【031 聖王国の富国強兵策】
【031 聖王国の富国強兵策】
〔本編〕
さて、國を存続させる打開策といっても、特別なことではなく端的に言えば富国強兵、この一点につきる。
國の中央部である王城に近い地域の土地から開墾を始め、國の生産量の底上げをはかる。
各地方の重要拠点に堅固な城を築き、各地方の領主に命じ、地方軍を形成させる。
そして、王城であるマルシャース・グールにおいても、中央軍を再編成し、兵の練兵し兵力を増強させる。
どの國にあっても普通に実施していることを、聖王国は国策として、今更ながら実行に移したのであった。
ただこれらの国策において、ずっと戦いに明け暮れてきた七國に対して、どうしても大きなアドバンテージになってしまうのが、兵の質である。
前述したように、聖王国の兵は五段階で表すと最低ランクの『一』で、これは一朝一夕に解決できる問題ではない。
幸い、人口規模で考えるとソルトルムンク聖王国の龍王暦二〇〇年当時の人口は九○○万人で、ヴェルト全体の人口三〇〇〇万人の三分の一に近い数字である。
これはヴェルト八國中最も多い人口で、次いで多いバルナート帝國が四〇〇万人なので、その倍以上である。
従って兵の質が劣る分、数で対抗するという手もあるが、それでも例えば、バルナート帝國と兵の質を比較すると、倍程度の兵数では、軍の規模にもよるが、少なくとも千人規模以下では対抗すらできない。
その上、ソルトルムンク聖王国は、地理的に四方に敵を抱えているので、兵の集中運用が難しい状況である。
さらに兵の質とは、理論上より、実際に前線で戦っている兵の士気においては、さらなる数値以上の開きが出てくる。
簡単に言えば、ソルトルムンク聖王国兵は、バルナート帝國兵に対して、仮に倍の人数がいたとしても、攻め寄せてくるバルナート帝國兵の前に、聖王国兵は立ちはだかることすら出来ず、我先にと逃げ出すであろう。
そこで、第五代聖王ジュラーグレースは、一つの大きな打開策を考え出したのであった。
兵の質の差を簡単に埋められないのであれば、そこを指揮官である将の質で補おうと……。
この発想は大胆ではあるが、大いに的を射ているものであった。
それは、一頭の羊に率いられた千頭の狼は、一頭の狼に率いられた千頭の羊より弱いと謂われる、戦略理論上の理に則っていた。
「そういった事情と聖王陛下からの要請により、大臣や地方領主は、中央、地方はては敵国内の区別なく、優秀な指揮官を探し出し、身分を問わず、積極的に登用しているというわけだ!」
マデギリークがクーロに語った。
「ただ、ある程度認知されている優秀な指揮官は、聖王国の実情を理解していると同時に、他国からも誘われている可能性が高く、おいそれと聖王国の誘いには応じない。
……なので、次善の手として、優秀な指揮官になり得る見込みのある人材を探し出し、その者を育成していくという政策も同時並行で実行に移されたのだ!」
「……」
「それが、わしの場合は、お前やツヴァンソにあたる! わしがただの気まぐれで、お前やツヴァンソを養子にして将軍に育てているわけでないことが、これで分かったな。むろん、わしの気まぐれも多分には含まれているのは確かではあるが……」
マデギリークがクーロに微笑む。
「今回のツヴァンソの軍規違反の罪の不問もそこにある。あいつも多分に才能に恵まれておる。少々、それに慢心しているところがあったが、さすがに今回の初陣と、その後の処置でその慢心に気づいたであろう。
ツヴァンソも、それが分かっていながら我慢できず、お前につっかかっていったのだ! 彼女の甘えとして、そこはお前も理解してやってほしい。ツヴァンソがいつまでもそれらに気づかなければ、今回は不問としたが、いずれ戦場で命を落とすであろう!」
「はい! ツヴァンソの才能は誰もが認めるところ。必ず、将軍となって、我が國の窮状を救う者となりましょう!」
「クーロ! お前もそうじゃ!」
マデギリークが少し厳しめの顔になった。
「お前は、他人のことはよく見えるのに、自分のことは全く見えていない! 自分の才能に対して、一番否定的なのがお前自身なのじゃ!」
「そんなことは……、自分の実力は自分が一番分かっております!」
「いや!」
マデギリークがはっきりと否定する。
「分かっておらん!! だから、ツヴァンソに言い募られたぐらいで、小隊長昇格を辞退しようという考えになるのだ! 自分の実力が理解できていないから、小隊長に昇格する資格が自分にないと思ってしまう!
自分が信じられないということは、ひいては、周りの者がお前のことを評価しているということ自体を否定していることになる。ここで、小隊長昇格を辞退するということは、わしやわしの参謀、並びに共に戦った仲間を信頼していないと同じことだ!」
「……!」
これはクーロにとって、衝撃的なことであった。
確かに、自分を正当に評価した者のその評価を疑っているということは、その者を信じていない、或いは見下しているということに他ならないからであった。
「……分かりました! 小隊長辞退の件は、撤回いたします!」
数分沈黙の後、クーロが口を開く。
「我が國の窮状をお聞かせいただきありがとうございました。つきましては、これからも父上の期待に応えられるよう精一杯尽くします。そして今後は我が國のためにも……」
クーロの言葉を聞き、マデギリークは満足そうに頷く。
「その上で、一つ父上にお聞きいたしたいことがございます!」
「うむ、なんじゃ?」
「父上が見出されました私の才能とは、具体的に何でございますか? 私にはそれが何か見当がつきません! 父上が、私を養子にされた時には、槍の才能があるとおっしゃっておりましたが、本当のところはどうなのでございますか?」
クーロの心は、今日のマデギリークの話で、しっかりと定まった。
彼がこれから将軍としての道を歩むのに、大きく迷うことは、今後はないであろう。
しかしその上で、どうしてもマデギリークに聞いておきたいのが、この問いかけであった。
優秀な人物を見出すマデギリークの人物眼の能力について、今更疑うことはない。
しかしそれでもマデギリークが、自分にどういった才能があると感じたのかは、クーロにとって、どうしてもこの場で知りたいことであった。
今後、自分が将軍を目指す道筋の根幹となるべき部分であるし、どう考えてもクーロには、自分自身の持っている才能が思い当たらないのであった。
これは、自己評価が低いという自分の性格を念頭に置いてなお、クーロ自身にはさっぱり思い当たらないので、どうしてもマデギリーク本人から、その答えを聞いておきたかった。
しかし、それについてのマデギリークの答えは、クーロからすれば意外なものであった。
「うむ。困った! ……それについては、答えたくても答えられないのじゃ!」
〔参考 用語集〕
(人名)
クーロ(マデギリークの養子)
ジュラーグレース聖王(ソルトルムンク聖王国第五代聖王)
ツヴァンソ(マデギリークの養女。クーロの妹)
マデギリーク(クーロとツヴァンソの養父。将軍)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)
バルナート帝國(ヴェルト八國の一つ。北の強国)
(地名)
マルシャース・グール(ソルトルムンク聖王国の首都であり王城)
(その他)
小隊長(小隊は十人規模の隊で、それを率いる隊長)




