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【026 ツヴァンソの功罪】


【026 ツヴァンソの功罪】



〔本編〕

「これは、どういうことだ!! ふざけるな!!」

 ツヴァンソが、クーロに噛みつく。

 むろん、本当に噛みついたわけでなく、あくまで比喩ひゆ的な表現ではあるが、本当に噛みついたのかと思えるほどの激しいののしりを、ツヴァンソはクーロにぶつけた。

 それに対して、クーロは一切口を開かない。

 ツヴァンソの激しい罵りに、クーロは謝罪も言い訳も一切口にしなかったが、そもそもクーロが謝罪や言い訳をすべき事柄ではない。

 ツヴァンソのクーロへの罵りは、全くもってクーロに向けられるべきことではない、理不尽極まりないものであったからである。

 ツヴァンソが激怒している事柄は、先のマリーティの町はずれで行われた戦いにおける論功行賞の件である。

 クーロ、ツヴァンソ共に、この戦いに初陣で臨み、二人共、無事に生き延びた。

 クーロに至っては、生き延びただけでなく、小隊長へ昇格したのであった。

 小隊長とは、この時代の軍組織における最小単位『小隊』の隊長のことであるが、初陣の者が昇格するのは極めて異例のことであった。

 むろんまったくないわけではないが、初陣とは個々にとって初めての実戦であるため、戦いの内容にもよるが、先ずは生き延びるだけでも大いなる戦果といえる。

 そういった状況下での昇格であるので、初陣兵千人の中で一人いるかどうかの快挙であり、実際に二年前、バルナート帝國と戦ったヌイが、初陣の戦果で小隊長に昇格した時も、同じように周りから驚かれたものであった。

 マデギリーク将軍の養子だから、小隊長に昇格できたわけではない。

 マデギリーク将軍自身、そのような身内へのえこひいきをするような人物ではなく、むしろ身内の論功行賞に関しては、他人の論功行賞より厳しいぐらいである。

 それに、そのようなえこひいき的に昇格させても、それは周りに不満や不信を抱かせ、賢人は遠ざかり、そういった者の周りには、おもねることしか出来ない小人しょうじんしか集まってこなくなり、それは戦場において致命的である。

 そして結果、クーロは昇格して小隊長となったが、ツヴァンソは昇格することができなかった。


 ツヴァンソからすれば、初陣における小隊長昇格は、必須事項であった。

 自他ともに認めるツヴァンソ個人の能力の高さもさることながら、ツヴァンソからすれば、二年前の初陣で小隊長に昇格したヌイが、彼女の目標であったからである。

 ツヴァンソは、ヌイへ憧れをいだきながら、普通の女の子のようにヌイのお嫁さんになりたいという願いだけでなく、ヌイと共に戦場を駆け巡りたいという大望たいもうも持っているので、ヌイと同じ道を歩む必要性が、ツヴァンソにはあった。

 すなわち、初陣において小隊長に昇格することが最初の条件であった。

 そして、ツヴァンソは、その条件はそれほど頑張らなくても、やすやすと達成できる条件ものであるとたかくくっていた。

 しかし、実際の戦場では、思い通りにはならないことが多々あった。

 そして今回の戦いが、聖王国の中央軍が到着するまで、守りを固めるといった性質のものであったことも、ツヴァンソの大望を歩む上で足かせとなっていたのである。

 それでも初日、ツヴァンソは積極的に敵を攻め、敵二人を倒すという初陣の初日とは思えぬほどの大戦果を挙げる。

 しかし、二日目は初日のように思い通りにいかなかったことは、既に述べた通りであり、ツヴァンソの実力を初日の戦いで知った敵からすれば、ツヴァンソとまともにやりあおうと考える者は、少なくとも最前線にいる兵士の中には一人も見当たらなかった。

 結果、二日目は全く戦果を挙げることなく、ツヴァンソの戦いは終わる。

 そして、聖王国中央政府直属の兵が援軍として到着すれば、ここに出張っている敵兵は撤退する可能性が非常に高く、その時点でマデギリーク軍の役割は終了する。

 つまり、ツヴァンソの初陣もそこで終了である。

 マデギリーク軍の本陣にいないツヴァンソにとって、中央軍が、いつマデギリーク軍と合流するかは、はっきりとは分からない。

 ただ、早ければ三日目に到着してしまう可能性があることは、周りの雰囲気から読み取れる。

 初日の敵兵二人を倒した戦果だけで、小隊長に昇格できるかは非常に心もとないと、ツヴァンソは感じる。

 昇格できるかもしれないし、できないかもしれないという微妙な戦果であることに間違いはない。

 小隊長以上の昇格を必須と考えているツヴァンソにとって、それは焦りとなり、父マデギリークのホースを無断借用するというある意味、一種の暴挙を実行に移したのであった。

 守りに徹すべき戦いにおいて、単身で勝手に攻めに転ずる、それに将軍のホースの無断借用という、二つの重大な命令違反を犯しながらも、ツヴァンソは、自身がマデギリーク将軍の養女という立場に胡坐あぐらをかき、大いなる武功さえたてれば、そのようなことは些細ささいなこととして顧みられないと、楽観視していたのであった。

 しかし、ツヴァンソは三日目の戦いで、自らの思惑の甘さを痛感することになる。

 ただ、それは味方側の、ツヴァンソの命令違反への楽観視の解釈ではなく、敵方が、ツヴァンソが三日目に単騎で攻め寄せてくるのを予測して、その対処をしていたということについてである。

 それは、敵エンテ将軍の指揮官級の人物――四隊長の一人、黒騎士ガルバージョをツヴァンソのいる敵陣の中ほどに配置させたという点のことである。

 この配置の確証は、むろん敵方の内情なのではっきりとは分からないが、初日にこの場所に、ガルバージョが配置されていたとは考えがたい。

 四隊長の一人であるから、初日は本陣あるいは戦場であっても、もっと敵陣から遠い幾層にも連なっている味方の陣の内側にいたはずである。

 しかし、ツヴァンソが敵を二人倒した翌日の二日目には、ガルバージョは既に配置されていた可能性はある。

 少なくとも、ツヴァンソの動向については、自分あるいは部下の目を通して、確認していたとは思われる。

 そして三日目、ツヴァンソが単騎で敵陣に攻めよせたことについて、黒騎士ガルバージョにとっては、想定内であったのであろう。

 つまりツヴァンソは、敵がツヴァンソを倒すために用意していた罠に、まんまと自ら飛び込んでいったことになる。

 むろん、ガルバージョにも読み切れなかったのが、そのツヴァンソなる者が、ただの強い新兵ではなく、マデギリーク将軍の養女むすめであったという点であろう。

 後、二日程度、指揮官エンテ将軍やガルバージョに情報収集する時間があれば、あるいはツヴァンソのそういった経歴までも知ることが出来たかもしれない。

 しかし、少なくともガルバージョが、三日目のツヴァンソが単身で攻めてきた時には、そこまでの情報は掴んでいなかった。

 あるいは、ツヴァンソの名前すら知らなかったであろう。

 結果、将軍直属の騎兵が、ツヴァンソの後ろから攻め寄せて来るという想定外の出来事が発生し、罠を仕掛けたはずのガルバージョの方が、ツヴァンソによって倒されるという顛末てんまつで終わった。

 結論から言うと、ツヴァンソは、指揮官級の一人、ガルバージョを倒すという大戦果は挙げることができたが、これはあくまでも結果論に過ぎず、本来であれば、単騎で敵陣に攻め入ったツヴァンソが、敵の包囲下で討ち取られる、あるいは生きたまま捕らえられ、マデギリーク軍がはなはだ不利な形での捕虜交換を強いられるという状況に陥っていたかもしれないのであった。




〔参考 用語集〕

(人名)

 エンテ(ミケルクスド國の将軍)

 ガルバージョ(四隊長の一人。黒騎士)

 クーロ(マデギリークの養子)

 ツヴァンソ(マデギリークの養女。クーロの妹)

 ヌイ(ソルトルムンク聖王国の兵士。ツヴァンソの憧れ)

 マデギリーク(クーロとツヴァンソの養父。将軍)


(国名)

 ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)

 ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)

 バルナート帝國(ヴェルト八國の一つ。北の強国)

 ミケルクスド國(ヴェルト八國の一つ。西の国)


(地名)

 マリーティ(エーレ地方の町の一つ)


(その他)

 四隊長(エンテ将軍の配下の四人。死隊長とも呼ばれている)

 小隊長(小隊は十人規模の隊で、それを率いる隊長)

 ホース(馬のこと。現存する馬より巨大だと思われる)

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