【120 バクラ地方の戦い(二) ~パンドラーイ将軍~】
【120 バクラ地方の戦い(二) ~パンドラーイ将軍~】
〔本編〕
「何?! ヒルルが戦死した! そんな……」
クーロはその衝撃的な報告に、『そんなはずはない!』というべき言葉の末尾が声として発せられないほどのショックを受ける。
「……竜弓兵クラスの実力を持つヒルルが何故?!」
「はい! オフク殿がバルナート帝國兵によって窮地に陥りまして、それを救いに行き、そのまま敵陣に一人取り残されました!」
「それでは、まだ生死ははっきりしていない……」
「いえ!」
報告兵は項垂れながら、先を続ける。
「敵中にヒルル様を残したままですと、どのような辱めを受けるか分かりませんので、パインロ様が一隊を敵中に突入させ、何とかヒルル様のご遺体は回収いたしました……」
「そうか! 報告ありがとう! ヒルルの遺体がバルナート帝國兵のなぶりものにならなくて、本当に良かった」
クーロも自分の声が沈んでいくのを止めようがなかった。
「……それで、オフクは無事なのか!」
「敵の攻撃を肩口に受けましたが、幸い浅い傷ですみましたので命には別条ありません! それでも、今は陣屋から起き上がることは出来ませんが……」
「それでも、オフクの命が助かって良かった! ヒルルを失ったのは痛手ではあるが……」
「クーロ様!」
クーロがそう言った時、後ろからある人物が呼びかけた。
「パインロ先生!」
クーロの師パインロであった。
「クーロ様! これからルーラ様の陣営で軍議が行われます! 急ぎお支度を……」
「分かった!」
クーロはそう答えた。
「パインロ先生! ヒルルを失った悲痛お察しいたします。私も心にポッカリ穴が開いたようであります!」
「今日の戦いで、クーロ大隊は五十人もの犠牲を出しました! ヒルル以外にバンディレインブとヤキンソシュの二人も失いました! バルナート帝國兵の強さをシュナーベル殿から聞いていながら、さらにその想定の遥か上でありました!」
普段は冷静沈着な師パインロが、我を忘れるほど憤っている姿を、クーロはこの日初めて見た。
クーロとパインロがルーラの陣営に赴くと、そこにルーラ、シュナーベルとは別に初めて見る二人の人物が座っていた。
一人が大柄で、もう一人はやや小柄であった。
「全員揃ったようだな!」
小柄な男が口を開く。
「彼が、大官のアベ殿! 彼はこの戦場が今日で三日目だ。ルーラ殿の軍は、このアベ殿の軍に編入される!」
小柄な男の紹介に、大柄な男が立ち上がり、ルーラたちに頭を下げる。
「東部地方からこのバクラ地方に派遣された五千人将のアベです。まだ、この地に到着して三日間しか経っていないですが、既に我が大官軍は半数以上の三千を失っております! 本日は、ルーラ殿の軍の加勢で命拾いしました! 大いに感謝してます!」
アベは立ち上がると二メートルに届きそうな背丈であったが、酷くふらふらしており、顔も土気色で疲れ切った様子であった。
「失礼ではありますが……」
ルーラがアベの挨拶に頭を下げた後、口を開く。
「酷くお疲れのように見受けられますが、もしや敵の攻撃で負傷でもなされたのでは……」
アベは、ルーラの言葉に肯定の意として二度ほど頷き、崩れるように座り込んだ。
「ルーラ殿のお察しのとおり、私は初日にバルナート兵の攻撃により負傷いたしました! 本来であれば、すぐにでも指揮官を交代すべきところではありましたが、私が参戦した三日前にあたる私の初戦で、それまで指揮官を務めておられた者が戦死され、私としては新しい指揮官が着任するまで、この場を受け持たざるを得ない状況でありました。本日、ルーラ殿が着任されて、やっと私は指揮官の任を外れることが出来ます! ありがとうございました!」
このアベと名乗った指揮官の意外な発言に、ルーラ、クーロ、パインロ、シュナーベルの四人は、互いに顔を見合わせ返す言葉がなかった。
「今、アベ殿が言った通りである!」
小柄な男が口を開く。
「私は先ほど、アベ軍にルーラ軍を編入すると言ったが、厳密に言うと、軍を編入した後、アベ殿と交代してルーラ殿に五千の指揮官になっていただく! そういう意味では、ルーラ殿の軍勢に生き残ったアベ殿の軍勢を編成すると言った方が正確であったかな?」
「貴方はもしかして……!」
ルーラが小柄な男の正体に気付いたかのような発言をした。
「左様! 私がこの一帯を取り仕切る総指揮官パンドラーイである!」
「やはり、パンドラーイ将軍でありましたか!」
「えっ! この小男が……!」
「シュナーベル殿のおっしゃられる通り! このような貧相で矮躯な男が、この一帯の総指揮官を務めている!」
「し・失礼いたしました!」
不用意な発言をしたシュナーベルであったが、慌ててパンドラーイ将軍にその失言を詫びた。
「ルーラ殿!」
「はい! パンドラーイ将軍!」
パンドラーイ将軍は、アベ大官が負傷からこの場に座しているのも辛く退室した後、ルーラに話しかけた。
「今日は急な参戦にも関わらず、良くやってくれた!」
「いえ、将軍!」
ルーラが申し訳なさそうに答える。
「急な参陣ではありましたが、結局、援軍として戦いに参加しながら、敵兵の逆撃を被り、退却することになってしまいました。将軍のお役に立てませんで、本当に申し訳ございません!」
ルーラのこの詫びに対し、パンドラーイ将軍はフッとため息を漏らした。
「いや! 小生の思った十倍は善戦していた! たかだか三千の援軍で、戦線を維持できるとも思ってはいなかったので……!」
このパンドラーイ将軍の言葉には、クーロもシュナーベルも顔色がサッと変わった。
ルーラの顔色は特に変わった様子は無かったが、将軍の言葉の意図を測りかねている様子ではあった。
パンドラーイ将軍は、そんなそれぞれの様子にも全く頓着なく、話を続ける。
「ルーラ殿!」
「はい!」
「バルナート兵はいかがであった?」
ルーラがすぐに答えない間に、パンドラーイ将軍は立て続けに、クーロとシュナーベルにも同じ質問を投げかけた。
「クーロ殿とシュナーベル殿はいかがであった?」
「想像以上の精強さでありました!」クーロが答える。
「強かったです!」これは、シュナーベルの答え。
「個人の兵の質、集団として軍隊の質、どちらも私の想定のはるか上をいく強さでありました!」
最後にルーラがそう答えた。
「うむ、さすがはルーラ殿! 良き答えだ!」
パンドラーイはニヤリと笑いながら、そう呟いた。
〔参考 用語集〕
(人名)
アベ(聖王国の大官)
オフク(クーロと同年齢の弓兵)
クーロ(マデギリークの養子。大隊長。バクラ地方の戦いの期間のみ小官)
シュナーベル(ヌイ軍の司令官の一人。千人将)
パインロ(クーロの弓の師であり、クーロの隊の一員)
バンディレインブ(クーロ隊の一員。弓兵)
パンドラーイ(聖王国の将軍。バクラ地方方面軍の指揮官)
ヒルル(パインロの直弟子、クーロ隊の一員)
ヤキンソシュ(クーロ隊の一員。弓兵)
ルーラ(ソルトルムンク聖王国の小官。バクラ地方の戦いの期間のみ中官)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)
バルナート帝國(ヴェルト八國の一つ。北の強国)
(地名)
バクラ地方(ソルトルムンク聖王国とバルナート帝國の国境にある地方。北側がバルナート帝國領、南側がソルトルムンク聖王国領である)
(兵種名)
ドラゴンスナイパー(最終段階の小型竜に騎乗する重装備の弓兵。竜弓兵とも言う)
(その他)
大官(指揮官の位の一つである官の第一位。五千人規模を指揮する。中官より上位。別名五千人将)
大官軍(五千人規模の軍)
大隊(中隊五部隊で編成される隊。二百五十人規模の隊)




