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【036 クーロの才】


【036 クーロの才】



〔本編〕

 龍王暦二〇一年四月。クーロがパインロを自分の小隊に迎えて一年が過ぎた。

 クーロは槍兵ランスポーンから、弓兵ボウポーンへの異例の兵種変更クラスチェンジを行い、パインロを師と仰ぎ、弓の修行にいそしむ日々であった。

 槍の修行の時と同様、弓においても、クーロの技術習得は並みの者の二倍以上の時間を要していたが、パインロはそれについて一切気にしてなかった。

 事前に、クーロの養父であるマデギリーク将軍から、クーロの事情を聴かされていたのもある。

 しかし、一般人の目には習得に時間がかかり過ぎていると映るのかもしれないことでも、パインロはむしろクーロに弓を教えながら、クーロの弓に対する理解の深さに純粋に驚いていた。

 パインロが、クーロに一年間、弓を教え感じたことは、クーロの天賦の才はむしろ『弓』にこそあるのではないかと思うぐらいであった。

 とにかく、クーロは質問が多く、そしてその質問が細かく、かつ鋭い。

「パインロ先生! 弓を引き絞るに当たり、どこの指にどのくらいの力を入れるのがよろしいですか?」

「パインロ先生! 弓の長さと、矢の飛ぶ距離とにはどういった因果関係があるのですか?」

「先生! 矢羽の大きさや位置はどれがよろしいでしょうか?」等々……。


 これらの問いは、並みの師であったとしたら答えに窮し、また問いの内容自体は追々おいおい修行の中において感覚で覚えていくもので、まだその道に未熟な者が仮に知ったところで、何の役にも立たないことばかりであった。

 端的に言えば、『十年早い!』又は『まずは、覚えるより慣れろ!』と師から怒鳴られても仕方ないようなものばかりであった。

 しかし同じ師でも、パインロは違った。

 クーロの細かすぎる質問一つ一つに丁寧かつ理論的に答え、またパインロ自身が実際に身を持ってそれをクーロの前で体現する。

 それは、クーロがパインロの実質的な上役である小隊長だからではなく、実は、パインロ自身が弓を学ぶに際して、クーロと全く同じだったからである。

 パインロは昔、五人の者の師事を受けたが、どの師匠からも呆れられ、あげくは破門されてしまった。

 わずか二年で、他からの師事を受けるのを諦めたパインロは、独学で弓を習得した。

 幸いにもパインロは、弓の理論を瞬時に実践に反映できる才能があったため、わずか二年の五人の師からの教えで、後は独学で十分であった。

 おそらくは、パインロを教えた五人の師も、自分が伝えた理論や技術をその場で即、実践に現わせるパインロに驚き、最初は、それは師にとって大いなる喜びだったのかも知れないが、やがてそれは嫉妬と師としての立場の危惧へと心情が変化したのであろう。

 そしていずれの師も、パインロの質問に答えられなくなった自分への劣等感と、師として自尊心を保つために、パインロを破門したと思われる。

 今のパインロの才能からかんがみて、それが真相で間違いないであろう。


 しかし、クーロの場合、自分が並みの者より劣るという劣等感が常につきまとっていた。

 なぜなら、昔のパインロと違い、理論理屈は理解できても、それを実行に移すことは出来ないからである。

“自分は頭でっかちで、本当はそれを実践にうつせるような才能は何も持ってないのでは?”

 これが、クーロの頭から離れない呪いのようなものであった。

 その点については、パインロも、自分のような弓の才能はクーロにはないと感じていた。

 しかし、パインロは、クーロの中に自分とは異質の別の才能を、敏感に感じ取っていた。

 弓の知識や理論について深く知ることが出来るが故、それを実践するに当たって、理論と実践の間に大きな差が生まれ、クーロ自身がそれを敏感に感じ取っている。

 それだけであれば、クーロは非常に不幸であると言わざるを得ない。

 天才とは何かを知りながら、そこに絶対に到達できないタイプの人間だからである。

 しかし、クーロは違った。

 時間はかかるものの着実にそれを自分のものとして習得していく。

 それも一旦習得したら、そこから下に落ちることはない。

 そのモノに関する理解度が深い故であるからではあるが、それでも理屈と感覚の両面で捉えているため、仮にその技や術に対する修練をしばらく怠ったとしても、ほんの二、三回程度の実践で、習得した域にまで戻ることが出来るのであった。

 そして、その習得度は着実に精度を上げていき、パインロの見立てでは、その習得度に限界がないように見受けられた。

 つまりは、天才だけが辿り着けるレベルにまで昇り詰めることができる。

 そして弓の技量でいえば、何年後か何十年後かは不明ではあるが、必ずパインロの弓の技量と並び、さらにクーロはパインロを超えるであろう。

 弓の天才のパインロだからこそ感じとれる感覚であった。

 そして、それをパインロは、師匠として純粋に喜べる。

 パインロの人としての器の大きさに起因するものであるが、さらに言えば、パインロが本物の天才だからであり、努力だけでは絶対に辿り着けない境地があることを知っているからであった。

 そして、パインロがクーロに対してさらに驚いているのが、何もその才能が『弓』だけに限らないという点であった。


 例えば槍術。

 クーロは弓兵に兵種変更クラスチェンジしたのであるから、槍術についての修練は全く行わなくなった。

 それは当然である。

 パインロから学び修練する弓だけで、一日の十時間は費やしているからである。

 それも一日として欠かさず……。

 そのような状況で、槍術について修練する時間など数分とないのは当然のことである。

 それでもパインロは、マデギリークからの要望を受け入れ、年に一日だけ、クーロに槍の修練をすることを許した。

 その一日だけ、クーロの元の師匠であった槍の先生の指導を受けるのである。

 これについては、クーロの方が、弓の修練が一日出来なくなるということで逆に難色を示したが、パインロはマデギリークからのたっての頼みなので、むしろ強制的に行わせた。

 そして、パインロもその指導現場に立ち合ったが、そこでパインロが目にしたものは、全く一年修練していなかった槍の技量を、ほんの数分で全て思い出し、わずかその一日で、常人の十倍ほどの速さでさらなる技を習得してしまうクーロの姿であった。

 パインロは槍に関しては、当然素人ではあるが、弓という一つのことを極めた立場の者には、その奇異な現象が理解できてしまう。

 当然ながら、槍の先生からすれば、驚きを禁じ得ない。

 槍の指導中、何度何度もクーロに、本当にこの一年間全く槍の修練をしてなかったかを尋ねる。

「すみません! 先生! 修練どころか、この一年、一度も槍を握っておりません」

 クーロが申し訳なさそうに答えるのに、むしろ槍の先生の方が唖然あぜんとしているのであった。

 クーロのその言葉をそのまま信じられない槍の先生は、槍の修練後、パインロにも同じ質問を投げかける。

「はい! クーロ様のおっしゃっていることに何一つ間違いはございません!」

 小隊のメンバーとして、クーロと寝食しんしょくを共にしているパインロにとって、それはいつわらざる事実であった。




〔参考 用語集〕

(人名)

 クーロ(マデギリークの養子。小隊長)

 パインロ(クーロの弓の師であり、クーロの隊の一員)

 マデギリーク(クーロとツヴァンソの養父。将軍)


(兵種名)

 ランスポーン(第一段階の槍兵)

 ボウポーン(第一段階の弓兵)


(その他)

 小隊(この時代の最も小規模な集団。十人で編成される)

 小隊長(小隊は十人規模の隊で、それを率いる隊長)

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