【039 和解】
【039 和解】
〔本編〕
「クーロ兄さん!」
マデギリークの部屋から退出後、ツヴァンソがすぐにクーロに声をかけた。
「ツヴァンソ! 久しぶりだな。いつ、ここに戻ったのだ!」
「はい、一週間ほど前です。兄さんはお変わりありませんか?」
「うん。元気ではいるが、相変わらず弓の上達が遅くて、自分でも参るよ!」
「フフッ! 相変わらず兄さんらしいですね。でも、知っていますよ! クーロ兄さんは、何事も初めは皆より遅いですが、ひととおり基本を習得した段階から、常人には及ばない速さで上達していくとか……。それも限界の無い域で……」
「えっ! そんな話、誰から?!」
「私の剣の先生や、兄さんが槍を修練されていた時の槍の先生などから……。今でも、年に一回は槍を学んでいらっしゃるとか。それも年に一回の修練でありながら、全く槍の腕が衰えておらず、そのたった一日の修練で人の数倍を習得なさっていらっしゃるとか……。久々に兄さんと試合をしてみたいです!」
「いやいや、既にお前の剣の腕は、達人の域に達していると聞いている。もう、僕なんか一瞬で負けてしまうよ!」
「そうやって油断させるのが、兄さんの常套手段ですね。私が油断すれば、負けるのは私です!」
ツヴァンソは、そう言うとニッコリと笑った。
続いてツヴァンソの顔が、申し訳なさそうな表情に変化する。
「兄さん。いまさらですが、ごめんなさい!」
「……?」
ツヴァンソが急にクーロに謝ったので、クーロは驚く。
「一年以上前のことですが、兄さんが小隊長に昇格した時、私、すごく酷いことを言ってしまって……。あの時の私は子供でした。……いえ、今でも子供ですが、あの時は何も知らない赤子のようなものでした。
自分が初陣で何人も敵を倒したのに小隊長になれず、クーロ兄さんが一人の敵も直接倒していないのに、小隊長に昇格され、何が何だかさっぱり分からず、……本当のことを言えば心の奥底では理解していながら、それを無理やり否定し続け、無茶苦茶言ってしまって……。
本当にごめんなさい。あれから父さんやムロイから、兄さんの活躍を具体的に教えてもらい、それでも感情の上では納得できず、やっと今になって謝ることができます。今、思えば、それまで将軍候補として相手にもしていなかったクーロ兄さんに先に小隊長に昇格されたという屈辱以外の何物でもありませんでした。本当にごめんなさい!」
「僕の方こそ……」
義妹ツヴァンソの一年越しの突然の謝罪に、戸惑いながらクーロも口を開く。
「あれから、お前のことを避けるようになってしまった。僕こそ子供だった! でも、確かにあの時までのお前は、僕のことを全く認めていなかったのは確かだ! それはお前の言動の全てから一目瞭然ではあったが……」
「それもごめんなさい! ……でも今は、クーロ兄さんは私の目標の一つであり、同じ将軍、いえ大将軍を目指すライバルとも思っております。共に切磋琢磨していきましょう!」
「こちらこそよろしく頼む。……でも、僕がツヴァンソの目標の一つとは驚いた。お互いに頑張ろう!」
「はい、兄さん! ……でも、兄さんは目標ではありますが、すぐに抜ける目の前の目標でありますので、そこはご安心を……」
「……やっぱり、ツヴァンソはツヴァンソだ! 何も変わっていないや!!」
クーロがそう言うと、ツヴァンソとクーロは共に声をあげて笑った。
初陣までのクーロとツヴァンソは、毎日のように顔を合わせ、遠慮なく何でも話せる仲のいい兄妹であった。
しかし、初陣後の論功行賞の件で、ツヴァンソがクーロを激しく罵ったことから、二人の間はぎくしゃくとなり、この一年間で十回ぐらいしか会っていなかった。
それも、少し挨拶する程度……。
実際にクーロは小隊長となり、将軍への第一歩を踏み出し、以前のようにツヴァンソと一緒にいることが出来なくなっていたのは事実ではあった。
それでも、少し工夫をすれば、もっと会えたはずであるが、クーロは躊躇し、そのことから避けてきた。
とにかく、今日、ツヴァンソから一年前の件を素直に謝ってきたことにより、クーロとツヴァンソは以前の関係に戻った。
……いや、以前よりお互いを尊重できるより良い間柄になったと、クーロは感じた。
ツヴァンソも、この一年で人間的にも成長し、さらに今年十四歳のツヴァンソは、人格的成長に、少女の幼さも抜け、ますます綺麗になっていた。
クーロは、もうツヴァンソの大きな瞳を真っすぐ見て、話すことができないかもしれない。
クーロのツヴァンソへの淡い想いは、ますます強くなっていった。
龍王暦二〇一年四月八日。
マデギリーク将軍率いる一万の軍勢は、敵将エンテが籠るエーレ城付近に到着する。
故アルエット将軍の副官が、一万三千の軍勢でエーレ城を包囲していたが、アルエット将軍が戦死した同月一日からわずか七日間に、二万の軍勢は一万三千にまで減らされていた。
七日間に二度、エンテ将軍自らが率いた軍が、包囲している聖王国へ攻撃を仕掛け、さらに城外で遊撃部隊として暗躍する四(死)隊長の一人フレーネが奇襲を仕掛ける。
エンテ将軍の強行突破的な包囲軍への攻撃は、結局、包囲を破るところまではいかず、未だエンテ将軍はエーレ城から脱出することは出来ていないが、それでも二度の攻撃で、五千の聖王国兵が死傷している。
そして、遊撃隊フレーネの奇襲により、アルエット将軍が戦死した際に軍を任された当時の副官は矢で射殺され、参謀や千人規模をあずかる小官クラスの指揮官の半数近くも同様に射殺された。
今、エーレ城攻城軍を指揮している副官は、その後任にあたる者であった。
そして、その副官もフレーネの奇襲の受け、腕に矢傷を被っている。
幸い、命に別条はないが、既に攻城軍を指揮するのは困難な状況にまで追い詰められていた。
エーレ城に辿り着いたマデギリーク将軍は、故アルエット将軍の残った兵一万三千のうち、三千の負傷者を、矢傷を受けた副官と共に、攻城軍からはずし、王都に帰還させる。
そして、残り一万の兵を自軍に編入し、二万の軍で改めてエーレ城を包囲したのであった。
昨年のマリーチィ町はずれの荒れ地での戦い以来、再びソルトルムンク聖王国のマデギリーク将軍とミケルクスド國のエンテ将軍が相まみえることとなった。
〔参考 用語集〕
(人名)
アルエット(聖王国の将軍)
エンテ(ミケルクスド國の将軍)
クーロ(マデギリークの養子。小隊長)
ツヴァンソ(マデギリークの養女。クーロの妹)
フレーネ(四隊長の一人。上位弓兵)
マデギリーク(クーロとツヴァンソの養父。将軍)
ムロイ(ツヴァンソの付き人)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)
ミケルクスド國(ヴェルト八國の一つ。西の国)
(地名)
エーレ城(エーレ地方の主城)
マリーチィ(エーレ地方の町の一つ)
(その他)
四隊長(エンテ将軍の配下の四人。死隊長とも呼ばれている)
小官(指揮官の位の一つである官の第三位。千人規模を指揮する。大隊長より上位)
小隊長(小隊は十人規模の隊で、それを率いる隊長)
副官(将軍位の次席)




