【118 同行の理由】
【118 同行の理由】
〔本編〕
「……しかしシュナーベル殿は何故、ルーラの軍に加わることを志願されたのですか?」
クーロが、ヌイの部下であるシュナーベルにそう尋ねる。
ルーラ三千の軍がベンナ地方からバクラ地方へ進軍を始めて二日目の夜、クーロは軍議後に、思い切ってシュナーベルに尋ねた。
「クーロ殿は不審に思われておりますか?」
「ええ」
クーロは思い切って尋ねた以上、率直な気持ちを伝えた。
「ヌイ殿の軍は、小隊の時からの叩き上げの兵をそのまま増強させてきた、いわゆる一枚岩のような性質の軍であると認識しております。シュナーベル殿も、おそらくはヌイ殿が初陣の時から轡を並べていた間柄ではないかと……」
「その通りです! 私とヌイ様とプリソースカは、ヌイ様が初陣の時に同じ小隊に所属しておりました。唯一、メェーフだけは同じ小隊ではありませんでしたが、それでもヌイ様が小隊長の時にヌイ様自らが招いた者なので、三人とも最初からヌイ様と共に戦ってきた間柄といって間違いないです!」
「……なればこそ今回は何故、ルーラの軍に志願されたのか? むろんヌイ殿にも事前に知らせ、承諾は得ていた上ではあると思いましたが……」
「そうですな」
シュナーベルがその理由を語り始める。
「ヌイ様に命じられて、キャラパス砦の左右にある砦を攻略するため、ルーラ様の軍に加わったことがそのきっかけです」
「しかしその時は、シュナーベル殿はルーラや私ではなく、コロンフルと同じ軍であったはず……」
「クーロ殿のおっしゃる通りですが、この場合のルーラ様の軍に加わったという意味は、ヌイ様のアルヒ城強襲軍のいわゆる主攻ではなく、キャラパス砦の左右にある砦を攻めるといういわゆる助攻に加わったという意味であります。コロンフル殿とキャラパス砦から西側五キロメートルに構築されている砦を落とした後、ルーラ様がヌイ様の後続軍として密かに行動され、敵の裏をかいて見事にヌイ様とその軍を救出したと知り、非常に驚きました。そしてその後の展開もルーラ様が考えた通りに推移していったということから、戦略戦術の奥深さを垣間見た気がいたしました。ヌイ様の軍にいた時には味わえない新鮮な衝撃を受けたわけです。……それでルーラ様の戦略戦術をもっと知りたいと思ったからでありました」
「……」
「……しかしそれはヌイ様とその軍をより強くするためにと思ってのことであります。決してヌイ様からルーラ様の軍に鞍替えしたいということでは決してございません! そこはルーラ様にもご理解いただければと……」
「シュナーベル殿の信条につきましては、私もシュナーベル殿に言われるまでもなくそう理解しております!」
ルーラがはっきりと答えた。
「もし、シュナーベル殿がヌイ殿から私に乗り換えたいという理由での軍の鞍替え希望であったとしたら、私の方でシュナーベル殿が我が軍に入るのをお断りしております!」
ルーラがにっこりと笑った。
「ありがとうございます!」
シュナーベルも、ルーラのその言葉に素直に謝意を述べた。
「ヌイ様の軍は……」
シュナーベルが続ける。
「三千人規模の中官軍としては、聖王国軍の中でも上位の強さを誇り、他國の軍と戦ったとしても互角以上に戦えるという自負を、ヌイ様を始め軍の全兵士が持っております。しかし……」
シュナーベルが少々伏し目となり、声のトーンを落とした。
「それはあくまでも正攻法におけるものであり、今回のように敵の策略に嵌められると、一気に劣勢に追い込まれるという弱点も併せ持っている軍であることも否定いたしません。策略を一切用いないというより、策略そのものに嫌悪感を抱き、策略を軽視するという傾向がヌイ様にあり、それが軍全体にも伝播しているわけであります」
「それは確かに弱点ともいえるが、逆に部類の強さを保ち続けるという長所でもある。実際のヌイ軍の攻めの強さと速さは、直情故敵が策を仕掛ける前に勝負を決めてしまっているという印象を持てますが……」
「ルーラ様のおっしゃる通りではあります。ただ、今回のように味方であるはずの地方領主が裏で手を回すぐらいの用意周到な策に陥った場合は、取り返しがつかない事態ともなります。実際にアルヒ城強襲の折には、ヌイ様の軍勢は全滅、いや壊滅してもおかしくないほどの事態に陥りましたので……」
「成程! そのヌイ軍の欠点の克服を、シュナーベル殿が成されようと考えているわけなのですね!」
クーロが口を挟む。
「はい! クーロ殿のおっしゃる通りです! クーロ殿は明敏でございますな。私はクーロ殿、いやクーロ様という人物も見損なっておりました。お許し下さい!」
「それもヌイ軍の欠点ではありますね。クーロの実力について、私は早くから見抜いていたというのに……」
「ルーラ様が……! ヌイ様が同世代で唯一認めていらっしゃるのがルーラ様です。そのルーラ様がクーロ様を注視なされていらっしゃっていたとは……」
「敵だけでなく、味方についても表面的な部分しか見ず、過小評価するのがヌイとその軍の欠点ですね!」
ルーラはサラッと言ったが、かなり辛辣な物言いであるのは間違いなかった。
「やはり、ヌイ様とその軍勢が今以上に強大になるには、私がルーラ様やクーロ様から学ぶ必要があることが、今、はっきりと確信出来ました! そして、ヌイ様や副官のプリソースカやメェーフでは、その分野を開拓していくことも正直無理ということも……!」
シュナーベルの中で、一つの結論に至ったらしく清々しい声色に変化していた。
「……しかし、ヌイがよく私の軍への貴方の同行を許しましたね! 一枚岩の軍であれば、そういった行為を一番嫌うはず! 現にプリソースカ殿などは、シュナーベル殿を頭から裏切り者と罵倒しておりましたし……」
ルーラは、笑いながら質問を投げかける。
「私も、ルーラ様がバクラ地方に派遣されるための軍議が開始される直前に、ヌイ様にルーラ様の軍に同行したい旨を伝えた時は、正直、ヌイ様から罵倒される覚悟もしておりました。……しかしながら、驚いたことに私の話を静かに聞いた後、一言“いいだろう”とだけおっしゃったのみでありました!」
シュナーベルが、案に相違してヌイが素直に了承したことを不思議そうに語った。
「それでも軍議の席で、私が発言した際にヌイ様が先ほどのことをよく理解しておらず、勘違いをなされている可能性も否定できませんでしたので、内心はひやひやではありました。しかし、快くルーラ様との同行をお許し下さった。それは、軍議での顛末どおりであります」
シュナーベルが軽く笑いを交えながら述べた。
〔参考一 用語集〕
(人名)
クーロ(マデギリークの養子。大隊長。バクラ地方の戦いの期間のみ小官)
コロンフル(マデギリーク将軍の副官)
シュナーベル(ヌイ軍の司令官の一人。千人将)
ヌイ(ソルトルムンク聖王国の中官)
プリソースカ(ヌイ軍の司令官の一人。千人将)
メェーフ(ヌイ軍の司令官の一人。千人将)
ルーラ(ソルトルムンク聖王国の小官。バクラ地方の戦いの期間のみ中官)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)
(地名)
アルヒ城(アルヒ地方の主城)
キャラパス(アルヒ地方の砦の一つ)
バクラ地方(ソルトルムンク聖王国とバルナート帝國の国境にある地方。北側がバルナート帝國領、南側がソルトルムンク聖王国領である)
ベンナ地方(ソルトルムンク聖王国の一地方)
(その他)
小隊(この時代の最も小規模な集団。十人で編成される)
小隊長(小隊は十人規模の隊で、それを率いる隊長)
中官軍(三千人規模の軍)
〔参考二 大陸全図〕




