【113 アルヒ地方の戦い(八) ~主城堕つ~】
【113 アルヒ地方の戦い(八) ~主城堕つ~】
〔本編〕
「そういう意味では、ヌイという敵将が、あまり空気を読める者ではなかったということが、大誤算だったということになりますかな……」
これは、ギャリッグの傍の痩せて青黒い顔つきの男――ギャリッグの参謀ジューバの言葉であった。
「そうだ!」
ギャリッグは言葉を続ける。
「フルーメス王国をミケルクスド國に侵攻させることを目的とするための、我がゴンク帝國牽制のアルヒ地方侵攻なのであるから、それほど積極的に我が地方に侵攻する必要はなかった! ヌイという敵将の実力と性格が災いし、今、領土を侵されているアルヒ地方の領主より、領土を侵している側のベンナ地方の領主の方が追い詰められているという……、なんという皮肉なのか!」
ギャリッグは、また大声で笑った。
「……そしてそれがまさか、今侵攻しているヌイという敵将の命を風前の灯火としているということは、なんたる皮肉でありましょうか! 領主!」
ジューバも領主の言葉にそう応じた。
「これは、我らにとって大いなる利益をもたらす! ヴェルブリュートの奴め! 自分の利敵行為が発覚するのを恐れ、小さな利敵行為以上の国家反逆の罪を犯し、その挙句、ギャリッグ様にベンナ地方全域を明け渡すという結果になろうとは……。まさか、フルーメス王国への牽制として攻め込んだ我がゴンク帝國から、大いなる逆撃を被るという点については、聖王国側は誰も夢にも思っていないことでありましょう……。その上、ミケルクスド國に侵攻を始めたフルーメス王国の後背を我がゴンク帝國が攻めれば、フルーメス王国からも幾分かの領土を得ることが出来、そのきっかけをお作りになられたギャリッグ様の功績はいかほどのものとなるか! その際、わたくしめにもいくらかのおこぼれを頂戴いただければ……」
「分かっておる! わしがベンナ地方全域を領土とした暁には、お前にアルヒ地方の半分を任せても良いと思っておる!」
ギャリッグのこの景気の良い言葉に、ジューバは深々と頭を下げた。
「領主! 一大事です!!」
ジューバがギャリッグに頭を下げたとほぼ同時に、家臣の一人が大声をあげながら、二人のいる部屋に飛び込んできた。
「何事だ! 何をそんなに慌てている!!」
この心地よい空間を一気にぶち壊され、ギャリッグはあからさまに不機嫌な顔をして、部屋に飛び込んできた家臣を一喝する。
「ギャリッグ様! 落ち着いている場合ではございません! 東方二百メートルの位置に、敵軍が現れました! おそらくは、ヌイという敵将の軍勢で間違いないかと……!」
「馬鹿な! こちらに向かってくるヌイの軍は、我らの仕掛けた罠に嵌まり、今頃は全滅しているはず……。そんな馬鹿げたことがあるか!!」
ギャリッグは悲鳴にも似た声でそう叫んだが、その声に紛れ、城外から聞こえてくる多くの兵の喚声と複数の馬の奏でる馬蹄の大音量が、その報告の確かさを如実に物語っていた。
アルヒ城はわずか一時間で陥落した。
城主のギャリッグは、突入してきたヌイの部下プリソースカの手によって討ち取られ、そのギャリッグの参謀ジューバは、ギャリッグが討ち取られた刹那、プリソースカに首を垂れ、降伏の意を示した。
ギャリッグの部下たちも参謀ジューバのその姿を見、全員が武器を捨て、膝を折り、首を垂れ恭順の意を表した。
プリソースカもヌイから言い含められていたのであろう、その敵兵全ての降伏を受け入れる。
特に参謀のジューバを生かしておくことは、彼の口からアルヒ地方領主ヴェルブリュートの背信行為を語らせるために必須であった。
アルヒ城内に、数百の兵しかいなかったのも功を奏した。
そしてヌイは、アルヒ城陥落からものの三十分で兵をまとめあげ、元来た道を急ぎ引き返す。アルヒ地方兵残党と、裏切り者のヴェルブリュートを討伐するためであった。
ヌイは、アルヒ城にクーロとツヴァンソの二大隊五百のみを残し、ルーラ隊を含め千六百で、東へ急行する。
「城内に数百しか残っていなかったとはいえ、アルヒ城を一時間で落とすヌイ殿の手腕! さすがだ!」
アルヒ城に残ったクーロが、一息つきながら同じく城に残ったツヴァンソに話しかける。
「やっぱりヌイ様はすごい!」
ツヴァンソも興奮してそう語る。
「でも、クーロ兄さんも、ヌイ様同様かっこよかったよ! 私たちの手でヌイ様を助けられたのが、すごく嬉しいね!」
抜き打ちのようなツヴァンソの褒め言葉に、クーロは思わず顔を赤らめる。
「ツヴァンソ! ありがとう。でもお前のことだから、このままヌイ殿の後をついて東へ戻ると言い出すのかと少し心配したが……、素直にこのアルヒ城に残ったのは、ちょっと意外だった!」
「兄さん! 私もそこまで夢見る少女じゃないよ! むしろ、ヌイ様にこの城を任されたのがすごく嬉しい!」
「……」
「しかし、このアルヒ城に数百しか兵がいなかったのは意外だね! アルヒ地方の主城なのに……?」
「それはヌイ殿に罠を仕掛けたぐらいの奴だから、それと連動して、主力をすぐにベンナ城へ向かわせているからだと思う!」
「じゃあ私たち、ここでのんびりしていていいの? 主力の数は不明だけど、すぐにベンナ城の応援に駆け付けないと……」
「だからヌイ殿は、僕たちだけをここに残してベンナ地方にすぐに戻ったんだよ! でも、大丈夫! ルーラがそれを見越して、自分自身はヌイ軍と合流はせず、百の兵でキャラパス砦にすぐに舞い戻っている! もう、とっくにキャラパス砦に入って、守りを固めているはずだ! これでベンナ城強襲に向かった主力軍は、キャラパス砦を抜けずにそれ以上先には進軍できていないはず! もうしばらくすれば、ヌイ軍がその主力軍の背後を脅かすであろう」
「結局、今回の顛末はどうなった? ルーラ!」
クーロがルーラにそう尋ねる。
アルヒ城陥落から五日後、ルーラも七百の軍勢を率いてアルヒ城に入城したその日に、クーロがルーラに早速尋ねていた。
「アルヒ地方から舞い戻ったヌイの軍勢が思いのほか強く、かつ貪欲で強引だったということですね!」
「ルーラ! 話を端折り過ぎだよ!」
クーロがルーラに笑いながら、そう抗議する。
ツヴァンソも横にはいるが、ルーラがいる前ではツヴァンソはいつも無口になる。クーロが嬉しそうにルーラと話すのを横目で見ながら……。
〔参考 用語集〕
(人名)
ヴェルブリュート(聖王国領ベンナ地方領主)
ギャリッグ(ゴンク帝國領アルヒ地方領主)
クーロ(マデギリークの養子。大隊長)
ジューバ(ギャリッグの参謀)
ツヴァンソ(マデギリークの養女。クーロの妹。大隊長)
ヌイ(ソルトルムンク聖王国の中官)
プリソースカ(ヌイ軍の司令官)
ルーラ(ソルトルムンク聖王国の小官)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)
ミケルクスド國(ヴェルト八國の一つ。西の国)
ゴンク帝國(ヴェルト八國の一つ。東の国)
フルーメス王国(ヴェルト八國の一つ。南の国)
(地名)
アルヒ城(アルヒ地方の主城)
アルヒ地方(ゴンク帝國領)
キャラパス(アルヒ地方の砦の一つ)
ベンナ城(ベンナ地方の主城)
ベンナ地方(ソルトルムンク聖王国の一地方)
(その他)
大隊(中隊五部隊で編成される隊。二百五十人規模の隊)




