【020 ふたりの初陣(十二) ~弓兵の脅威~】
【020 ふたりの初陣(十二) ~弓兵の脅威~】
〔本編〕
今現在、ヘルリン、シンティエンオ、二小隊二十人で第一次防御陣を構築していた箇所を、フォルが伝令で不在のため、半分の十人で守っている状態である。
敵ミケルクスド軍は精鋭兵を投入しているので、このままでは敵に突破され、侵入を許してしまう。
しかし、後続する数人の敵兵が鉄槌の敵兵と合流した頃には、ヘルリン小隊の元に、さらに七人の聖王国兵が合流していた。
フォルの伝令によって、すぐ左隣の小隊――ヘルリン小隊の最初の位置からは二つ左側の小隊――の七人であった。
このように、時間の経過と共に、敵もこの地点に兵を投入してくるが、味方も順繰りにこの地点に兵を増援させている。
まさにクーロの言うよう、この一帯が主戦場の様相を成してきているのであった。
その中にあって、今、クーロは直接戦いには加わっていない。
クーロは、ヨグルとヘルリン小隊長の真ん中に立ち、槍を両手で構えた形で、ずっと敵陣の奥を凝視していた。
鉄槌を振り回している敵兵も、当然強敵ではあるが、それよりクーロが警戒しているのが、この戦いの発端を作ったシンティエンオ小隊長を屠った弓兵の存在であった。
敵陣奥から、シンティエンオ小隊長の額を一発で射抜いたその実力から、上位級の弓兵であるのは間違いなく、敵陣奥でその弓兵のいる場所が特定できない現段階で、同じように味方が矢で射抜かれるのは、目の前で暴れている鉄槌の敵兵より、はるかに脅威であった。
その弓兵は、弓兵の性質から極めて冷静に、この戦況を観察し、主となるべく兵に狙いを定めるはずである。
最初にシンティエンオ小隊長に狙いを定めたように……。
……では、この状況下でどの兵に狙いを定めるか?
すぐに壊滅寸前のシンティエンオ小隊に合流したヘルリン小隊の小隊長、あるいは新兵が多い最前線の中で熟練の動きを見せているクーロの付き人ヨグル、この二人のどちらかに狙いを絞るのに間違いない。
クーロはそう考え、ヘルリン小隊長とヨグルの真ん中に位置し、槍を両手で構えた状態で、その矢が放たれるのを待った。
槍兵として、弓兵から放たれる矢を槍で弾く訓練を、クーロは散々行っている。
それでも訓練と実戦では勝手が違う。
訓練では、ある程度シミュレーションされたパターンを行うので、今回のように敵の居場所が確認できず、かつ自分を含む両隣の都合三人のいずれかを狙う矢に対処できるかは、五分五分といったところである。
その上、上位弓兵の必殺の一射を待つプレッシャーたるは、訓練中に味わう緊張度をはるかに超えている。
その緊張の中、クーロは正面からこちらを狙う矢に全神経を集中する。
そしてその際、右利きのクーロはあえて、左手を槍先の方に添え、左が上の斜めの構えで待った。
本来右利きであれば、右手が槍先側で、右が上斜めの構えが一般的であるが、それでは右利きということを敵に察知され、自分の右隣りにいるヘルリン小隊長が狙われる可能性が高くなる。
右利きであれば、右側の方が近い分、防御しやすいと素人なら考えるが、実は利き手を身体の内側(左側)に動かす方が、速く正確に出来るのである。
それゆえ、左が上の槍の構えで、左利きのように見せることによって、左側にいるヨグルを狙うよう誘ったのであった。
精鋭である上位弓兵であれば、最初の動きだけで右利きを看破するかもしれないし、さらに言うと、最初からそれが誘いの構えであると気づくかもしれない。
そこは一種の賭けではあるが、最前線の素人兵が、そこまで高度なことを考えてくるとは、精鋭兵であれば逆に思わないのではないかと、クーロは考えを巡らし、さらにヨグルであればヘルリン小隊長より、自分で己に向かってくる矢に対処できるであろうと思案した末の戦法であった。
それでも、思惑通り左のヨグルを狙った矢を、必ず迎撃できるという自信があるわけでなく、さらにヨグルが対処できるレベルの上をいく矢が飛んでくるとも考えられる。
いずれにせよ、これが今のクーロが考え付く最善の手ではあるが……。
さて、クーロが伝令役として選んだヘルリン小隊のフォルであるが、足が速いだけでなく、いくつかの能力を発揮する。
先ず、伝令役として非常に有効な能力である伝令を、簡潔かつ正確に伝える、という能力に長けていた。
各小隊長に簡潔かつ正確に内容を伝え、その際、クーロの名前を最大限に利用し、要請というよりほぼ指示に近い形で伝えた。
今回の戦いの総司令官にあたるマデギリーク将軍の養子であるクーロの名は、指示という形で非常に有効に働き、伝えられた小隊長達は、指示されたが如く、すぐに前線に三人の槍兵だけを残し、すぐさまヘルリン小隊がいる地点に急行した。
この辺りのフォルの判断の早さは、足の速さ以上の能力であり、結果、敵方の今回の策を挫くことに、大いに貢献した。
そして、フォルの優秀なところのもう一つが、各小隊長に、クーロのいる地点に赴き、そこでクーロからの具体的な指示を仰ぐよう伝えたところであった。
当初、クーロがフォルに伝令を依頼した段階では、とにかく今ヘルリン小隊がいる地点が、ここ一帯の主戦場となるので、この地点に集結するようにという抽象的な依頼内容であったが、その段階から刻一刻と戦況は変化している。
これは戦場においては当然のことであるが、そのため合流する小隊の時間や順番によって、小隊の役割が刻々と変化していくものである。
それを見越してフォルは、クーロのいるところに、小隊合流のタイミングで、そこの小隊長を向かわせることによって、クーロは合流した小隊に、その都度、的確な役割を伝えられることができたのであった。
それは、漠然とこの地点に兵を投入されるより、はるかに効果的であり、クーロ自身も、その時の戦況に応じて、実際に各小隊長に、それぞれの違った指示を出すことができたのであった。
……空気を割くような鋭い音と共に、矢が迫る。
クーロは瞬時にそれを察知し、同時に、手にしている槍を左隣のヨグルの前に繰り出す。
右利きを隠すために、左を上にした斜めの構えであったため、クーロは右手で、槍を押し出すような形でヨグルの前に槍を繰り出した。
それは、右を上に構えているよりは、少々ぎごちない動きとなり、槍を繰り出す速度が多少遅くはなったが、それでも利き手で押し出した槍は、ヨグルに迫る矢に見事接触し、結果、矢の軌道が変化し、ヨグルの鎧の左肩口を少し掠りながら、矢は上空に消えていった。
“思った以上に手強い弓兵だ! 次、同じ手は効かない!! おそらく今ので右利きということも看破されたはず……!”
クーロがこう考えた通り、ヨグルを狙った矢が外れたのは、多分に運も味方した結果であった。
狙った矢がヨグルの左胸のあたりでなく、もう少し下の腹部や、逆に上の頭部であったら、おそらくクーロの槍は、放たれた矢を掠ることすら出来なかったであろう。
それでも、クーロにも一つ収穫があった。
最初の一射――シンティエンオ小隊長が倒された時より、敵陣の奥とはいえ、真正面から矢が放たれた瞬間をとらえることが出来たので、弓兵のいるおおよその位置を限定することができた。
しかし、今のクーロには、その収穫を生かすほどの技量は持ち合わせていない。
クーロはすぐに右上斜め構え――右利きが最も力を発揮できる構えに切り替えた。
クーロは、敵弓兵に自分が右利きと知られた以上、次に狙われるのは、自分の右隣りにいるヘルリン小隊長である可能性が高いからである。
〔参考 用語集〕
(人名)
クーロ(マデギリークの養子)
シンティエンオ(聖王国の小隊の長)
フォル(ヘルリン小隊の一員)
ヘルリン(クーロの所属している小隊の長)
マデギリーク(クーロとツヴァンソの養父。将軍)
ヨグル(クーロの付き人)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)
ミケルクスド國(ヴェルト八國の一つ。西の国)
(その他)
小隊長(小隊は十人規模の隊で、それを率いる隊長)




