【021 ふたりの初陣(十三) ~偶然という名の奇跡~】
【021 ふたりの初陣(十三) ~偶然という名の奇跡~】
〔本編〕
クーロは目を閉じる。
強敵の弓兵が射るであろう矢が、空気を切り裂く鋭い音に集中するためである。
敵味方の怒号が飛び交う中で、その音に集中するのは至難なことではあるが、それ以外に、次の矢を防ぐ手立てが思い浮かばない。
矢の音が聞こえた瞬間、狙われるヘルリン小隊長の前に槍を繰り出す。
聞こえた瞬間、槍を繰り出して速すぎることは決してない。
いわゆる、ヘルリン小隊長に向かって矢が射られるといった決め打ちの迎撃行動である。
一か八かの迎撃行動。それでもその矢を迎撃できるかは、良く見積もって五分五分。
当然、裏をかいてヨグルや、あるいはクーロ本人を狙って矢が射られたら、それでおしまいである。
しかし、そう考えて目を閉じたクーロに、一つの僥倖が訪れる。
「クーロ様! キカー小隊七人! 今、合流いたしました! どう動けばよろしいか、ご指示下さい!!」
その言葉に目をあけたクーロのそばに、一人の三十代の男が息をきらしながら立っていた。
「キカー小隊長殿ですか?!」
「いかにも……!」
クーロは、キカーの持っている武器を見て、面を輝かせる。
キカーの武器は弓であったからである。
「キカー殿の元に、弓兵はおられますか?!」
「私を含めて三名おります! 私以外は第一段階のボウポーンではありますが……」
クーロは、この奇跡ともいえる現象に感謝しつつ、キカー小隊長に指示を出す。
「キカー殿! 貴方と二名の弓兵は、私の後ろについて下さい! そして、私がこれから投げる槍の方角に向かって、一斉に矢を射るよう! 山なりの軌道で構いません! その後、とにかく味方に当たらないよう、敵の陣営にひたすら矢を射続けて下さい!! そして残りの兵は、目の前で鉄槌を振り回している敵兵の後続兵を攻撃して下さい!」
クーロはそう言うと、三人の弓兵が後ろに揃った瞬間、持っている槍を、放物線を描くよう山なりに敵陣の中に放り投げた。
キカー小隊長と二人の弓兵は、クーロの投げた槍と同じ放物線の軌道で、矢を射る。
第一段階並びに第二段階である下位段階の弓兵で、目の前の味方に当たらないよう放物線を描いて射られた矢は、決して鋭くなく、仮に敵に命中したとしても、かすり傷ぐらいしか負わせられない程度である。
それでも三人の弓兵から連続して射られる矢は、それなりのプレッシャーを敵陣営に与える。
その敵陣の奥から、こちらを狙っている上位弓兵にとって、その矢で自分が倒されるとはさすがに思ってはいないが、少なくとも狙うターゲットまでの矢の軌道が、味方の動きで邪魔され、その上、それに集中することによって、普通では考えらえない状況――例えば、流れ矢で負傷する等――に、絶対に遭遇しないとも限らない。
敵の上位弓兵が少しでもそう思ったとしたら、そのリスクを冒してまで、倒さなければいけない聖王国の兵が目の前にはいない以上、無理に矢を射ない。
クーロも、相手のレベルとこちらのレベルを比較して、相手の立場で考え、この三人の弓兵の射る矢の牽制で、上位弓兵からの狙撃は、もう無いと判断した。
むろん絶対ではないが……。
……しかし、クーロはその可能性を前提として、目の前の強敵――鉄槌を振り回している兵のみに、焦点を絞る。
絶対ではない条件での判断ではあるが、今のクーロの立場から、クーロはそれが最善と判断した。
仮にクーロが二百五十人規模を率いる大隊長以上の立場であれば、敵上位弓兵への対処としては、不十分であるが……。
さて、クーロは手持ちの槍を投げた後、刃渡り五十センチメートルほどの短剣を抜き身で右手に持っている。
槍を失った後の護身用の武器であったが、クーロはあえてそれだけを持ち、落ちている槍を拾うことはしなかった。
クーロは、この時この場での自分の役割は、小隊の一槍兵ではなく、この一帯の司令官であると認識した。
そしてそれは、ヨグルやヘルリン小隊長のみならず、ここに集結してくる兵全員が望んでいることであった。
やがて二十分ほど後、クーロの指示で、ヘルリン小隊長とヨグルは、鉄槌の敵兵を誘うように徐々に後退を開始する。
後退は、この二人のみでなく、ヘルリン小隊の面々、並びにここに合流した二小隊の兵たちも皆、一斉に後退を開始した。
鉄槌の敵兵からすれば、ようやく聖王国の陣深くに攻め込めると考え、後退する敵兵を追うように前進する。
むろん、後続する敵兵も鉄槌の兵に続き同様に、前進を始める。
その時であった。
別の二小隊が、前進する鉄槌の兵からおよそ二十メートル後方の左右からいきなり撃って出、そのまま前進している敵を分断したのであった。
この二小隊は、キカー小隊に続き、クーロのいる場に馳せ参じた二小隊であった。
むろん、この二小隊の長が、それぞれクーロから指示を受けた故の分断攻撃である。
クーロからの指示を受けた二小隊長は、一度は合流したヘルリン小隊から離れ、ヘルリン小隊達が戦っている敵から死角になる茂みに潜んだ。
その茂みに潜んだ二小隊は、ヘルリン小隊が後退し、鉄槌の兵とそれに続く兵が二十メートル前進した頃合いを見計らい、同時に左右の茂みから撃って出たのであった。
鉄槌の兵は、目の前の槍兵と切り結ぶのに全神経を集中しており、まさかその後ろにいるクーロが、各小隊長にそのような指示を出していたとは、想像すらしていなかった。
冷静に考えたら、合流したはずの兵たちが、そのままその場から一度離れた不自然さに、本来は気づくべきだったのかもしれないが、まさか最前線の素人同然の下位兵たちが、そのような高度な戦術を用い、集団で動いているとは、夢にも思わないものである。
ましてや、奇襲的な攻撃を加えたのは自分(ミケルクスド側)なのであるのだから……。
むろん、クーロという存在があって、起こった出来事なので、この戦いの総司令官であるマデギリーク将軍の息子が、まさか奇襲した一帯の小隊の一員にいるとは、敵からすれば不幸過ぎる偶然であり、前進した鉄槌の兵たちが迂闊であると考え、それを咎めるのは、いささか酷であろう。
〔参考 用語集〕
(人名)
キカー(聖王国の小隊の長)
クーロ(マデギリークの養子)
ヘルリン(クーロの所属している小隊の長)
マデギリーク(クーロとツヴァンソの養父。将軍)
ヨグル(クーロの付き人)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)
ミケルクスド國(ヴェルト八國の一つ。西の国)
(兵種名)
第一段階(兵の習熟度の称号の一つ。一番下のランク。ファーストランクとも言う)
第二段階(兵の習熟度の称号の一つ。下から二番目のランク。この称号を与える権限は町や村の長或いは地方領主以上の者が持つ。セカンドランクとも言う)
ボウポーン(第一段階の弓兵)
(その他)
小隊長(小隊は十人規模の隊で、それを率いる隊長)
大隊長(大隊は二百五十人規模の隊で、それを率いる隊長)




