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【114 アルヒ地方の戦い(九) ~ベンナ地方領主殿の諸事情~】


【114 アルヒ地方の戦い(九) ~ベンナ地方領主殿の諸事情~】



〔本編〕

「ベンナ地方領主のヴェルブリュート殿が、消極的とはいえ自分の保身のためゴンク帝國側と秘密裏に手を結んでいたという疑惑は、前にも話したと思うが……」

「うん! それでルーラが、調査も兼ねてこの地に派遣されたんだよね」

「そして今回のアルヒ地方侵攻軍が、並みの軍隊であれば何事も起きなかったと、私は思う。元々、ミケルクスド國領バラグリンドル地方攻略が主目的で、ゴンク帝國領アルヒ地方侵攻は、フルーメス王国がミケルクスド國に攻め込むためのゴンク帝國への牽制に過ぎないわけであるから……。結果、我が軍のアルヒ地方への侵攻がきっかけで、フルーメス王国はミケルクスド國に実際に攻め込んだのであるから、ここでの目的は既に達したわけであり、これ以上本腰でアルヒ地方を攻める必要は全くないわけだ。ただ……」

「ただ……」

「ここに派遣されたヌイが、そのような空気を読めるような性格ではなく、仮に読めたとしても、それに素直に従う性格でなかったということだ。それでも並みの将であれば、せいぜいアルヒ地方内の砦の数か所落とすぐらいのことしか出来ないはずだから特に問題はなかった。しかし、ヌイとその軍の力は突出していた。バラグリンドル地方攻略がメインの作戦上、少人数しかゴンク帝國への牽制に派遣できない事情から、少数精鋭のヌイ軍の派遣であったわけだが、それが裏目に出た……。一部の者からすればある意味での大誤算! まさか、二月ふたつきかからずにアルヒ地方の主城にまで攻め入る事態にまで事が進もうとは……」

「その一部の者の中で一番慌てたのが、長い期間、敵と馴れ合いをしていたヴェルブリュート!」

「アルヒ城が落ちれば、必ずアルヒ地方の地方領主は我が身助かりたいと、ヴェルブリュートと自身の馴れ合いを聖王国側に暴露する。敵とすれば聖王国に敗れた以上、そのような情報を積極的に提供して降伏した方が敵に取り入りやすい――というより、生き残るためには必須なこと! これでヴェルブリュートは立場的に追い詰められたことになった! ……ところでクーロ?」

「ん?!」

「お前がヴェルブリュートだとして、そこから逃れるために取るべき道は?」

「一つ考えられるのは、敵より先に全てを明かす方法。派遣軍の指揮官アコニト将軍にでも全てを告白すれば、敵との馴れ合いとはいえ、それでベンナ地方とアルヒ地方のいっときの平和は保たれていたのであるから、重罰にあたる死罪にまでには至らないはず。ベンナ地方領主からの解任は致し方ないとは思うが……」

「そうだな! しかしその手は、死罪はまぬがれたとしても、今の地方領主の立場より事態が悪くなるのは必定ひつじょう! それならばリスクも大きいが、うまくすれば今以上の立場を得るかもしれない道がある。つまり……」

「積極的に敵國へ自らの國を売るというさらなる利敵行為!」

 クーロの発言にルーラは無言で頷く。

「そして、ヴェルブリュートはその道を選択したということだ!」


「ところでいつから、ヴェルブリュートは聖王国を積極的に裏切る気になったのであろう?」

「本人ではないのではっきりとは断定できないが、二月一五日にアルヒ地方の七つ目の拠点をヌイが落としたあたりから本気で考えていたと思う。そして最終的な決断は、同月二五日のヌイがキャラパス砦を陥落させた時! おそらくヌイがキャラパス砦からアルヒ城に強襲をかけると考え、ここでヌイを始めとする遠征軍全滅を土産に、ゴンク帝國への正式な寝返りを決めたので、ほぼ間違いないと思う!」

 ルーラのこの言葉にクーロも頷きながら、ルーラとツヴァンソの二人に向けて語る。

「ヌイがアルヒ城に直接攻め込むには、草原を踏破し、両側が崖の人工的に作られた細道を一気に駆け抜けるのが最短の道程ルート! そして、ヌイ軍がそのルートを進軍すれば、細道の距離の大幅な差や、細道の出口にある砦の存在に必ず気付く。そしてこれはベンナ地方領主として、見落としたり、勘違いをしていたりするレベルの情報誤差ではないことに誰もが気付く。つまりアルヒ城にヌイが到達した時点で、ヴェルブリュートの利敵行為が発覚するわけだ。それを阻止するに、ヌイにそれらが知られるのは既に時間の問題なので、それでは、知ったヌイごとその軍を全滅させる以外に手はない! そして、ヌイがそのアルヒ城電撃作戦を後方のアコニト将軍に伝えたのを、逆に利用したというわけだな」

「つまりこの作戦への同意として、後続軍として派遣された千の兵は……」

 ツヴァンソが呟く。

「アコニト将軍の軍ではなく、ヴェルブリュートのベンナ地方軍であることは疑いようがない! ヴェルブリュートが自らの地方兵をヌイの援軍として差し向けると、アコニト将軍に進言したのは間違いなく、我ら遠征軍の退路を断つことを目的とした軍だ」

 ツヴァンソの呟きに、ルーラはそう答えた。


「しかし、ルーラはそこまで分かってなお、ヌイのアルヒ城強襲に賛同した! 何故?」

 クーロがルーラに尋ねる。

「ヌイが、アルヒ城強襲をベンナ城にいるアコニト将軍に伝え、その了承を得たと言ったからだ! これでヌイのアルヒ城強襲は、当然ヴェルブリュートも知るところとなり、そこからアルヒ地方領主ギャリッグの耳にも必ず入る。それならば、こちらは逆に騙されたふりを演じ、ヴェルブリュート、ギャリッグの両者をおとしいれることが出来ると考えたからだ。現に、アルヒ地方領主のギャリッグは、ヴェルブリュートの情報に乗せられ、本来は七千いたアルヒ城主力軍のうち、九割近くをベンナ地方に向けて進軍させてしまった。結果、細道の砦を突破したヌイの軍勢は易々とアルヒ城を陥落させ、領主ギャリッグの首級も手に入れられたということだ! これなどは、敵が全くヌイの強襲を知らない状態で、アルヒ城の主力が揃っているアルヒ城を急襲するより、こちらの被害を最小限にとどめた上でなお大きな戦果があげれたことのあかしだ!」

「両側が断崖絶壁という細道の危地も、ヌイの軍勢だけであれば罠として実際に機能したが、まさかその後に私たちの援軍が続いているとは敵は夢にも考えなかったであろう。罠に嵌まった獲物を仕留めるのに夢中になって、まさか、ゴンク兵たちは逆に自分たちが獲物として狩られる立場に変わろうとは思わなかったであろう……」

 ツヴァンソも口調もいくぶんか緊張がとけた様子であった。

「……しかし、それでも百の兵のみでキャラパス砦に戻ったルーラは大変だったろう。ギャリッグのベンナ城強襲軍と、ヴェルブリュートの偽援軍を腹背に受けて……」

 クーロの言葉に、ルーラはにっこりと笑って答えた。

「そこはコロンフル副官殿と事前に打ち合わせをしていたので問題はなかった。コロンフル副官殿五百の兵が、シュナーベル小官の軍とは別行動をとり、私がキャラパス砦に到着するより前に砦内に入られていたからだ。六百も兵がいれば、キャラパス砦なら数日は持ちこたえることが出来る。実際にギャリッグ軍とヴェルブリュート軍がキャラパス砦を攻めあぐねている間に、シュナーベル軍千がキャラパス砦に駆け付け、さらにヌイが私の兵六百を含む千六百に、細道の入り口で防衛のために残っていた私の兵三百も加えた計千九百でキャラパス砦に張り付いていたギャリッグ軍とヴェルブリュート軍に攻めかかった。数の上では合計三千五百の我々より、敵の方が倍以上の八千近くほどいたとは思うが、ギャリッグ軍を率いていた司令官のデンドロシュを、ヌイが一撃で倒したのと、アルヒ城で降伏したギャリッグの参謀ジューバがギャリッグの死とアルヒ城の陥落を伝えたことで、まずギャリッグ軍が士気を一気に喪失させ、投降する兵、逃亡する兵が相次ぎ、事実上崩壊! ギャリッグ軍の崩壊により、単独で戦うことは出来ないヴェルブリュート軍も、そのままベンナ地方に撤退せざるを得なくなったというわけだ!」




〔参考 用語集〕

(人名)

 アコニト(聖王国の将軍。アルヒ地方攻略軍総司令官)

 ヴェルブリュート(聖王国領ベンナ地方領主)

 ギャリッグ(ゴンク帝國領アルヒ地方領主)

 クーロ(マデギリークの養子。大隊長)

 コロンフル(マデギリーク将軍の第四副官)

 ジューバ(ギャリッグの参謀)

 シュナーベル(ヌイ軍の司令官の一人。千人将)

 ツヴァンソ(マデギリークの養女。クーロの妹。大隊長)

 ヌイ(ソルトルムンク聖王国の中官)

 ルーラ(ソルトルムンク聖王国の小官)


(国名)

 ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)

 ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)

 ミケルクスド國(ヴェルト八國の一つ。西の国)

 ゴンク帝國(ヴェルト八國の一つ。東の国)

 フルーメス王国(ヴェルト八國の一つ。南の国)


(地名)

 アルヒ城(アルヒ地方の主城)

 アルヒ地方(ゴンク帝國領)

 キャラパス(アルヒ地方の砦の一つ)

 バラグリンドル地方(ミケルクスド國領)

 ベンナ地方(ソルトルムンク聖王国の一地方)


(その他)

 小官(指揮官の位の一つである官の第三位。千人規模を指揮する。大隊長より上位)

 副官(将軍位の次席)

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