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【002 救い主】


【002 救い主】



〔本編〕

「……ところで、クーロ! お前はこれまでにランスを扱ったことはあるのか?!」

 マデギリークの声が聞こえ、キャナリについて回想していたクーロは、現実世界に引き戻された。

「あっ! いえ! 僕は奴隷ですので、そのような……」

「ああ! お前が奴隷なのは知っている。わしが、お前をエーレの地方領主デスピアダトから買い取ったのであるから……」

「……」

「クーロ殿!」

 続いて、執事のナヴァルがクーロに話しかけた。

「旦那様は、クーロ殿が奴隷であることも、奴隷は本来、ヴェルトの民のように十歳で武器を一つ選び、『ポーン(兵士)』という称号になることが出来ないのは、当然ご存じであられます!

 その上で、旦那様はお尋ねになっておられます。クーロ殿は、隠れてランスの修行をしていたのではないかと……。むろん、それを咎め立てているわけではないので、正直にお答えなされませ!」

「はい!」

 クーロはそう答えながら、どうやら本当に命が救われたということについての実感が湧いてきた。

 生きるために心を殺し、キャナリと会って一度は生きる希望が湧き、そのキャナリが死に、ツァンダスを思わず殴ったことにより本物の死に直面し、またここでどうやら生き残れることになったようである。

 クーロとしても、まだ心の整理がちゃんとついているわけではないが、それでもマデギリークの質問については、すぐに答えられた。

「いえ! ランスは握ったことすらありません! 奴隷の立場で、槍を修行している現場でも見つかれば、領主様への反逆と見なされ、その場で処刑されてしまいます。そのような仲間を実際に見たことも、一度や二度ではありません!」


「そうか!」

 マデギリークは、クーロのその答えに満足し、嬉しそうに執事の方を向く。

「この少年は、ヴォルフの刑において、初めて槍を手にしたということだ! そして、その槍で実際にヴォルフを一頭倒している! これは驚くべく才能だ!! ナヴァル! 助けて正解だったな!」

「はあ~」

 ナヴァルは、マデギリークほど興奮はしていない。

「……確かに、初めて槍を持って、ヴォルフを仕留めたのはすごいですが、人は必死の時には、そのような考えられない力を発揮するのではないでしょうか? わたくしには、旦那様が、ヴォルフのいる処刑場の中に入ってまで、クーロ殿を助けるほどのことではないと思いましたが……」

「ナヴァルは何も分かっておらぬ!」

 マデギリークは、笑いながら、ナヴァルに言う。

「死に直面した場面とはいえ、木の槍という脆弱ぜいじゃくな武器で、獰猛なヴォルフを一撃で倒すには、槍の才能が無ければ絶対に無理だ! 今の我が国家の実情を鑑みるに、クーロは死なすには惜しい人物と、わしは思った! わしの人物眼の確かさは、お前もよく知っていよう!」

「まあ、旦那様のその才能は、当然私も認めているところではあります。しかしながら、旦那様の場合、多くの人物を登用しているので、それで多くの人物の才能を見極めているように、皆が錯覚しているのではないのですか? 登用する人数が多ければ、何人かは才能のある人物がその中におり、それで、あたかもその人物の才能を見抜いているように、他人の目には映るのではないでしょうか……」

 ナヴァルは、そのような皮肉を主人であるマデギリークに向かって呟いたが、実際にマデギリークが、優秀な人材を何人も見出しており、その人物を見る眼の確かさについて、ナヴァルがマデギリークに絶大の信頼を抱いているのは、ナヴァルの目を見れば分かることであった。

「……僕が、ヴォルフを倒した?!」

 しかしクーロには、マデギリークとナヴァルの後半の会話の内容については、全く頭に入っていないようであった。

 今、クーロの頭の中を支配しているのは、自分がヴォルフを倒したらしいという驚愕の事実だけであったので……。


「そうだ!」

 マデギリークは、高揚した気持ちのまま、大声でクーロに応じた。

「お前は夢中で覚えていないかもしれないが、確かにお前はヴォルフを倒した! 大きな顎をあけ、鋭い牙でお前ののど元を噛み破ろうと迫ったヴォルフを、お前はその獣の開いた口に向かって、一気に木の槍を突き入れたのだ。それも右手一本で……。

 ちょっとでも迷いがあれば、ヴォルフの牙がその槍を噛み砕く! あるいは素早くよけられるであろう。瞬時に速く鋭い突きでなければ、ヴォルフの固い頭部を貫くことは不可能だ! お前は、その鋭い突きを、ヴォルフの口の中に繰り出し、見事にヴォルフの後頭部を砕くよう貫き、一撃にてヴォルフを絶命させたのだ!

 ……ただ、武器としてはお粗末なその木の槍は、ヴォルフの頭部の固い骨を貫いたことにより、そこで折れて使い物にはならなくなってしまったが……。お前はそれを全く覚えていないようだな!」

「はい! ヴォルフの巨大なあごが見えたところまでしか覚えておりません!」

 クーロはマデギリークに、素直にそう答えた。

「まあ、槍を一度も握ったこともないお前なら、そのような無意識状態ででもない限り、そのような突きは繰り出せないであろう。いずれにせよ、槍への天賦てんぷの才がなければ、成しえない事柄であるのは確かだ!」

 マデギリークが、また満足そうにそうつぶやいていた。


「……それで、何故? 僕……いや、私は、まだ生きているのですか?!」

 クーロの最初から頭に付きまとって離れない疑問を、やっとマデギリークに問いかけることができた。

 ここで目覚めて、そしてマデギリークとナヴァルが自分の前に現れた当初は、何がどうなっているのか、記憶の混濁もあったが、兎にも角にも、ここに至り、やっと事情が幾分か理解できた。

 それでも、……いやそれだからこそ、あのヴォルフの刑から、どうやって自分が助かったのかが、さっぱり分からない。

 今、マデギリークが言ったように、仮に自分の力でヴォルフを一頭倒すことが出来たとして、まだ他に複数頭のヴォルフが処刑場そこにはいた。どう考えても、あの状況下で助かるとは思えない。

「……それはな、わしがあの処刑場に飛び込んで、残りのヴォルフを全て倒したからだ!」




〔参考 用語集〕

(人名)

 キャナリ(デスピアダトの奴隷少女)

 クーロ(デスピアダトの奴隷少年)

 ツァンダス(デスピアダトの一人息子)

 デスピアダト(エーレ地方の領主)

 ナヴァル(マデギリークの執事)

 マデギリーク(タシターン地方の領主)


(国名)

 ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)

 ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)


(地名)

 エーレ地方(ソルトルムンク聖王国の一地方)


(兵種名)

 ポーン(第一段階の兵の総称)


(その他)

 ヴォルフ(この時代の獣の一種。現在の狼に近い種)

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 内容は面白そうなのですが、感嘆符が多くて少し感情が分かりにくいです
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