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【205 第一次西部攻略戦(一) ~始動~】


【205 第一次西部攻略戦(一) ~始動~】



〔本編〕

 ソルトルムンク聖王国は、龍王暦二一〇年二月一五日にバルナート帝國との不可侵条約が締結されたのを機に、領土拡大に向けて本格的に動き始めた。

 同年四月一日、その具体的な軍事行動の始まりが、先ず聖王国の西部方面で起こる。後世に、『聖王国における西部戦線第一段階』、或いは『第一次西部攻略戦』と呼ばれる戦いがそれである。

 その作戦の具体的な内容は、バラグリンドル地方攻略によって獲得した聖王国の海岸線と領海を、盤石なものとするためのミケルクスド國領へのさらなる侵攻のことであった。

 『西部戦線の第一段階』、或いは『第一次西部攻略戦』という呼び名の軍事行動がこれから始まろうとしているが、実はその前段に当たる戦いが既にあり、それが二〇一年のジュリス王国との軍事同盟と、そのジュリス王国との共同戦線によるドクサ地方攻略戦、そして二〇三年から二〇九年までの足掛け七年に渡るバラグリンドル地方攻略戦がそれであった。

 今回の作戦は、このドクサ、バラグリンドル二地方を橋頭保として、さらにミケルクスド國領内深くに侵攻していくものであった。

 南北に分断された状態のミケルクスド國北部側は、首都兼王城であるイーゲル・ファンタムのある側であり、そこに侵攻していくのであるから、敵ミケルクスド國も以前に増して死に物狂いの防衛並びに迎撃をしてくるのは、当然と思われる。

 それはつまり、ミケルクスド國三将軍と呼ばれる最高峰の将軍たちとの直接対決を意味していた。

 ブーリフォン聖王もそれは十二分に理解しているため、今回の侵攻には聖王国としても最強の軍編成で挑むつもりであった。


 今回の攻略戦におけるソルトルムンク聖王国の軍は二つ。

 一つが、ジュリス王国領のドクサ地方からジュリス王国軍と共同でミケルクスド國へ北方から攻め込む軍――、『北軍』と呼称されるこの軍の総司令官はマデギリーク大将軍。

 ソルトルムンク聖王国唯一の大将軍であり、その軍は現在の聖王国において最強であった。

 この『北軍』と共同戦線を組むのが、ジュリス王国一の将軍であり『生ける武神』の異名を持つフセグダー将軍。

 今年、御年おんとし七二になる老将軍ではあるが、老いてますます盛んという言葉の如く、年を重ねるごとに精強さを増し、まさかの七二歳の今年が最盛期であった。

 そしてもう一つの軍が、バラグリンドル地方からミケルクスド國北部に南方から攻め込む軍――、『北軍』に対し『南軍』と呼称されるこの軍の総司令官は、二一〇年の今年、将軍になったばかりのヌイ。

 二七歳という若さで将軍に抜擢された彼の軍は、総合的な強さではマデギリーク大将軍の軍には及ばないものの、こと攻めに関していえば、マデギリーク大将軍の軍以上であった。

 さらにそのヌイ軍の別動隊としてツヴァンソの中官軍が『南軍』に加わり、ツヴァンソがヌイ将軍の副官を務めることとなった。



 さて、この当時のミケルクスド國は十七の地方によって形成されている。

 そのうちドクサ地方とバラグリンドル地方を、ジュリス王国とソルトルムンク聖王国にそれぞれ奪われたため、今は十五である。

 さらにミケルクスド國は、バラグリンドル地方で南北に分断された状態であり、南部側に六地方、北部側に九地方という内訳である。

 そのうち北部九地方は、ドクサ地方側に四地方、バラグリンドル地方側に四地方、そして王都イーゲル・ファンタムを含む一地方であった。

 このうち、イーゲル・ファンタムを含む一地方の一部と北方側(ドクサ地方側)の内陸部の二地方は、通称“ワイヴァーンパレス”と呼ばれている標高五千メートル級の高山地帯であり、この高山地帯が飛竜ワイヴァーンを始めとする飛行動物たちの生息地域であった。


「ワイヴァーンパレスの中心地であるナグモス地方の攻略は、さすがに不可能だ! ワイヴァーンを始めとする飛行動物の生息地域であるこの高山地帯が攻略できれば、我がジュリス王国は、陸のホースと空のワイヴァーンという二大機動力を有する国家になれるのだが、それは聖王国のマデギリーク大将軍の軍勢の力添えがあったとしても不可能であるな!」

 ジュリスの生ける武神フセグダー将軍は、マデギリーク大将軍にそのような愚痴をこぼす。

「ははっ、さすがは生ける武神! 目指す目標がどこまでも大きいですな! たしかにワイヴァーンパレス攻略は、今の我らの戦力では、例えるなら難攻不落の城の壁に卵をぶつけるが如く無力ではありましょう。 ……しかし、海岸線を南下し、王都イーゲル・ファンタムを包囲し、ワイヴァーンパレスとイーゲル・ファンタムの二つを切り離せば、ミケルクスド國から飛兵の優位性を失わせることができ、その後、じっくりとワイヴァーンパレスを攻略することも近い将来、可能やもしれません。いかがですか、フセグダー将軍!」

「うむ、さすがはマデギリーク大将軍! 地道にミケルクスド國の国力を削っていけば、いずれはワイヴァーンパレスという大いなるモノも手中に出来るというわけだな。大いに結構! それでは手始めにドクサ地方と接している海岸沿いのホウニィアオ地方辺りから攻略していくとしようかの……!」



 今、ミケルクスド國の王都イーゲル・ファンタムは、この未曽有の危機に、そこに住まう誰もが浮足立っていた。

 ソルトルムンク聖王国とジュリス王国によるこれまでにない大々的な侵攻に、王都が敵国の兵に蹂躙されるという、今までに経験したことがない事態を、容易に想像できるからである。

 北から南下してくる聖王国とジュリス王国の連合軍、この軍と王都の間には二地方分の距離しかない。同様に、南から北上してくる聖王国の軍に対しても、同じく海岸線の二地方分の距離しかない。

 これに、ミケルクスド國現王ツァイトオラクルは早々にパニック状態の精神となり、連日のように重臣を召集しては、ヒステリックに皆々を怒鳴りつけるだけであった。

 そしてこの重臣召集の席上に“王都の虎”の異名を持つ宰相セミケルンはいない。

 ……否、元宰相であるセミケルンは、ツァイトオラクル王お気に入りの佞臣たちが政治の場に返り咲いたことにより、宰相の地位をはく奪され、その上王都に投獄されていたのであった。




〔参考一 用語集〕

(人名)

 セミケルン(ミケルクスド國の元宰相)

 ツァイトオラクル王(ミケルクスド國現王)

 ツヴァンソ(マデギリークの養女。クーロの妹。中官)

 ヌイ(クーロ、ツヴァンソと同世代の指揮官。将軍)

 ブーリフォン聖王(ソルトルムンク聖王国第六代聖王)

 フセグダー(ジュリス王国の将軍。『生ける武神』の異名を持つ)

 マデギリーク(クーロとツヴァンソの養父。大将軍)


(国名)

 ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)

 ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)

 バルナート帝國(ヴェルト八國の一つ。北の強国)

 ミケルクスド國(ヴェルト八國の一つ。西の国)

 ジュリス王国(ヴェルト八國の一つ。西の国。聖王国と同盟を結ぶ)


(地名)

 イーゲル・ファンタム(ミケルクスド國の首都であり王城)

 ドクサ地方(ジュリス王国領)

 バラグリンドル地方(ソルトルムンク聖王国の一地方)

 ワイヴァーンパレス(ミケルクスド國に広がる標高五千メートル級の高山地帯。ワイヴァーンが数多く生息している)


(竜名)

 ワイヴァーン(十六竜の一種。巨大な翼をもって空を飛ぶことができる竜。『飛竜』とも言う)


(その他)

 三将軍(ミケルクスド國で最も優れた三人の大将軍のこと)

 中官軍(三千人規模の軍)

 副官(将軍位の次席。率いる軍組織は特に決まっていない)

 ホース(馬のこと。現存する馬より巨大だと思われる)


〔参考二 大陸全図〕

挿絵(By みてみん)

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