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【018 ふたりの初陣(十)】


【018 ふたりの初陣(十)】



〔本編〕

 黒騎士の立場からすれば、己一人の力でツヴァンソを倒すつもりはない、……というか、その必要が全くない。

 ここでツヴァンソの騎馬の足さえ止めれば、後は時間の問題である。

 時とともに分厚くなっていく包囲による集団戦術で、ツヴァンソを倒せばいいだけの話である。

 そして思惑通りに、ことが進んでいる。

 後、二分ほどツヴァンソと鍔迫つばぜり合いを続け、その後、包囲している部下にツヴァンソを討ち取るよう命じ、自分はそのまま自陣奥に下がればいいだけ。

 しかし、その黒騎士の思惑は次の瞬間、根底からくつがえる。

 ツヴァンソを包囲している自陣が背後から崩れ始めたからであった。

 ツヴァンソの付き人であるムロイと、マデギリーク将軍直轄の騎兵が数騎、ツヴァンソを包囲している陣の背後から攻めかかったからであった。

 むろんツヴァンソを包囲している陣の外周にあたる兵は、外側を向き、敵がその陣に侵入するのを防ぐ形にはしていた。

 それでも、マデギリーク将軍直轄の上位ランクの騎兵の突進の前では、それは道端に落ちている石ころ程度の障害にしかなり得ない。

 そして、道端の石ころと例えられた如く、上位騎兵の馬蹄に蹴散らされ、それらの兵は侵入阻止のひと支えすら、かなわなかった。


 結局、ツヴァンソを包囲していた陣は脆くも崩れ去り、多くのミケルクスド兵がマデギリーク将軍直轄の騎兵並びにそれに続く歩兵によって切り崩された。

 黒騎士にしても、このままでは逆に自分の方が敵将軍の騎兵に討ち取られると察し、ツヴァンソとの戦いを放棄して、その場から逃れようと画策した。

 ここで、ツヴァンソと黒騎士の立場が逆転した。

 むろん黒騎士の思い通りに、ツヴァンソがさせるはずもなく、黒騎士がこの場から逃れるために放った焦りの突きに対し、自らの剣を叩きつけるツヴァンソ。

 さきほどまでの余裕を全く失くした黒騎士の突きは、槍が突きで伸び切ったところをツヴァンソの剣を叩きつけられ、真二つにされた。

 そして、そのまま黒騎士に肉薄したツヴァンソは、黒騎士の右肩から左斜めに剣を振り下ろす。

 黒騎士は右肩から左腰にかけ、胴を斜めに真二つにされ、そのまま息絶える。

 ツヴァンソにとって、初めての強敵であったが、倒した以降は、全くそれに興味を示さず、目の前で潰走する敵に攻めかかり、さらに二人の敵を屠る。

 これでツヴァンソは、三日間の戦いで、初日の二人を加え、七人の敵を倒したことになる。

 初陣としては、上出来過ぎるほどの戦績であったが、それにツヴァンソは全く納得しておらず、さらに敗走する敵に追いすがろうとした。

 しかし、それは付き人のムロイによって阻止された。

「ツヴァンソ様!!」

 ムロイは鬼のような形相でツヴァンソに詰め寄る。

「命令無視の一騎駆けは、戦場では死罪に当たるほどの重罪ですぞ! 敵を倒せたから、味方に寛大過ぎるマデギリーク様であれば、あるいは大目に見られるかもしれません! しかしこれが、マデギリーク様のではなく、別の将軍のもとであったなら、いくら手柄を立てようが死罪を免じてもらえない場合もあります!

 それほどのことをツヴァンソ様はおこなったのです! 将軍を目指すツヴァンソ様に申し上げますが、目先の手柄に走り、大事を見失ってはなりません!! これ以上の進軍は、このムロイが許しません!!」

 次から次へと畳みかけるように出てくるムロイの言葉に、普段はすぐに言い返すツヴァンソだったが、今回は一言も返すことが出来ず、そのままムロイの言葉に従い、味方の陣に戻った。



 さて、ツヴァンソが独断の一騎駆けを敢行し、ツヴァンソ自身が敵の包囲下で討ち取られるかという危機を経験した初陣三日目。

 クーロの身にも、ある危機が訪れる。

 ただクーロの場合は、クーロ自身が招いたものではなく、クーロの所属する小隊のすぐ隣の小隊で起こった危機であった。

 この三日目、クーロは二日目に引き続き、小隊の後列であるいわゆる前列をサポートする役割を任され、昨日同様、その任務を黙々と遂行していた。

 そして昨日より、クーロがその任務を完璧にこなしているように、付き人のヨグルの目には映った。

 ずっとクーロと共にいるヨグルにとっても、このことは新鮮な驚きであった。

 将軍になるべくいろいろな教育や訓練を受けているクーロを知るヨグルには、クーロがそれを習得するに当たっての真剣さはよく理解できる。

 しかし、クーロが何事にも真剣に取り組んでいるのに比して、それほど教育や訓練の成果がクーロには見受けられない。

 クーロと同世代で、クーロ程の英才教育的なものを受けていない一般の者の方が、むしろクーロより物事の習得が早いのである。

 そしてその者は、特に才能があるといったような者ではなく、文字通り一般の者であった。

 このことからヨグルには、クーロは物覚えの悪い劣等生のように見えることがかなりの頻度である。

 ヨグルとしても付き人の立場上、マデギリーク将軍にクーロの成果を定期的に報告しているが、むろんはっきりと物覚えが悪いとは報告はしていない。

 それでもオブラートに包むよう軽くではあるが、マデギリークに客観的には伝えている。

『クーロ様は将軍には向いていないのではないかと……』とか、

『それであれば、将軍になるべく教育を早々に切り上げ、別の道を模索させた方が、教育を受けているクーロ様にとっても、教育を受けさせているマデギリーク様にとっても良いのではないかと……』とか。

 しかしマデギリークは、ヨグルのその報告を笑いながら聞き、特にその後、クーロへの教育や訓練の方針を変えることなどはなかった。

 ヨグルもクーロのことは大好きなので、ホッとする反面、本当にそれで良いのかと自問自答することもたびたびあった。

 しかし今回の初陣を通じて、ヨグルはあることに気づかされる。

 クーロは決して物覚えが悪いわけではなく、また能力が他者より劣っているわけでもなく、むしろ物事に対し、一般の者が踏み込めないほどの深い洞察力を持っているということに……。

 それゆえ、基礎や基本を習得するのに他の者より多くの時間を要するのだと。

 むろん、ヨグルがはっきりそうだと言い切るほどの確信はまだないが、少なくとも実戦の中において、クーロは、これまでの教育や訓練で培った諸々の能力を飛躍的に開花させている。

 一般的に、訓練で習得したことを実戦でそのまま生かせる者のほうがごくまれである。

 ある程度、実戦を経験した者であれば、訓練通りに実戦で戦うことも出来るかもしれないが、クーロは今回が初陣である。

 それなのに、訓練通り、否、訓練以上の成果を出している。

 これは学んだこと、修練したことの基礎、基本を熟知し、かつ自分の身体の血肉にそれを同調させるほど浸透させていなければなし得ないことである。

 そして、ヨグルは三日目の今日、クーロに対するその考察が確信に変わる。

 ヨグルにそう思わせるほどのことを、クーロはこの初陣三日目におこなう。




〔参考 用語集〕

(人名)

 クーロ(マデギリークの養子)

 黒騎士(ミケルクスド國の兵)

 ツヴァンソ(マデギリークの養女。クーロの妹)

 マデギリーク(クーロとツヴァンソの養父。将軍)

 ムロイ(ツヴァンソの付き人)

 ヨグル(クーロの付き人)


(国名)

 ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)

 ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)

 ミケルクスド國(ヴェルト八國の一つ。西の国)


(その他)

 ホース(馬のこと。現存する馬より巨大だと思われる)

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