【015 ふたりの初陣(七) ~将軍のホース~】
【015 ふたりの初陣(七) ~将軍のホース~】
〔本編〕
「マデギリーク将軍! 敵の司令官が判明いたしました! エンテ将軍であります!」
「エンテ将軍か! ミケルクスド三将軍ではないが、その次席に位置する名将だ! これは中央軍の到着が遅れれば、わしもこの地で敵の進撃を抑えられるかどうか……」
マデギリーク将軍はそう呟いた。
しかし、本人の言葉ほどその顔に憂いはなかった。
「いやいや、ミケルクスドの三将軍ならいざ知らず、その次席の将軍など、マデギリーク様と格が違います! マデギリーク様がここで敗北するはずがございません!」
「……まあ、わしもさすがにエンテ将軍如きに遅れをとるとは思ってはいないが、それでも戦いは、わし一人でやっているわけではない! 局地的な敗北もあるし、場合によっては、その敗北が戦場全体に大いなる影響を与えるやもしれない」
「クーロ様とツヴァンソ様のお身が心配ですね! ……であれば、今からでもマデギリーク様のおそばに呼び寄せればいかがかと……」
マデギリークの執事で、今はマデギリーク軍の参謀の一人としてこの戦いに参加しているナヴァルが、マデギリークにこう進言する。
「そんなことをすれば、今回初陣させた意味がなくなる! 二人には、少しでも早く将軍に成ってもらいたいからな!」
マデギリークが続ける。
「ここでもし本陣に呼び寄せれば、危うい時はいつでも安全な場所に行けると二人が考えてしまう。それは絶対にいかん!」
ナヴァルもマデギリークにそう言われては、それ以上主張することは出来なかった。
ソルトルムンク聖王国の内情をマデギリークから聞かされているナヴァルとしては、二人を少しでも早く将軍に成長させたいというマデギリークの心のうちが痛いほど理解できるからである。
ソルトルムンク聖王国の内情とは、一言でいえば、指揮官級の人材が不足しているということである。
元々ヴェルト八國の中で、比較的気候が温暖で、肥沃な土地を領土としているソルトルムンク聖王国は、その暮らしやすい事情から、兵の質は低い。
はっきり言えば、八國中最弱と言える。
そのような弱兵であっても、優秀な指揮官が指揮すれば、一兵の強弱は、戦場における勝敗のそれほど大きな要因にはならない。
しかし、この頃の聖王国は、その指揮官の質も量も最低であった。
「マデギリーク将軍! 一つお耳に入れておくべき事柄がございます」
「何事じゃ! 一大事か?」
マデギリークが、発言した兵の方を振り向き尋ねる。
「……いえ、それほどではございませんが、一応、お耳に入れておいた方がよいかと思いまして……。実は、将軍の馬が一頭見当たりません」
「盗まれたということか?」
「いえ、そういうことではないようです」
将軍の質問に、事を報告した兵は歯切れが悪そうにそう答えた。
「盗まれていないのに、馬が一頭足りない? それもマデギリーク将軍のホースが……! それのどこが重要でないのだ?!」
マデギリーク将軍の代わりに一人の指揮官が、その報告した兵に詰め寄るよう尋ねる。
詰め寄ったその指揮官は、報告した兵の上役に当たる。
場合によっては、自分の失態にもなりかねないので、その指揮官は、部下の報告に対して詰問調の口調になっていた。
「まあ、まあ」
それに対してマデギリークは、穏やかに口を開く。
「わしのホースが一頭見当たらないが、決して盗まれたわけではない。つまりは、ホースを管理している兵が、強引に奪われたわけでなく、ホースがその場所から連れていかれるのを知っていながら、黙って見ていたといったところであろう? どうじゃ!」
「はい! 実はその通りであります。先ほどいらっしゃいまして、明日一日、ホースを貸してくれとおっしゃられましたので……。それも誰にもそのことを言うなと……。さすがに内緒にいたしておくわけにもまいりませんので、将軍様のお耳に入れた次第であります。一時間ぐらい前の出来事でございます。申し訳ございません!
本来、お断りするところでありますが、とても受け入れる感じではございませんでした。それで、渋々ではありますが、ホースをお渡ししてしまいました」
報告した兵は、上役の詰問的な問いかけもあり、事の重大さをこの場で認識し、将軍に謝罪しながら報告した。
「誰に渡したのだ! 馬鹿者が!!」
上役のさらなるしっせきが飛ぶ。
「まあ、ここでそのようなことが可能な人物は三名のみ。執事のナヴァルと、わしの二人の子供たち。ナヴァルはここにいるし、一人は性格的にそんなことはしないだろう。……とすれば、簡単に一人に絞られるな!」
「はい! おっしゃる通りでございます!」
報告した兵が再び謝罪した。
「気にすることはない」
マデギリーク将軍はいたって穏やかに、報告した兵をむしろ慰めるように言葉を発する。
「仮に私もここにいなくても、性格的にそのようなことはいたしません!」
ナヴァルが、マデギリークの言い方に、少し修正を加えるように付け足す。そのナヴァルの言葉は、全く無視して、マデギリークは言葉を続ける。
「ツヴァンソにも困ったものだが、そこは対処しておこう。場合によっては、明日の戦いで一つきっかけが起こるかもしれない……。それが良いきっかけになるか悪いきっかけになるかは不明ではあるが……」
このマデギリークの言葉で、この件の話は終わった。
荒れ地での戦いにおける二日目の軍議が、夜更け過ぎに終わろうとしていた。
荒れ地での戦いの三日目に入る。
この日のツヴァンソは、昨日より落ち着いた感じで、陣の後列にいた。
「小隊長! 敵は昨日同様、ここにはまだ攻めて来ません! ……なので、この合間に少し後方で用をたしております。すぐ後ろにいるので、呼んでいただければ、すぐに戻ります!」
開戦してから二時間ほど経った時分、ツヴァンソは自身の小隊長であるグラロスにそう申し出た。
昨日のようにイライラした感じでもないツヴァンソに、小隊長のグラロスからしても、昨日のムロイの言葉に納得し、今日は素直に軍の方針に従うものと思い込み、このツヴァンソの申し出に、二つ返事で承諾し、ツヴァンソが後方の木の茂みに行くのをうっかり許してしまった。
その時、ムロイが、この二人の会話を聞いていれば、ムロイがそのままツヴァンソを監視するようについていったかもしれないが、この時、ムロイはマデギリークの本陣からやってきた騎兵に呼ばれ、そちらの話に気が向いており、ツヴァンソのこの言動をすっかり見逃していた。
あるいは、ツヴァンソからすれば、ムロイのその隙を狙っていたのかもしれない。
「……グラロス小隊長! ツヴァンソ様はどちらへ?!」
「たった今、用をたされるとのことで、後ろの茂みに入っていかれましたが……」
「しまった!!」
ムロイが思わずそう叫んだ時は、後の祭りであった。
後方の茂みから、馬のいななきが聞こえ、一頭の灰色のホースが茂みから飛び出し、ムロイたちの横をすり抜け、そのまま味方の前線も飛び越え、敵陣に一目散に突っ込んでいった。
むろん、そのホースの背にまたがっているのは、ツヴァンソであった。
〔参考 用語集〕
(人名)
エンテ(ミケルクスド國の将軍)
クーロ(マデギリークの養子)
グラロス(ツヴァンソの所属している小隊の長)
ツヴァンソ(マデギリークの養女。クーロの妹)
ナヴァル(マデギリークの執事)
マデギリーク(クーロとツヴァンソの養父。将軍)
ムロイ(ツヴァンソの付き人)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)
ミケルクスド國(ヴェルト八國の一つ。西の国)
(その他)
小隊長(小隊は十人規模の隊で、それを率いる隊長)
ホース(馬のこと。現存する馬より巨大だと思われる)




