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【037 特殊修練】


【037 特殊修練】



〔本編〕

 クーロの師匠パインロは、クーロがなかなか弓の技術を習得できなくても、それについて、なんら問題にしていなかった。

 しかし、当のクーロが、自分の稀有けうな能力に全く気づいていない。

 弓の修行を始めて一年が経過したある日、クーロはパインロに、その悩みを打ち明ける。

「先生! 僕は一年も先生の元で修行をしているのに、全くそれが身についておりません!」

「クーロ様。そんなことはございません。私が見る限り、クーロ様は一日一日着実に成長なされております。ただ、クーロ様は弓に限らず、物事への理解度が非常に深いのです。そのため、その理解したこととのギャップに、ご自身で悩まれているのです。それだけです!」

「……」

「どうぞご安心ください! ある日突然、クーロ様の理解しているレベルにご自身の技量が到達いたします。クーロ様は、そういった傾向の方なのです!」

「……そう言われましても、弓の強度、命中度、矢の速度や飛距離、そして連射技術と連射速度、どれ一つとっても、昨年ボウポーンになったばかりの十歳の子にすら及ばない! 彼らは、畑を耕すかたわら、一日ほんの一時間ぐらい弓の修練をするだけなのに、そんな彼らに及ばない。パインロ先生! 僕に才能がないのであれば、はっきりとそうおっしゃって下さい!」

 時々、愚痴はこぼしているクーロであったが、今回は少し深刻なようであった。

 パインロからすれば、それらの要素は修練さえ欠かさなければ、一時いちどきに一流の域に達するものであると思っている。

 強弓を引くのを極めた後に、矢の速度が上がるのではなく、強い弓が引け、破壊力のある矢を射ることができるようになったその時点には、矢の速度も大概の者の目には留まらない速度となっているわけである。

 当然、矢の飛距離も格段に伸びているといった具合に、いくつかの事柄が一時いちどきに、そのレベルに達するのである。

 むろん、クーロもその道理は当然理解しているが、それでも自分の技量などの習得の遅さから、せめてどれか一つのことだけでも、並みの者と同じになっていたいと考えるようになってしまったようである。

「そうですね……」

 パインロはここで一つの提案をクーロに持ちかけた。

 天才のパインロが、天才になるであろうクーロだからこそ、持ちかけた提案であった。

「それではクーロ様。矢の命中精度のみを念頭において、これから修練していきましょう!」

「矢の命中精度のみですか?!」

 これには、悩みを打ち明けたクーロも、そのことを忘れて聞き返してしまうぐらいであった。

「今後クーロ様は、矢を射ることによって、それで各軍に指令を伝えるということもお考えかとは思いますが、先ずは、自分に向かってくる敵を確実に射抜くということを完璧にいたしましょう」

「それで、どのような修練をするのですか?」

「まずは、自分の目の前の的の中心に、矢を当てるところから始めましょう! 的までの距離は十メートルで……」

「十メートルですか?!」

「遠いですか?」

「いえ! 逆に近過ぎませんか?」

 クーロの驚きはもっともであった。

 一般的に矢の有効射程距離は四十メートルから五十メートル。

 この時代のヴェルトの民は、今の人間より体力的に優れているはずなので、さらに五割増しぐらいの距離は射ることが出来るはずであった。

 ちなみに、天才のパインロはさらにその倍の距離を射ることができる。

 そのような中での十メートルは、明らかに距離が短すぎる。

 初めて弓を手にする者が、矢を射る時の距離であった。

「先生! さすがにそれは修練には……」

「そうでしょうか? それでは、クーロ様は十メートルの距離から、一本も外すことなく矢を的の中心に命中させることが出来ますか?」

「一本も外すことなく! それは……」

「その修練をいたします。矢は強くなくても、速くなくても構いません。的の中心を射抜かなくても当てるだけで構いません。連続で射る必要もありません。確実に当たる確信が持てなければ、一時間でも二時間でも射る必要はございません。なぜならこの修練、矢を的の中心に一万回連続で当てていただく修練なのです。一度でも的の中心に当たらなければ、また一回目からやり直しとします!」

 クーロは、この修練の難しさにその時初めて気づいた。

 いくら十メートルの距離とはいえ、一万回連続で的の中心に矢を当てよとは……。

「これで矢の命中精度は格段に上がります。そうすれば、次に戦場に出た時には、クーロ様を狙って向かってくる敵を十メートルの距離であれば、確実に倒せるようになっております。先ずはクーロ様、他の要素は全て忘れて、この修練のみをひたすら行ってください!」


 パインロがクーロに矢の命中精度だけに特化した修練を始めさせて二週間ほど経った、龍王暦二〇一年四月二十日。

 クーロとツヴァンソは、養父マデギリークに呼び出された。

「クーロ! ツヴァンソ! わしに聖王陛下から直々に出撃の命が下った! お前たちにも参戦してもらう。進軍先はエーレ城だ。昨年、追い落としたミケルクスド國のエンテ将軍籠るエーレ城を攻める!」

「エーレ城の攻略を父上が? 今、エーレ城攻略の司令官はアルエット将軍では……」

「……そのアルエット将軍は、三日前に戦死なされた!」

 クーロの問いに、マデギリークはこの衝撃的な事実を告げる。


「アルエット将軍が戦死?! それはいかなるわけで……?」

 城を包囲している攻城軍の司令官が戦死するというのは、あまり起こり得ない現象である。

 クーロの質問はもっともであった。

「順序立てて、説明しよう。ナヴァル! 頼むぞ!」

 自分で説明するのかと思いつつ、マデギリークは執事のナヴァルに説明の任を負わせた。

「旦那様……」

 ナヴァルはやれやれといった顔をマデギリークに向けたが、それでもクーロとツヴァンソにアルエット将軍の死をかいつまんで説明した。

「昨年のマリーティの町はずれの荒れ地での戦いにより、ミケルクスド國のエンテ将軍は、全軍をエーレ城に退却させ、城に籠りました。それに対し我が國は、中央から派遣されたアルエット将軍が指揮官となり、城を囲みました」

「うん。そこまでは承知している」

 クーロの相槌。

「アルエット将軍は、二万の軍勢でエーレ城を攻めましたが、エーレ城にも九千五百のミケルクスド國兵が籠っており、守っている将もミケルクスド國三将軍に次ぐ名将――エンテ将軍であったため、それほど堅牢ではないエーレ城であっても、その攻略はなかなか進まない状況でありました。それでも……」

 ナヴァルが続ける。

「アルエット将軍による完全包囲により、周辺からの援助が全く絶たれたエーレ城は、一年の籠城で、兵糧が後一月ひとつきで尽きるという状態にまでに追い詰められました。これは、エーレ城内に潜ませている聖王国兵からの情報で知り得たものであります」




〔参考 用語集〕

(人名)

 アルエット(聖王国の将軍)

 エンテ(ミケルクスド國の将軍)

 クーロ(マデギリークの養子。小隊長)

 聖王陛下(時の聖王ジュラーグレースのこと)

 ツヴァンソ(マデギリークの養女。クーロの妹)

 ナヴァル(マデギリークの執事)

 パインロ(クーロの弓の師であり、クーロの隊の一員)

 マデギリーク(クーロとツヴァンソの養父。将軍)


(国名)

 ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)

 ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)

 ミケルクスド國(ヴェルト八國の一つ。西の国)


(地名)

 エーレ城(エーレ地方の主城)

 マリーティ(エーレ地方の町の一つ)


(兵種名)

 ボウポーン(第一段階の弓兵)

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