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【119 バクラ地方の戦い(一) ~バルナート帝國兵~】


【119 バクラ地方の戦い(一) ~バルナート帝國兵~】



〔本編〕

「そしてこれは、私の憶測に過ぎませんが……」

 シュナーベルの話が続く。

「おそらくヌイ様は私と同様、今後自分が将軍などになっていくためには、今までのように力だけの戦い方では限界が訪れると感じ取られたのでないでしょうか!」

 シュナーベルのこの言葉に、ルーラとクーロが大きく頷く。

「しかし、ヌイ様自らがその戦略や戦術を一から学ぶのには、膨大な時間が必要! その時間もないし、ヌイ様自らが、そちらへ時間を割いて、その方面の能力が開花すれば、まだ時間をかけた甲斐もありますが、仮に開花しない場合、それにかけた膨大な時間が無駄だったということになります。……ならば、部下にルーラ様の元で戦略戦術を学ばせた方が、効率が良い! そう考えていた矢先の、私の申し入れだったのかもしれません。ヌイ様は見かけに寄らず、そういった合理的な部分をお持ちでありますので……」

「成程! ヌイ殿がそこまで考えられているのであれば、ヌイ殿はさらに大きく成長され、そしてこれからの聖王国を背負っていく重要な存在となるでしょう」

「そしてもう一つの理由として、ルーラ様を守りたいというお気持ちも強いと思われます!」

「……それは、私も聖王国を担う貴重な人材ということで?!」

「それもございますが、ヌイ様自身、ルーラ様のことを気になさっております。好ましい存在として……」

 シュナーベルは、少し婉曲えんきょくな表現で言葉をにごした。

「それ故、ルーラ様の能力や実力をよくご理解された上でなお、バルナート帝國兵とは初めて対峙するということについて、一度バルナート帝國兵との戦闘経験があるヌイ軍の一人である私を、ルーラ様の傍に同行させたのでありましょう!」

「確かに私は、バルナート帝國兵との戦闘経験はない! ただ、バルナート帝國兵がヴェルト一の強兵であることは、大陸全土の共通認識であるのに間違いはない。そして、私も過去の他の将軍の戦闘記録など記した文献などを熟読し、それなりに知識としては得ている。……しかし、ヌイ殿のことだ! そのような私のこと全般を分かった上で、シュナーベル殿にそのような役割を託したのであろう。そう理解されて良いかな? シュナーベル殿!」

「はい! さすがはルーラ様! どのように知識として積み重ねられたものであっても、それを遥かに上回る一度の経験というものがございます! バルナート帝國兵と実際戦うということは、そのようなものかと……。私の体験談も知識の一つに過ぎないかもしれませんが、それでも直接戦った者の直接の体験談というものは、数多あまたの文献の数百倍の益をもたらすことになると思っております。是非、クーロ様もご一緒にお聞きいただければと……」



 クーロが弓を引き絞り、渾身の矢を射る。

 クーロが射た矢は、バルナート帝國一兵士の兜を貫き、眉間みけんに直接突き刺さる。

「何!」

 その刹那のクーロの声。思わず口から漏れた声であったが、それは驚愕きょうがくの声であった。

 クーロの射た矢を眉間に突き刺さしたまま、バルナート帝國の一兵士は自分の方に向かって来たからである。

 その兵士の顔は眉間から噴き出る鮮血で真っ赤に染まるが、それに構うことなく、こちらに向かって全力で駆けてくる。

 クーロはすぐに矢をつがえ、二射目を射る。

「カーン!」

 眉間に矢を突き立てている兵士が、自分の剣で、クーロの二射目の矢を弾く。

 しかし、矢の勢いを完全に殺すことが出来ず、矢は鮮血で真っ赤に染まった兵士の顔の頬骨を深くえぐった。

 頬骨を抉った矢の勢いと、兵士が自らの剣で矢を弾いたことにより、その兵士はバランスを崩し、その場にドウと仰向けに倒れる。

 クーロは倒れた兵士の喉元に向かって、三射目となる矢を射る。

 矢は兵士の喉元に深く突き刺さり、その兵はやっと全身の動きを停止させた。

 一射目の矢が眉間に当たった時に、クーロとその兵士の距離は百メートルあったのに、今その兵士が転がっている地点はクーロから十メートルと離れていないところであった。

「バルナート帝國兵とはいえ、たかだか一兵士に過ぎない者を倒すのに、僕が三射必要とは……。バルナート帝國兵の精強さは、シュナーベル殿の話以上だ!」

 クーロは首筋やてのひらにねっとりとした冷や汗を感じながらも、気を取り直して次の矢をつがえ、別の敵兵に狙いを定める。

 今まさに味方である聖王国の兵と戦っているバルナート帝國兵を見つけ、そのこめかみを狙って射た矢であったが、その兵はこちらを一瞬ちらっと見た刹那、首を捻るという最小限の動きによって、クーロの矢は完璧にかわしたのであった。

“別の兵と戦いながら、横から飛んできた矢をいとも容易く躱すのか! そしてその兵も一般兵に過ぎないというのに……!!”

 クーロもこの時は、思わず声を発するという迂闊なことはしなかった。しかし焦りの色は隠せない。

「クーロ様! 危ない!!」

 クーロ隊の一人、弓兵ズグラの大声で、クーロはハッと我に返る。

 ズグラの声で気付いたのだが、たった今、クーロの矢を躱した兵が、今しがた戦っていた聖王国兵の首を飛ばし、そのままクーロ向かって迫ってきていたからであった。

 その兵はクーロに声をかけたズグラの速射三連で、右目、左胸、右すねの三か所を射抜かれ、クーロの前方二十メートルの地点に倒れる。

「クーロ様! すぐにお退き下さい!!」

 続いてズグラの発した言葉に、クーロは騎乗していたホースの向きを変え、一目散に味方の兵の中に深く逃げ込んだのであった。


 龍王暦二〇三年四月二八日。ルーラ率いる三千の中官軍は、バルナート帝國と国境を接しているバクラ地方に到着した。

 到着したのは昼過ぎの午後二時であり、ルーラはそのままバクラ地方方面軍の本陣を訪れるや、即参謀一人の案内によって、いきなり三千全員が最前線に移動させられたのであった。

 最前線は、バルナート帝國軍と交戦の最中さなかであり、その交戦の只中に加わるよう、その参謀から命じられる。

 ルーラ中官軍三千は、いつでも戦闘は出来る準備は整えてここまで赴いてはいたが、まさか詳しい戦況も聞かされずいきなり戦場に投入されるとは、ルーラを始め誰一人として夢にも思っていなかったことであった。

 それでも戦場に着くまでの短時間で、ルーラが簡略に戦術の指示を出したことが功を奏し、とりあえずスムーズに参戦することは出来、一方的に劣勢に陥っていた聖王国軍からすれば、三千規模の味方の軍が一時いちどきに投入されたことは非常に大きかった。

 バルナート帝國軍は、思わぬ敵(聖王国軍)の援軍に、一瞬劣勢に陥る。しかしその劣勢も一瞬のことであった。

 クーロが自らの大隊と共に参戦し、矢を射た時の状況が、先程述べた顛末であった。

 結局クーロのこの戦場いくさばでの初日は四本の矢を射、結果バルナート帝國兵一名のみを倒したという戦績で幕を閉じた。




〔参考 用語集〕

(人名)

 クーロ(マデギリークの養子。大隊長。バクラ地方の戦いの期間のみ小官)

 シュナーベル(ヌイ軍の司令官の一人。千人将)

 ズグラ(パインロの直弟子、クーロ隊の一員)

 ヌイ(ソルトルムンク聖王国の中官)

 ルーラ(ソルトルムンク聖王国の小官。バクラ地方の戦いの期間のみ中官)


(国名)

 ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)

 ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)

 バルナート帝國(ヴェルト八國の一つ。北の強国)


(地名)

 バクラ地方(ソルトルムンク聖王国とバルナート帝國の国境にある地方。北側がバルナート帝國領、南側がソルトルムンク聖王国領である)


(その他)

 中官軍(三千人規模の軍)

 ホース(馬のこと。現存する馬より巨大だと思われる)

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