【232 第一次西部攻略戦(二十八) ~逃げる指揮官~】
【232 第一次西部攻略戦(二十八) ~逃げる指揮官~】
〔本編〕
ただ、これら全てがクーロの憶測に過ぎないので、クーロはジャオチュウからの正確な追加情報を待った。ジャオチュウの元に集約された全ての情報がフォルを通じて、クーロにもたらされる。
「クーロ様の読み通りです! 先行でこの砦に向かってくる軍が、モスタクバル軍の第一軍に相当し、モスタクバル将軍が直接指揮しています。、その軍に潜ませている味方が、モスタクバル将軍本人を直接目で確認しておりますので間違いありません! それ以外の情報は……」
フォルは、ジャオチュウによってもたらされた情報を全てクーロに語った。それはモスタクバルの五つの軍の正確な位置情報、そしてそれぞれの指揮官についての能力や性格等々、それは、これ以上はないというぐらい詳細な情報の数々であった。
今回の場合、電撃侵攻を仕掛けたのは敵方、猛将モスタクバル将軍の軍勢、それでありながらアラウダ、ヘリドニ二地方は、クーロが領民たちを完全に掌握しているという諸々の要素により、電撃侵攻をしたはずのモスタクバル軍の方が、当面の敵であるクーロ軍について全く情報を持っていないのに、逆に攻め込まれた立場のクーロの方が、将軍のモスタクバルに限らず、指揮官の将、またそれぞれの軍の規模や位置や動きなどあらゆる情報を詳細に把握しているという不可思議な現象となっていたのであった。
クーロからすれば、三将軍の一人、モスタクバル将軍の命運を手中に出来る絶好の機会を迎えているのであった。
そういう事情によりモスタクバル将軍率いる第一軍が、アラウダ城、ヘリドニ城二城の中間地点に位置する砦にいよいよ迫ったタイミングで、クーロは偶然を装い千の兵と共に砦から偽の逃走を仕掛け、モスタクバル将軍本人を一千の兵と共にその逃走する軍を追撃させることに成功したのであった。
しかし、これはあくまでも理論の上から言ったなら、モスタクバル将軍の性格も考慮にいれた結果の大成功ではあったが、ここから策戦の流れ通り、モスタクバルを仕留められるか否かは、実際に策を遂行している現場の生きた人々たち次第であった。
なんと言っても今回の策戦の肝は、モスタクバル将軍を寡兵の状態で孤立させるところであり、そしてそれはここまでの入念な下準備が功を奏し、偽って逃げる一千のクーロ軍で、モスタクバル将軍を追撃させるという形に持ち込めた。
一千という同数で逃げるクーロ軍としては、モスタクバルという大物を釣り上げるための餌の役割を担う一千であるが、当然、その餌はモスタクバル将軍が食らいつくぐらいの貴重な餌でなければならない。そしてその貴重な餌となるのが、クーロ軍の指揮官、クーロ五千人将その人であった。
むろん、クーロという“餌”を偽者として誰かに演じさせるという手もないではなかった。その方が、仮にその偽者がモスタクバルの追撃によって討ち取られたとしても、クーロ本人には影響がないので、かなりリスクとしては低くなる。
しかし、クーロは偽って逃げる軍といえども、その中心にいるのは自分自身でなければならないという確固たる信念を持っており、誰からその危険性などを諭されても、そこは頑として曲げなかった。
逃げる一軍の指揮官が偽者であれば、追撃しているモスタクバルが絶対に追撃途中で気付く。これは、モスタクバルが知略に重きを置かない猛将であったとしても必ず気付くという確信が、クーロにはあった。
長年、三将軍の一人として最高峰の地位に君臨しているモスタクバルが、その長年培った経験と勘で、必ずクーロの偽者に気付くという、根拠はないが絶対的ともいえるクーロの確信からであった。
それについては根拠は確かにないが理論的に考察すると、クーロ本人と共に逃げている軍と、クーロの偽者と逃げている軍では、おのずと兵たちの緊張感に雲泥の差が生じ、それは逃げているクーロ軍が放つ気から、その違和感が自然と醸し出してしまうからであった。
そうなれば、モスタクバルが途中で追撃を止める可能性もあり、仮にモスタクバルが追撃を止めないにしても、クーロの偽者と共に逃げる軍では、モスタクバル自身が率いる追撃軍にたちまち追いつかれ、全滅してしまうであろう。
そして、モスタクバルが生存している以上、どんなにモスタクバル軍が、アラウダ、ヘリドニ二地方内で分断させられた状態であっても、今回の聖王国の西部攻略戦を水泡に帰してしまう起死回生の一撃を持ち続けていることは確実なことであった。
モスタクバル将軍を仕留めない限り、クーロ、否ソルトルムンク聖王国が西部攻略戦において最終的に勝利することは叶わないのであった。
さて、偽って逃げる一千のクーロ軍には指揮官のクーロを始め、フォル、パインロ、ズグラ、オフク、ファーモの五人が含まれている。
ジャオチュウとの連絡を常に取り続けるため、フォルが一千の中にいるのは当然ではあるが、それ以外の面々はクーロが小隊長になった時からの初期のメンバーで、皆それぞれ今のクーロ軍を支える幹部という錚々たる面子であった。
クーロの弓の師パインロ、パインロの直弟子で弓の名手ズグラ、同じく直弟子で弓兵として成長著しいオフク、クーロ軍の魔兵を取りまとめているファーモである。
これらの面々が揃っているということは、偽って逃げる一千の軍の逃避行は、一歩間違えばクーロ自身がモスタクバルに討ち取られる可能性もあるというギリギリの状態になることを想定しているためであり、実際にそういう展開になっていった。
この逃げる一千は、全てがクーロ軍の選りすぐった精鋭たち。そして騎乗している馬は、全てジュリス王国産のホースであった。
さらにクーロは逃げるルートも既に決めていた。
本来偽って逃げる場合、伏兵が伏せやすい木々が多い場所や、両側が崖になっている道に敵を誘い込むのが定石であった。
しかし今回の追撃はミケルクスド國一の猛将、モスタクバル将軍自ら率いる軍である。
そのような場所に誘い込もうとして、一瞬でも逃げる味方の馬の速度が落ちれば一気に追いつかれ、瞬時に追撃軍の怒涛の波に飲み込まれて全滅してしまうであろう。
仮に伏兵を潜ませていたとしても、その伏兵ごと追撃の波に飲み込まれてしまうであろう。
〔参考 用語集〕
(人名)
オフク(クーロと同年齢の弓兵)
クーロ(マデギリークの養子。大官)
ジャオチュウ(パインロの友人。クーロ隊の諜報部門を担う。フォルと天耳・天声スキルが出来る間柄)
ズグラ(パインロの直弟子、クーロ隊の一員)
パインロ(クーロの弓の師であり、クーロの隊の一員)
ファーモ(クーロ隊の一員。魔兵)
フォル(クーロ隊の一員。ジャオチュウと天耳・天声スキルが出来る間柄)
モスタクバル(ミケルクスド國三将軍の一人)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)
ミケルクスド國(ヴェルト八國の一つ。西の国)
ジュリス王国(ヴェルト八國の一つ。西の国。聖王国と同盟を結ぶ)
(地名)
アラウダ城(アラウダ地方の主城)
アラウダ地方(ソルトルムンク聖王国の一地方)
ヘリドニ城(ヘリドニ地方の主城)
ヘリドニ地方(ソルトルムンク聖王国の一地方)
(その他)
五千人将(大官の別称)
三将軍(ミケルクスド國で最も優れた三人の大将軍のこと)
小隊長(小隊は十人規模の隊で、それを率いる隊長)
ホース(馬のこと。現存する馬より巨大だと思われる)




