同席を許された。
ちなみに、ツヴァンソは初陣後二度の戦いを経て、小隊長に昇格した。
二人は、マデギリーク将軍の養子であり、将軍候補として特別に同席を許されたわけである。
そして、もう一人例外として、クーロ小隊の一員であり、クーロの弓の師匠であるパインロも同席していた。
「はい! 先ずはエーレ城内の敵の状況から……」
マデギリークに問いかけられた故アルエット将軍の参謀の一人が語り始める。
「アルエット将軍による一年に渡るエーレ城の包囲により、今、城内の備蓄兵糧は、城内の兵士数から換算して、今月であります四月いっぱいで底を尽きます。一年間の攻城戦で、敵は千人程度兵数を減らしました。それに対し我が軍は、アルエット将軍の戦死後、七千の兵を失いました。
それでも、城内への兵糧の流入は一度としてさせていないため、一年の籠城戦も後一歩のところまできておりました!」
「うむ、さすがアルエット将軍である。それだけに将軍の死が聖王国にとって非常に惜しい! とにかく、その将軍の意思を無駄にしてはならない!」
マデギリーク将軍が、はっきりとそう言った。
マデギリーク将軍の決意の強さがそこにいる皆に伝わった。
「ただ、昨日にあたります七日に、エーレ城に補給物資を運ぶ一万の軍勢が、ミケルクスド國王城を出発したとの情報が、ミケルクスド國王城に潜ませていた斥候からの早馬により伝えられました。
おそらく明日には、エーレ地方の国境に達し、そこから三日もすれば、エーレ城に到達するでありましょう。軍勢の規模、そして軍容からただの補給部隊ではなく、敵陣を突破して補給物資を届ける強襲補給部隊――、いえ規模から強襲補給軍と呼ぶのが妥当であると思われます」
「どうやら、今回の情報は敵による策略ではなさそうだ。それでは、早ければ四日後の十二日には、エーレ城にその強襲補給軍が到着するということだな! 兵数は、エーレ城に籠っている敵兵も合わせれば一万八千か! それに対し、我が方は二万。
ほぼ兵数としては拮抗している。ただ、兵の質は、敵軍の方がはるかに優れている。正攻法で互角に戦うには、我が方は今の倍の四万は必要だ!」
マデギリーク将軍のこの見解は、決して大袈裟ではないのは、そこにいる全員の共通認識であった。
それほど、ソルトルムンク聖王国とミケルクスド國の兵の質には差があった。
ただ、マデギリーク将軍は現在の聖王国の中で最も優秀な将軍である。
将軍の資質で、その差を埋めることは十分可能であった。
「それで一万規模の強襲補給軍の指揮官は誰だ?! さすがにミケルクスド三将軍のいずれかが任命されたのであろう」
マデギリーク将軍からすれば、今回最も重要な関心事がこれであった。
ミケルクスド國の三将軍、現在のミケルクスド國の大いなる発展に貢献した大将軍にあたる三人の人物のことである。
「いえ、どうやら三将軍のいずれも今回は指揮しないようであります。補給部隊とはいえ、一万規模も動員させた関係で、ここに籠るエンテ将軍の一万弱とも合わせ、ミケルクスド國の兵数の半数程度がこのエーレ地方に集中してしまいます。
手薄になった王城に、他国から侵略されるのを恐れたミケルクスド國王が、三将軍の派遣を認めなかったようであります。こちらが掴んだ情報によると、ジェスウ将軍が指揮しているとのことであります」
「三将軍ではないのか! それは吉報! ミケルクスドの王の臆病さが、明暗を分けた! よしよし。それでは、エーレ城攻略の方針を皆に伝える!」
マデギリーク将軍のこの自信に満ちた声は、その場にいる皆に、既に勝利が確定されたかのような雰囲気を与えた。
末席に控えているクーロも、我が養父マデギリークがソルトルムンク聖王国で最も信頼される将軍であると謂われているのが、この一事でよく分かった。
普段、父親としてクーロやツヴァンソ、または執事のナヴァルと接している、親しみやすく少しおどけた感じのマデギリークとのそのギャップに、クーロは非常に驚いてはいるが……。
さて、マデギリーク将軍のエーレ城攻略の方針とはどのようなものであるか?
戦略レベルでは、アルエット将軍と同様、エーレ城の包囲を続けつつ、四日後にエーレ城に到達するであろう敵強襲補給軍の迎撃に、軍を分けて向かわせるというものであった。
ただ、アルエット将軍の場合、二万の軍勢のうち、四分の三の一万五千でエーレ城を包囲させ、残り四分の一の五千の兵を、アルエット将軍自らが率いて敵補給軍の迎撃に向かわせるという手であった。
つまり、補給軍をアルエット将軍の主力軍が撃退し、結果、エーレ城の兵糧が尽きるのを待つ、いわゆる籠城戦の継続を主目的とするものであった。
一年間、兵糧攻めを続けていたのであるから、あえてここで無理に攻撃を仕掛けて、無用に味方の血を流させる必要がないという点から、戦略として悪くはなかった。
ただ、敵エンテ将軍に、そのアルエット将軍の意図は逆に利用され、偽情報と四隊長の一人フレーネの奇襲に嵌められ、アルエット将軍は命を落としてしまったが……。
マデギリーク将軍の戦略は、軍を二つに分けて、一つはエーレ城、そしてもう一つをこれからやってくる敵補給軍に当てるというその形は、アルエット将軍の時と同じであった。
しかし、二つに分けた軍の役割が異なっていた。
戦略的にいえば、アルエット将軍とまるっきり逆の手であった。
敵強襲補給軍に当てる軍は一万とした。
一見するとアルエット将軍の時の五千より兵数は多いが、それを率いるのは、マデギリーク将軍の副官コロンフルであった。
将軍自らが敵補給軍の迎撃軍を指揮しないことから分かるように、こちらの軍は主力ではなかった。
さらにコロンフルはマデギリーク将軍の副官の一人ではあるが、彼は四人いる副官の末席である第四副官である。
コロンフルの本来の官職は小官であった。
別名、千人将とも言われ、千人規模の軍を率いる長であり、軍規模では一番下位の指揮官であった。
〔参考 用語集〕
(人名)
アルエット(聖王国の将軍。故人)
エンテ(ミケルクスド國の将軍)
クーロ(マデギリークの養子。小隊長)
コロンフル(マデギリーク将軍の副官)
ジュスウ(ミケルクスド國の将軍)
ツヴァンソ(マデギリークの養女。クーロの妹。小隊長)
ナヴァル(マデギリークの執事)
パインロ(クーロの弓の師であり、クーロの隊の一員)
フレーネ(四隊長の一人。上位弓兵)
マデギリーク(クーロとツヴァンソの養父。将軍)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)
ミケルクスド國(ヴェルト八國の一つ。西の国)
(地名)
エーレ城(エーレ地方の主城)
エーレ地方(ソルトルムンク聖王国の一地方)
(その他)
三将軍(ミケルクスド國で最も優れた三人の大将軍のこと)
四隊長(エンテ将軍の配下の四人。死隊長とも呼ばれている)
小官(指揮官の位の一つである官の第三位。千人規模を指揮する。大隊長より上位)
小隊長(小隊は十人規模の隊で、それを率いる隊長)
副官(将軍位の次席。率いる軍規模は特に決まってはいない)




