【121 バクラ地方の戦い(三) ~戦闘経験~】
【121 バクラ地方の戦い(三) ~戦闘経験~】
〔本編〕
「先ほどの無礼は許されよ!」
パンドラーイ将軍が顎を手でさすりながら、話を続ける。
「先の“小生の思った十倍は善戦していた!”は、そのまま素直な小生の感想なのだ! しかし、それはルーラ殿の軍に期待をしていなかったという意味ではなく、ここに投入される聖王国の援軍全般への一般的な思いなのだ!」
「……と申しますのは!」
「先ほどの三人の感想がその事実を如実に物語っている。バルナート兵は強い! それも全くの誇張なしに、このヴェルト大陸において別格の強さである! ルーラ殿もここに参陣するまでに、バルナート兵に対するいろいろな情報を得ていたと思うが、直接、戦ってみないことにはその強さは理解できない! ……なので初戦の後、正直ルーラ殿の軍は半数近くは死傷すると思っていた。これはくどいようだがルーラ殿の軍に限らず、一般的な見解としてである。そしてルーラ殿の軍は、結果五十メートル程後退を余儀なくされた。しかし小生は、五百メートルは後退すると踏んでいたのだ! これも同様の一般的な見解として……。しかし、ルーラ殿の軍の被害は十分の一の百五十、そして後退した距離も十分の一の五十メートル! つまり小生の見立ての十分の一だった! それが、“小生の思った十倍は善戦していた!”という表現になったわけだ!」
「……しかしながら」
シュナーベルが思い余ってパンドラーイに発言する。
「私は一度、バルナート兵との戦闘経験がございます! それでもそれが全くと言っていいほど生かすことが出来ませんでした!」
「それはいつの頃の話で、その頃のシュナーベル殿の身分は?」
「確か五年ほど前で、一兵卒での初陣の時でした!」
「成程! 先ず戦闘経験が古すぎるし、さらに一兵卒と今の小官として軍を率いる身分では、その感じ方は雲泥の差であると言える! 特に初陣であれば比較する戦もないので、無我夢中で戦えば、その感じ方が違うはずだ! むろん初陣でバルナート兵と戦い、生き残ったという経験は非常に貴重ではある! しかしバルナート兵の強さは、むしろ二度目三度目の戦いで本当に実感出来るというものだ! 一度バルナート兵と戦っていると、二度目からはバルナート兵への恐怖心が常に身体に纏わりついた状態で戦うことになるから、それを克服するのは並大抵ではない!」
「ルーラ様! 申し訳ございません!」
シュナーベルがルーラに詫びる。
「私のバルナート兵との戦闘経験が、幾分でもルーラ様のお役に立つであろうなどと、思い上がりも甚だしかったのだと猛省いたしております!」
「いえ!」
ルーラは詫びているシュナーベルに優しく声をかける。
「私もシュナーベル殿の戦闘経験の話で、ある程度対処できると考えていた自分の浅はかさに、幾分落ち込んでおります。それでも、シュナーベル殿の話がなければ、もっと悲惨な結果であったと思います。先ほど、パンドラーイ将軍がおっしゃった十倍の善戦の結果、これはシュナーベル殿の話がなければ成し得なかったことでしょう!」
既にパンドラーイ将軍は他の前線を見回るために退出し、今ここにいるのはルーラ、クーロ、シュナーベル、パインロの四人だけであった。
「……しかし」
シュナーベルが少し落ち着きを取り戻し、口を開く。
「あのパンドラーイという将軍も、もう少し、我らを参戦させる前にバルナート兵の精強さや、対処法などを説明してくれれば良いものを……。いきなり、着陣して間もなくの参戦では、無闇に貴重な兵や指揮官を失わせているようなもの。どうせ、援軍など使い捨ての利く駒ぐらいと考えているからでしょうか?」
「いえ! 逆ですね!」
このシュナーベルの言葉には、ルーラは微笑みながらも、はっきり否定した。
「実際に着陣からすぐの参戦だったので、私たちは戸惑いながらもバルナート兵と戦うことが出来たのだと思います。バルナート兵の強さは、言葉で表せるレベルではないし、なまじその強さを詳細に知ってしまえば、戦う前から士気を著しく下がってしまうでしょう」
ルーラの話が続く。
「それにここのようにどこまでも平野が広がっている戦場では、援軍が到着すれば、すぐに敵にも味方にも知られること。細かい指示で参戦しようものなら、バルナート兵にどこの戦線に援軍を投入するかが読まれてしまいます。着陣したその足で戦いに加わってこそ、敵バルナート兵の意表をつけるというもの。おそらくパンドラーイ将軍は、ここでの戦いの中で、それが最善であるとの結論に到達しているのでありましょう」
ここまで言うとルーラは、クーロ、シュナーベル、パインロの三人の顔を見渡しながら質問した。
「皆さまは、実際のバルナート兵との戦いでどう感じられました?」
「先ずは私から話します!」
クーロが一番手で話し始めた。
「一言で言えば、自分の攻撃が一切通じないと痛感いたしました!」
クーロがここで語った内容は、一つが眉間に矢が刺さった兵士を倒すのに、その後、二射必要であったこと。
二つが、味方と戦っているバルナート兵に、援護射撃として射た矢が全く通用しなかったこと。
そして三つめがその自分が相対した二人の兵が、どちらも一兵卒に過ぎない一般兵であったこと。
「自分は、師パインロの指導の下、矢の命中率を上げるための訓練を今まで続けており、命中率に関しては、パインロ様に匹敵するぐらいの腕前にはなったと自負しておりました。そしてその訓練と実戦経験を通じて、射た矢の速度、そして威力も飛躍的に上がったと思っておりました。しかし、今回のバルナート兵との戦いで、そのどちらもまだまだ足りないことを痛感しました。一人目の眉間を射られたバルナート兵が、眉間に矢が刺さりながらも、私に肉薄してきたことなど、射た矢の威力が劣っていることの何よりの証! そして、二人目のバルナート兵が、他の味方と戦いながらも、私がこめかみに向けて射た矢を、首を捻るだけで躱したなどは、矢の速度が十分で無かったという証! 今回、自分が生き延びられたのは、仲間の援護射撃と、シュナーベル殿の騎兵部隊が、敵の側面に突入したからに他なりません!」
「クーロ殿からそう言っていただけるのは、大変ありがたいのではありますが……」
クーロの次にシュナーベルが話し始めた。
「私も、バルナート兵の一部隊が、クーロ殿の隊に向かっていくのに気付き、すぐにその敵の部隊の横合いに騎兵隊で突進を仕掛けたのですが……、結論とすれば、その部隊の横腹を食い破る勢いで突進した精鋭騎兵隊が、その部隊の一層目すら突破できず、逆に横腹を狙ったそのバルナート兵の逆撃を被ってしまいました。結果、その部隊がクーロ隊には向かわなかったので、クーロ殿のお命を救う結果とはなりましたが、バルナートの歩兵に、騎兵である我々が一方的にやられる形となりましたので、被害もさることながら、私の矜持がズタズタに引き裂かれた思いであります!」
「結果、クーロ大隊は、五十人の被害……、それも、ヒルル、バンディレインブ、ヤキンソシュといった貴重な人材を失った! 弓兵中心に構成されている特殊部隊としてのクーロ大隊は、この一戦で戦力を半減させられたと言っても過言ではないぐらいの被害を被った!」
最後にパインロが、クーロ大隊における客観的な被害状況を語った。
数時間程度の戦いで、大隊の中心的人材となる人物を三人も失うということは、ある意味、大敗に匹敵する損害状況であったといえる。
〔参考 用語集〕
(人名)
クーロ(マデギリークの養子。大隊長。バクラ地方の戦いの期間のみ小官)
シュナーベル(ヌイ軍の司令官の一人。千人将)
ズグラ(パインロの直弟子、クーロ隊の一員)
パインロ(クーロの弓の師であり、クーロの隊の一員)
バンディレインブ(クーロ隊の一員。弓兵)
パンドラーイ(聖王国の将軍。バクラ地方方面軍の指揮官)
ヒルル(パインロの直弟子、クーロ隊の一員)
ヤキンソシュ(クーロ隊の一員。弓兵)
ルーラ(ソルトルムンク聖王国の小官。バクラ地方の戦いの期間のみ中官)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)
バルナート帝國(ヴェルト八國の一つ。北の強国)
(地名)
バクラ地方(ソルトルムンク聖王国とバルナート帝國の国境にある地方。北側がバルナート帝國領、南側がソルトルムンク聖王国領である)
(その他)
小官(指揮官の位の一つである官の第三位。千人規模を指揮する。大隊長より上位)
大隊(中隊五部隊で編成される隊。二百五十人規模の隊)




