【016 ふたりの初陣(八) ~ツヴァンソ駆ける~】
【016 ふたりの初陣(八) ~ツヴァンソ駆ける~】
〔本編〕
このツヴァンソの一騎駆けには、味方も面食らいはしたが、敵の驚きはそれ以上であった。
当然、初日、二日目のツヴァンソの行動を知っている敵兵は、強敵としてツヴァンソを認識しており、充分警戒もしていた。
しかし、初日は味方のホースを奪って、自分たちの陣に駆け入ってきたわけであるが、二日目の昨日は、徒歩での攻撃であったため、それについては、槍兵の防衛で十分対応できていた。
そして、先ほどまで、一昨日、昨日と同様、目の前の強敵は歩兵であった。
……なので、今日も徒歩であると認識していたところ、後方に姿を消した途端、ホースに騎乗して一気に攻め寄せてきたのであるから、前面の敵兵の驚きは尋常ではすまない。
それもその騎乗しているホースは、昨日、マデギリーク将軍のところから無断拝借したホース。
いわゆる将軍が騎乗する馬である。
並みのホースより強靭の上、二倍速いので、そのホースの突進だけで、並みの兵士の肝の一つくらい簡単に吹き飛んでしまう。
そのような将軍のホースに、一昨日、鬼神のような働きを見せた兵士が乗っている。
突然、そのような兵が、こちらに次の思考を巡らす暇すら与えず、一気に迫る。
ミケルクスドの前列の槍兵二人は一瞬にして蹴散らされ、その横に並んでいた槍兵たちは、自らの横を走り去っていくこの敵兵に対し、振り返ることすら出来なかった。
自分が標的にされなかったことへの安堵感と、仮に振り返ったことにより、自分の背後に戻ってくるのではないかという言い知れぬ恐怖感からであった。
ミケルクスド國兵の最前列が、石像のように固まっている間に、ツヴァンソを乗せた灰色のホースは、既にそこから五十メートル先にいる敵に攻撃を仕掛けていた。
「各小隊! 全速前進!!」
ムロイのところに遣わされた騎兵と、それに続く九人の騎兵が、声を張り上げ、ツヴァンソ所属する小隊と、その左右十小隊に命令を飛ばす。
十人の騎兵は、小隊に命じるのみならず、自分たちは小隊より先に敵陣に攻め入ったのであった。
この十人の騎兵は、全員がマデギリーク将軍直轄の親衛隊であり、一人一人が本来であれば、千から二千の兵を指揮する立場の兵で、兵のランクも、最低で第三段階の銀騎兵、ほとんどが最終段階の金騎兵たちであった。
兎にも角にも、ツヴァンソの一騎駆けに続き、十騎の高位騎兵、さらに十一の小隊――数にして百を超える兵が、ミケルクスドの陣に攻め入ったのである。
ひたすら守りに専念し、自分たちが攻めるまで、決して手を出してこなかった軍の、一部とはいえ、百以上の兵が積極的に攻めかかってきたのである。
これにはここの指揮を任されている敵指揮官からしても、寝耳に水の出来事であった。
ある意味、予期せぬ奇襲を受けたぐらいの衝撃にはなったであろう……。
自分は、単身で敵陣に攻め入った――今のツヴァンソの意識がこれである。
後ろから大きな喚声がしているので、当然、自分以外の味方も攻めに転じていると気づきそうなものだが、この時のツヴァンソにそのような意識は一切無かった。
攻めるのに必死で、余裕がないから気づかないのではない。攻めることにしか意識がないだけであった。
今日のツヴァンソは、昨日の思うように戦えなかった鬱憤を、取り返そうとするが如く、存分に暴れ回っていた。
……いや、恐らくは初日以上の戦績の三日分にあたる三倍の戦績を、今日一日で成し遂げようといった意識で戦いに挑んだといったほうが正解であろう。
一騎駆けで、敵陣に孤立してしまうかもという懸念すら、今は持ち合わせていない。
初陣ゆえ、戦の恐れが分からないという要素も多少はあるが、それよりもたとえ、敵の包囲下に陥ったとしても、自力で必ずそこから脱せるという自分に対する信仰にも近い絶対的な自信からであった。
ツヴァンソは長剣を振り回し、敵陣を縦横無尽に駆ける。
しかし、ツヴァンソからすれば、思ったより敵が倒せないことに対し、イライラが募る。
敵陣に攻め入って二十分ほど経過しているにもかかわらず、ツヴァンソが確実に倒したと実感できる敵は、たったの二人であった。
最初に攻め入った際の槍兵と、その二分後に倒した歩兵の二人については、長剣を振り下ろし、一撃で一人は兜ごと頭を砕き、もう一人は右肩から左脇腹へ斜めに切り落としたので、先ず間違いなく即死させたはずである。
後、幾人かは傷を負わせたとは思うが――むろん、その傷が元で後ほど亡くなる敵兵はいると思うが、少なくともその場で絶命させたという実感は持てない。
つまり、ツヴァンソにとって十分な戦果を、自分があげているとは到底思えないのであった。
ツヴァンソが、思ったように戦績が挙げられないのには、わけがある。
ツヴァンソに対し、積極的に戦いを挑む者がいないからである。
一昨日と昨日のツヴァンソの攻めを目の当たりにしている敵兵からして、自分たちがツヴァンソに一人で挑んで勝てると考える者はいない。
少なくとも、この最前線でそのような敵はいなかった。
初日こそツヴァンソは、敵兵にとって未知の存在であったため、敵の騎馬を奪って攻め込んできたツヴァンソに対し、そのようなうかつな兵を討ち取ろうと考える敵兵もいて、実際に騎兵の中にはツヴァンソに正面から挑む者も何人かはいた。
しかし、それらの者はことごとくツヴァンソによって討ち取られるか、重傷を負わされた。
その結果が、初日の二人を倒し三人を負傷させたというツヴァンソの戦績である。
一騎駆けのツヴァンソ。
敵ミケルクスド國兵は、ツヴァンソに蹴散らされ後退してはいくが、それは決して一方的な潰走ではない。
最前線に配備されている敵兵は、確かにツヴァンソの奇襲的な騎馬での突入で、かなり混乱をきたしたが、今、ツヴァンソが駆けているのは、その最前線から百メートル以上奥の敵陣内である。
ここは、敵陣からすれば、最前線が一層目であれば、そこから数えて三層目にあたる陣。
敵本陣までは、十層程度の厚みがあるとはいえ、三層目はある程度主力部隊がいる地点であった。
〔参考 用語集〕
(人名)
ツヴァンソ(マデギリークの養女。クーロの妹)
マデギリーク(クーロとツヴァンソの養父。将軍)
ムロイ(ツヴァンソの付き人)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)
ミケルクスド國(ヴェルト八國の一つ。西の国)
(兵種名)
第三段階(兵の習熟度の称号の一つ。下から三番目のランク。この称号を与える権限は中央の将軍や大臣以上の者が持つ。サードランクとも言う)
最終段階(兵の習熟度の称号の一つ。一番上のランク。トップランクとも言う)
シルバーナイト(第三段階のシルバーホースに騎乗する重装備の騎兵。銀騎兵とも言う)
ゴールドナイト(最終段階のゴールドホースに騎乗する重装備の騎兵。金騎兵とも言う)
(その他)
小隊(この時代の最も小規模な集団。十人で編成される)
ホース(馬のこと。現存する馬より巨大だと思われる)




