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【004 兄妹】


【004 兄妹】



〔本編〕

 時は龍王暦一九七年。クーロがヴォルフの刑からマデギリークによって救われ、彼の養子となってから二年の月日が流れた。

 今年、十二になったクーロは、背丈も二年前より十センチメートル伸び、身長は一六五センチメートルとなっていた。

 マデギリークの養子になることを同意したクーロは、奴隷でない一般のヴェルトの民のように一つの武器を選び、その修行に明け暮れる毎日が始まった。

 クーロが選択した武器はランス。選択する四種の武器のうち、最も選ぶ者が多いオーソドックスな武器であり、クーロもそれを選択した。

 クーロからすれば、特に四種の武器どれかに思い入れがあるわけでなく、マデギリークもクーロの才能を見出すきっかけとなったランスを薦めるので、それに同調したのが本当のところであった。

 実際に槍兵ランスポーンとなり、マデギリークのつけた槍の師範の元で修行をする中、槍の技量は上がってはいったが、特に際立った成長ぶりではないのも事実であった。

 クーロは、槍も槍の修行も別に苦手とも辛いとも思っていなかったので、そのまま黙々と修行を続けた。

 正直、マデギリークがクーロを養子とするきっかけとなった槍の才能が、自分にあるかどうかは今のところ全く不明であるし、周囲が受ける印象も同じであった。

 実際に二年近くクーロに槍の修行をつけている師匠は、マデギリークにこう伝えている。

「旦那様! クーロ様の槍を修行される姿勢、人一倍でまことに熱心なものでございます。しかしながら、クーロ様の槍の技量は、並みの者とそう大差ないようにお見受けいたします

 ……むしろ、言いにくいことではございますが、旦那様に黙っているのは、わたくしを雇っておられます旦那様に対し、不誠実にあたると思いますので、忌憚きたんなく申し上げますが、クーロ様は一つの技を習得するのに非常にお時間がかかられます。

 はっきりと申し上げれば、私の他の生徒の二倍ぐらいの時間がかかっております。才能のある生徒と比べると、おそらくは三倍ぐらいかと……。今年で槍の修行を始めて二年の歳月が経ちましたが、正直、クーロ様の現在の槍の技量は、他の生徒では一年で習得してしまうレベルのものであります。私の目から見る限り、クーロ様に槍の才能があるとはどうしても思えません」

「そうかぁ~ 二年前のヴォルフを貫いたクーロの一撃は、単なるマグレだったのかのう~」

「申し訳ございません! もしかしたら、わたくしがクーロ様の才能を開花させることができない無能者なのかもしれません!」

「いやいや、ご謙遜を……。先生はわしの目にかなった槍の師範なのであるから、無用な卑下ひげは、わしに対して失礼である! ハッハッハッ!」

 マデギリークは、そういうと大声で笑った。

 そしてクーロについても、槍の才能が無かったからといって、それで気を落とすような繊細な性格はマデギリークには、皆無であった。


「……しかしながら、ツヴァンソ様の剣技は、実に見事なものでございます!」

 マデギリークのそばで控えていた一人が、マデギリークに追従するようこう語りかけた。

 今、この場でマデギリークの子供たち――クーロもツヴァンソも血は繋がっていない養子ではあるが――、その二人による試合を、マデギリークとツヴァンソの師匠、並びに何人かの野次馬も加わり、二十人ぐらいがそこに集い観戦していた。

 ツヴァンソは、クーロが二年前にマデギリークの養子になるさらに一年前に、マデギリークの養女になった少女で、クーロより二つ年下で十歳である。

 クーロと出会った二年前に、八歳で既にクーロと同じ百五十五センチメートルの身長であったが、二年後には、クーロの身長を抜き、百七十センチメートルになっていた。

 体重に至っては、クーロが痩せっぽちであるせいもあるが、そのクーロより十キログラム以上は余分にあった。

 むろん、それは公然の秘密であり、ツヴァンソの正確な体重を知った者は、全てツヴァンソの剣のさびと化すという冗談にしては信ぴょう性のある噂が、タシターン地方に広まっているようであった。


 ツヴァンソは、黒くて絹のように繊細な髪の上、色白の肌とあおい大きな瞳が目立つ顔立ちの整った少女である。

 まだ、十歳なので幼さの残る顔立ちではあるが、それでも既に同世代の女性より大人びた容姿に、彼女の噂は既に隣の地方にまで聞こえており、領主マデギリークの養女ということもあり、多くの者がわざわざ彼女を見るためだけにタシターン地方を訪れるぐらいであった。

 そして、中には一目見て、すぐに求婚の話をマデギリークの元に持ってくる者もいた。

 マデギリークは、当然それらの求婚話は全て断っているが、彼女と知り合いになろうと話しかける男たちは引きもきらなかった。

 そのような状況なので、ツヴァンソにいきなり手を出そうという不心得者が現れても不思議ではないが、それは皆無であった。

 領主の養女であるということも若干はそれに関係するが、それよりツヴァンソ自身が、十歳にして既に剣の達人の域に達していたからである。

 さらに剣の技量にのみならず、純粋な腕力というべき膂力りょりょくも、既に常人の域を超えていた。

 同世代という域ではなく、一般の成人男性という域の常人をである。

 クーロは、二年前にこのツヴァンソと、同じマデギリークの養子という関係から知り合いになった。

 マデギリークの養子であるため、二人が一緒にいる時間は長く、ツヴァンソはクーロのことを『クーロにい』と親し気に呼ぶ。

 しかし、ツヴァンソからすれば、クーロの方が年上だから、名前に『にい』とつけて呼んでいる程度の認識であり、むしろ同世代か、あるいは年下に接する感覚でいた。

 クーロからしても、あまりそのようなことに頓着とんちゃくするタイプではないので、二人は周りから、仲の良い幼馴染のように見えた。

 しかし、クーロは、ツヴァンソに会ったその瞬間に好きになっていた。

 最初は、クーロがヴォルフの刑にかけられる原因となった奴隷少女キャナリに、雰囲気が似ているように感じたせいかと思ったが、どこか影があったキャナリと正反対の闊達かったつな性格のツヴァンソでは、似ても似つかないことに、クーロも数日で気づいていた。

 つまり、キャナリに似ている云々うんぬんは、単なる好きになった後付けの理由のようなものであり、要はクーロのツヴァンソへの一目ぼれ以外のなにものでもなかった。

 むろんクーロは、そのようなツヴァンソへの想いは、胸の奥深くにしまいこみ、おくびにも出さない。

ツヴァンソが、クーロのことをどう想っているかは、彼女の気持ちであるから、むろんクーロにうかがい知ることができるものではないが、闊達かったつで開けっ広げな性格のツヴァンソが、クーロのように自分の想いを内に秘めているとは考えにくい。

 そこから判断すると、ツヴァンソにとって、クーロは気を使わない兄弟、それも弟として認識していると考えて、ほぼ間違いないであろう。

 実際にツヴァンソは、しばしばクーロに、『私の方が先に養子になったのだから、年齢が上だからって兄貴面はしないでよね!』なんてセリフを、二人で喧嘩をしている時などには、言い放ったりする。

 それでも、一年早くツヴァンソが養子になっていなくても、ツヴァンソは、同じような意味合いの“兄貴面しないでよね!”的なことをクーロに向かって言い放つであろうと、クーロは確信していた。




〔参考 用語集〕

(人名)

 キャナリ(デスピアダトの奴隷少女)

 クーロ(マデギリークの養子)

 ツヴァンソ(マデギリークの養女。クーロの妹)

 マデギリーク(タシターン地方の領主)


(地名)

 タシターン地方(ソルトルムンク聖王国の一地方)


(兵種名)

 ランスポーン(第一段階の槍兵)


(その他)

 ヴォルフ(この時代の獣の一種。現在の狼に近い種)

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