【027 小隊長 ~ツヴァンソ~】
【027 小隊長 ~ツヴァンソ~】
〔本編〕
ツヴァンソは、小隊長に昇格できなかった。
昇格しなかったのであるから、特にそれについての説明が論功行賞の場でないのは当然ではあるが、少なくとも単独での抜け駆けと、ホースの無断借用の二つの重大な命令違反の件についても、論功行賞の場でも、それ以降も特に言及はされなかった。
おそらく、ツヴァンソの戦果でもって相殺された感があり、周りもそれで納得したようであった。
ただ、付き人のムロイからは、命令違反のみならず、ツヴァンソの所属していた小隊の一人が、敵中に取り残されて命を失ったことについて、ツヴァンソの責任なので、深く反省するよう小言は言われたが……。
いずれにせよ、初陣で小隊長に昇格するという、最初の夢は無残にも打ち砕かれた。
ツヴァンソも自分が昇格できないことは、初陣の結果から納得していた。
それだけであれば、ツヴァンソも自分の今の気持ちを心の内に抑え込み、次戦に気持ちを切り替えるつもりでいられた。
ただ、感情的にどうしても我慢出来ないことがあった。
兄であるクーロの小隊長昇格の一件である。
クーロもツヴァンソと同じく、今回が初陣であったにも関わらず、小隊長に昇格してしまった。
ツヴァンソは、自分であれば易々と達成できると思いながら叶わなかった小隊長昇格を、初陣で生き残るのが精一杯であろうと思っていた頼りない兄――クーロの方が、先に達成してしまったのである。
そして、クーロの小隊長昇格について、論功行賞の場で簡単ではあるが説明があり、それはツヴァンソのみならず誰もが納得できる内容であった。
マデギリークの子供だからという、特別扱いを勘ぐる必要性が、全くない完璧な戦果であった。
敵エンテ将軍による起死回生の策――局地戦における一点強行突破策、この策で、場合によってはマデギリーク軍全体に、悪い影響が及んでいた可能性があるほど……。
それを、クーロが中心となり阻止したのであった。
さらに、その一点強行突破のために投入した『虎の子』ともいえる主力中の主力、四隊長の一人鉄槌の兵を見事に討ち果たした。
オロル自身を倒したのは、弓兵パインロの矢によるものであるが、オロルを孤立させ包囲した上で倒したのであるから、クーロが中心として倒したといって、なんら差し障りのない戦果であった。
それも、小隊の一隊員であるクーロが、この時に指示を出して動かした小隊は、都合五小隊。
つまり、クーロの活躍は小隊長の枠すら超え、中隊長級であったといえる。
マデギリーク軍の兵たちは皆、クーロの昇格を素直に喜び、中には中隊長にまで昇格させるべきではないかと言う者すらいたぐらいであった。
十三歳の多感なツヴァンソにとって、性格的にも、そのことを心の奥底に押しとどめるほどの忍耐力が、あろうはずがなかった。
「ふざけるな! 一人も敵を倒していないのに、何が昇格だ!!」
論功行賞より三日目、マデギリークがブーリフォン聖王子と王城に向かった留守を狙って、ついにツヴァンソはクーロをつかまえ、自分の抑えきれない感情を、そのままクーロ本人にぶつけた。
実は論功行賞以来、ツヴァンソはクーロに一度も会っていない。
ツヴァンソがクーロに会わないようにしていたのも原因だが、実はクーロもツヴァンソを避けていた。
今まで、当たり前のように顔を合わせていた二人が、同じ場所にいながら三日間、全く会わなかったのである。
しかし、ツヴァンソにとってその三日間は、クーロへの怒りを増殖させるためだけの時間であり、ついにマデギリークが王城に向かって留守にしたその日、そのたがが一気に外れ、ツヴァンソは気が付くと、クーロの部屋に飛び込んでいた。
前述したツヴァンソのクーロへの罵りは、飛び込んだ直後の『これは、どういうことだ!! ふざけるな!!』の次に続いた第二声であった。
ツヴァンソに突然自室に飛び込まれたクーロとしても、まさかそこから去るわけにもいかず、ツヴァンソの罵りを一身に受けていた。
クーロがツヴァンソのこの理不尽極まりない罵りに対して、一切、何も言わなかったことについては、既に述べた。
しかし、クーロのその行為は、ツヴァンソの心にさらなる怒りの炎をたぎらすこととなる。
まだ、クーロがツヴァンソの言い分を、大人のような冷静さで受け流した上で、一切口をきかないのであれば、ツヴァンソとしても一様の収まりがつく。
身内の気軽さから、無言のクーロの抵抗に、ツヴァンソは好きなだけ言葉をぶつけて、それですっきりさせてしまえばいいのであるから……。
しかしこの時のクーロは、首を垂れ、委縮したように縮こまり、無言ではあるが、ツヴァンソに対してまさかの負い目を感じている。
まるで、自分だけが昇格して、ツヴァンソが昇格できなかったことに対し、申し訳ないという気持ちからの負い目を……。
ツヴァンソは、天真爛漫な性格ではあるが、決して馬鹿ではない。
クーロが自分に対して、妹以上の好意を抱いていることも薄々ではあるが、気づいている。
それに気づいていながら、クーロをからかう邪気もあったりする。
それでもツヴァンソは、クーロを嫌っているわけではなく、むしろ本質的には好意を抱いている。
ただ、それはどこまでも、自分の後をついてくる立場の者に対する優しさからの好意。
どこまでも、自分の場所には到達できない哀れなクーロ。
到達できない以上、自分が本気で相手する対象にはなり得ない、気弱な兄クーロ。
それが、初めてクーロに会ってから、論功行賞のその日まで抱いていたツヴァンソのクーロに対する認識で、それは生涯変わることのない絶対的なものであると、ツヴァンソは信じて疑っていなかった。
しかし、それがツヴァンソの中で揺らぎつつある。
大人へ成長していく過程で、自分が絶対と思っていた認識や常識の変更を、容赦なく求められる。
また、場合によっては無情にも覆されることもある。
十三のツヴァンソにとって、それは初めての経験であり、この場ですぐに受け入れられることでもなかった。
そしてクーロの方も、ツヴァンソのその気持ちに全く気付かず、無意識ではあるが、しかし決定的とも言える一言を思わず口に出していた。
ツヴァンソが大声で罵る中、ほとんど消え入るようなクーロのその声は、ツヴァンソの耳に<音>として達していたかは定かでないが、クーロの唇の動きから、ツヴァンソの瞳はそれをはっきりと受け止めてしまい、それがツヴァンソの心に深々と突き刺さる。
クーロの「ごめん!」の一言が……。
「それを言うな!!」
「それを言ってすむと思うな!!」
ツヴァンソの罵りは、その二言をその場に叩きつけたことにより唐突に終了する。
この後、ツヴァンソは脱兎のごとく、クーロの部屋から飛び出していた。
ツヴァンソは、初めてクーロから受け入れられた。
理不尽極まりない物言いであるのに、何ら反論の一つすらなく、自分より下の存在であるはずのクーロに受け入れられた。
そう受け取ったツヴァンソの青い大きな瞳からは、滝のように涙が溢れる。
ツヴァンソは全速力で走る。
最後の二言に何ら意味はなく、口にしたツヴァンソすら、何を言ったかは覚えていないであろう。
その日の深夜、タシターン地方の森の中、一人うつ伏せになっている自分に、ツヴァンソはハッと気づく。
全身泥だらけ、そして至るところにいくつか新しい傷もある。
身体の節々が痛く、常に持ち歩いている剣も刃こぼれこそないが、いろいろなものを切ったのであろう染みのようなものが、点々と刃についている。
さすがに血痕はないので、生きているモノを切っていないと思われるが、それ以外の樹木や草、または石などは、剣で力任せに切り付けていたのであろう。
そして極めつけではあるが、握っている剣はむき身のままで、その鞘はどこにも見当たらず、結局、その鞘はついに見つかることはなかった。
また、これは後で分かることだが、ツヴァンソがクーロの部屋を飛び出してから、十五時間以上の時が過ぎており、その間の記憶は、ツヴァンソには一切ない。
さらにツヴァンソがうつ伏せになっていた場所は、クーロの部屋から八十キロメートル以上離れているタシターン地方とそれに隣接する地方の境であった。
〔参考 用語集〕
(人名)
エンテ(ミケルクスド國の将軍)
オロル(四隊長の一人。鉄槌の兵)
クーロ(マデギリークの養子)
ツヴァンソ(マデギリークの養女。クーロの妹)
パインロ(謎の上位弓兵)
ブーリフォン聖王子(ソルトルムンク聖王国の聖王子)
マデギリーク(クーロとツヴァンソの養父。将軍)
ムロイ(ツヴァンソの付き人)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)
ミケルクスド國(ヴェルト八國の一つ。西の国)
(地名)
タシターン地方(ソルトルムンク聖王国の一地方)
(その他)
四隊長(エンテ将軍の配下の四人。死隊長とも呼ばれている)
小隊長(小隊は十人規模の隊で、それを率いる隊長)
中隊長(中隊は五十人規模の隊で、それを率いる隊長)
ホース(馬のこと。現存する馬より巨大だと思われる)




