【035 クーロ小隊編成(後) ~弓の将軍~】
【035 クーロ小隊編成(後) ~弓の将軍~】
〔本編〕
「パインロ殿を私の小隊にお招きしたいのは、私自身がパインロ殿から弓を教わりたいからでございます!」
クーロがパインロにそう伝える。
「弓を覚えたい?」
パインロが首を傾げる。
「確か、クーロ様の兵種は槍兵のはず。弓は、槍の修行の片手間で覚えられるほど簡単なものではございませんが……」
これは、弓の名手であるパインロの立場からすれば尤もな答えであった。
「はい! 私は、槍兵から弓兵への兵種変更を考えております!」
「……」
これにはパインロも次の言葉がすぐには出てこなかった。
十歳で武器を一つ選びポーンになるという慣習のヴェルト民からすれば、途中で武器を変更するということは異例中の異例であった。
例外として、腕を負傷し、槍などを持てなくなった者が、それよりは軽い手弓や、魔法の杖に武器を変更するということはある。
また、能力が非常に優れており、槍を極めたので、併せて剣も修行し始めるなどの天才はまれにいる。
しかし、そういう特別な事情でなく、武器を変更する兵種変更は、そう前例のあることではない。
むしろ前代未聞かもしれない。
「クーロ様は今回が初陣であると、私はお聞きいたしております。一度の戦いで、武器を槍から弓へ変更されるのは、どういった事情でございましょうか?」
「はい! 私は今回のパインロ殿の弓の腕を拝見し、素直に感動いたしました。我々が包囲はしたものの倒す術がなかった強敵を、あんなにもあっさりと倒され……」
「しかし、それは弓兵であれば、誰でも出来るというわけではございません。今回のような強敵であれば、流れ矢も当然警戒いたしますので、少なくとも第一段階や第二段階の弓兵の矢では、全く通じないでしょう。少なくとも第三段階以上の弓兵でなければ、それも何らかの相手の隙をつく形でないと……」
「やはりパインロ殿は、高位弓兵でございましたか。今のパインロ殿の口ぶりでは、おそらく最終段階の竜弓兵か飛竜弓兵ではないかと……。第三段階以上とおっしゃいましたが、そこは謙虚さが混じっているように思われましたので、おそらくパインロ殿は最終段階の弓兵で間違いないかと……」
「……クーロ様は鋭い! 確かに私はドラゴンスナイパーであります!」
「それでは確かに、小隊の一員などにお誘いするのは大変失礼な申し出でありました。お許しください。……しかし、私は弓の可能性をあの瞬間、雷に打たれたかのような衝撃と共に知りました! どんなに腕に覚えがある強敵であっても、その隙さえつけば人である以上、倒すことが可能だということ。それも、その強敵の手の届かない長距離からの攻撃で……。自分も、マデギリークの子として、父の期待に沿うべく、将軍を目指しております。そして、弓の将軍を目指すことを決意いたしました!」
「二百年になるヴェルトの歴史で、弓兵で将軍は一人もおりません! クーロ様はそれを目指すということですか?」
「はい! 将軍の首を狙おうと本陣を目指す敵を、本陣に近づく前に倒せます。まさか、本陣に到達する前に、自分が狙っている将から矢の攻撃を受けるとは普通は考えません。この予想外の攻撃こそ、敵からすれば一種の隙といえましょう。
また、矢を空に向けて射ることにより、味方に将からの指令を出すことも可能ではないかと……。狼煙や旗ほど遠距離には指令は出せないかもしれませんが、逆に狼煙や旗より容易く指令を出せるのではないかと……。
矢の数や色、あるいは特殊な音を出せる細工を矢に施すことで、いろいろなパターンの指令を、広範囲に一瞬に出せるかと……。あくまでも頭の中の想像の域の話ではありますが……」
パインロは、クーロの話に熱心に耳を傾ける。
最初は無表情だったパインロの眼差しが次第に優しくなり、口元も少し緩んで笑顔になっていた。
「クーロ様は、なかなか面白い発想をなされます。敵を倒すのみならず、矢を将からの指令に用いようとは……」
「はい! 正直申しまして、私は父の要望とはいえ将軍を目指すということについてそれほどの思い入れがなく、またそれほどの器も能力もないと思っておりました。しかし、父マデギリークより、我が國の今の悲惨な現状を聞かされ、それを覆そうとしておられる聖王陛下の国策を知り、この國のために将軍を目指すという気持ちが、今はしっかりと定まりました。
うまくは表現できませんが、少しでもそれに向かって全力で取り組もうと……。そういった事情からパインロ殿を小隊にお誘いしたいと思っております。否! 形は小隊の一員ではありますが、あくまでもパインロ様を私の弓の先生としてお招きいたしたいと……」
パインロはクーロのこの言葉で、ある一つの共通項を見出していた。
今ここでクーロに明かすことは出来ないが、パインロの任務も、実は、時の聖王ジュラーグレースの国策の一つであったからである。
「クーロ様のお考え、よく分かりました!」
パインロが口を開く。
「……ただ私も今、ある任務に携わっており、この場で即答はできかねます。十日ほどお時間をいただけますでしょうか? 十日後にまた書簡によりお返事させていただきます。今日はこれ以上のことは申し上げられません」
「では、私の申し入れを受けていただけると! ありがとうございます」
「まだ、確定ではございません! ある方の了承を得られればではありますが……。少なくとも私はクーロ様のお考えに共鳴いたしました。是非とも、クーロ様のお作りになられる小隊に加入してみたいと、今は思っております」
それから十日後、クーロの元にパインロからの書簡が届き、ある方からの許しは得たとのこと回答であった。
おそらく『ある方』とは、パインロが所属する誰かだとは思われるが、クーロはそれについてパインロに尋ねるような無粋なことはしなかった。
それについては、パインロが話す気になった時に知れば良いことであるし、その機会が訪れなかったにしても、それは些末な事柄である……。
パインロという凄腕の弓兵を得、クーロ自身がそのパインロから教えを請い、弓の将軍を目指すという大事に比べて……。
かくして、クーロとツヴァンソは初陣を通じて、お互いいろいろな経験をした。
初陣というまだ一度きりの実戦ではあったが、後の六大将軍となる二人にとっては、それは大きな経験であったと言えよう。
【第一部 完】
〔参考 用語集〕
(人名)
クーロ(マデギリークの養子)
ジュラーグレース聖王(ソルトルムンク聖王国第五代聖王)
ツヴァンソ(マデギリークの養女。クーロの妹)
パインロ(謎の上位弓兵)
マデギリーク(クーロとツヴァンソの養父。将軍)
(兵種名)
第一段階、第二段階、第三段階、最終段階(兵の習熟度の称号。第一段階、第二段階、第三段階、最終段階の順に上がっていく)
ランスポーン(第一段階の槍兵)
ボウポーン(第一段階の弓兵)
ドラゴンスナイパー(最終段階の小型竜に騎乗する重装備の弓兵。竜弓兵とも言う)
ワイヴァーンハンター(最終段階の飛竜に騎乗する軽装備の弓兵。飛竜弓兵とも言う)




