【003 将軍の養子】
【003 将軍の養子】
〔本編〕
「ヴォルフを倒した!! 何頭もいたのに?!」
「六頭だったな! お前が一頭倒していたから……。そのうち四頭は、わしに向かってきたので、全て倒した! 残った二頭はさすがに戦意喪失したようで、わしから遠く離れ、処刑場のすみの方に縮こまってしまったので、倒したのは四頭だけか!
後はお前を担いで、処刑場からでて、その場で領主のデスピアダトと交渉して、金銭でお前を贖ったというわけだ! 合点は入ったかな? ん?!」
「あっ! はい! ……しかし、あの処刑場にマデギリーク様ご自身が踏み込まれ、そしてヴォルフを倒したのでありますか?! 地方領主様であられるマデギリーク様が御自ら……?!」
「クーロ殿が驚くのも無理からぬことではありますな。旦那様はタシターン地方の地方領主様であられますが、それとは別の一面として、ソルトルムンク聖王国の将軍のお一人でもあられます。旦那様の腕であれば、ヴォルフの十匹や二十匹を一時に倒すなど、造作もないこと!」
執事のナヴァルが、クーロに補足説明した。
「ナヴァルよ! 若い時分ならいざ知らず、わしももう五十五だぞ。さすがに十や二十のヴォルフに一斉に襲われたら、逃げるしか手はないぞ!」
「何をおっしゃられます。旦那様の最盛期は、年齢を重ねる毎に更新されておられます。恐らく、ヴォルフに限らず、年の数だけ、敵をなぎ倒すことでありましょう」
「……それでは、百の時には、百の敵を一気に倒せるようになっているということになるが……?」
「それも、旦那様がおっしゃると冗談に聞こえないのが不思議です!」
クーロは、この主従の会話を、半ば呆れながら聞いていた。
「お話の中身はだいたい理解できました。奴隷である私を助けていただきありがとうございました!」
クーロが、マデギリークとナヴァルに深々と頭を下げ、謝意を表す。
「これからはマデギリーク様に誠心誠意お仕えさせていただきます。ナヴァル様! 私にどのように旦那様にお仕えすればよろしいか、お教えいただければありがたいのですが……」
クーロのこの言葉に、マデギリークとナヴァルは一瞬二人で顔を見合わせ、次の瞬間、二人とも笑いを堪えきれず噴き出していた。
「クーロ様! 旦那様は、クーロ様を奴隷として引き取ったのではございません! 確かに、金銭で前領主からクーロ様を買い取りはいたしましたが、旦那様は、クーロ様を養子としてお迎えになられるつもりでおります。わたくしのほうが、クーロ様にお仕えする身となります」
「ようし?! それは、どのような役割でございますか? 私にとって、初めて聞く言葉でございます!」
クーロは、執事ナヴァルが、自分に途中から“様”をつけて呼びかけるようになったのに戸惑いつつ、とにかく初めて耳にする『ようし』なる言葉の意味を尋ねていた。
奴隷ではないにしても、領主マデギリークとどのような関係になるかを知らなければ、どのように仕えてよいのか見当のつかないクーロからすれば、もっともな問いかけであった。
「クーロは、『養子』という言葉は知らないか! 無理もない! 奴隷であれば知る必要のない言葉ではあるな!」
そう言うと、マデギリーク本人が、クーロに説明した。
「『養子』とは、わしがお前を息子として迎え入れるということだ。わしと血が繋がっているのであれば、それはわしの実の子――『実子』ということになる。しかし、お前はわしとは血は繋がっていないので、『養子』という扱いで親子になる。
……しかしじゃ、血が繋がっていなくとも、わしの子という位置づけになんら変わるものはない! お前は、わし、マデギリークの息子として、わしの後を継ぐことになる。お前には、わしの後を継ぐ息子として、将軍を目指してもらう。これは、わしのたっての希望なので譲ることはできぬ。
もし、それが嫌であれば、わしとの養子関係は白紙にする。幾分かの金銭を渡すので、お前の自由にするといい。わしの領地の中になるが、家と畑も与える故、お前は奴隷ではなく、正式なヴェルトの民として生活していける。むろん、わしの領土に住みたくなければ、家と畑を売って、好きなところに行くのもお前の自由だ。わしは、そのことでお前を束縛するつもりはない。
……しかし、お前がわしの養子となり、将軍を目指してくれるのであれば、そこへの道筋として、わしは、最高級の師範を揃え、お前に将軍となるべく、数々の技術や知識を授けよう。どうじゃ、悪い話ではないと思うが……。わしの息子にならぬか?」
マデギリークが嬉しそうにクーロに語る。
クーロにとって、この話を受け入れない理由が全く見当たらなかった。
死ぬ寸前だった一奴隷に、これほどの幸運な転機は今後絶対に起こり得ないと、クーロは心の奥からそう思った。
鋭い槍の一撃が少女の顔に迫る。
しかし、少女は、その一撃を涼しい顔で躱し、逆に自らが持っている剣を、槍を繰り出した相手に対して突き入れる。
少女に対し、槍を繰り出した者は、槍を引き、少女の剣の突きをいなそうとするが、剣の突きが鋭すぎ、いなした槍の方が弾かれ、その者もバランスを崩す。
それでも、弾かれた槍を、円を描くように旋回させ、その槍の旋回運動で、崩しかけたバランスを元に戻す。
バランスを戻したその者は、その槍の旋回運動を利用し、少女に対して、薙ぎを繰り出そうとするが、それより速く、少女はその者に一気に接近し、持っている剣を上段に構えるのとほぼ同時に、そのまま振り下ろした。
そこには、槍の人物の頭部があったが、その者も、素早く槍の薙ぎを中断させ、槍を両手で持つことによって、己の頭部に振り下ろされた少女の剣を、槍の柄で受け止めた。
「うっ!」
槍の人物は、少女の剣を槍で受けた瞬間、一声呻き、その声と同時に持っていた槍を両手から取り落としてしまった。
槍は、剣を受けた部分から六十度の角度で折れ曲がれ、無残に地面を転がる。
そして、少女の剣の切っ先は、槍の人物の鼻先から数センチメートルの箇所で、ピタリと静止していた。
「は~い! 勝負あり! クーロ兄の負け!!」
少女はニヤリと笑い、槍の人物――クーロにそう告げていた。
「……馬鹿力が!」
クーロがつぶやく。
「ゴールドの槍を、いとも容易くへし折るか、普通?!」
「へし折られるのは、クーロ兄の力量不足のせいだよ! 上段から振り下ろされる剣を、むやみに槍で受けようとするから、槍が折れ、その衝撃ももろに受けて、槍を手から取り落とすという醜態を晒すことになるんだよ!
ちゃんと、腰が入った防御なら、槍は簡単には折れないよ! いずれにせよ、これで私の百勝目だからね!」
剣の少女――ツヴァンソは、意気揚々とクーロに向かい、槍の防御術云々を語り聞かせた。
〔参考 用語集〕
(人名)
クーロ(マデギリークの養子)
デスピアダト(エーレ地方の領主)
ナヴァル(マデギリークの執事)
マデギリーク(タシターン地方の領主)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)
(地名)
タシターン地方(ソルトルムンク聖王国の一地方)
(その他)
ヴォルフ(この時代の獣の一種。現在の狼に近い種)
ゴールド(この時代において最も硬く、高価な金属。現在の金とは別物と考えてよい)