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【111 アルヒ地方の戦い(六) ~逆転~】


【111 アルヒ地方の戦い(六) ~逆転~】



〔本編〕

 ツヴァンソの愛馬テイルクー。『尾』を意味するその名の由来は、このホースが駆ける速度が異様に速く、普段は力なく垂れさがっているホースの“尾”が、彼女ホースが駆けている時には水平にたなびく、それほどの脚力を持つホースという意味であった。

 今、彼女ツヴァンソが騎乗しているテイルクーは、二代目に当たるホースであるが、このホースこそ、ジュリス王国からツヴァンソに特別に贈られたホースであった。

 ジュリス王国と言えば、大陸一のホース産出国であり、強靭で脚の速いホースが数多く産出される。

 優れたホースを産出するに当たっての研究も、国家レベルの政策として行われているため、他國はホースの研究に当たって、ジュリス王国に大きく水をあけられていたのであった。

 ホースに関しては、ジュリス王国は他國の三十年先を進んでいるといわれているほどであった。

 ツヴァンソが騎乗する二代目テイルクーは、そのジュリス王国のさらに王や優れた騎兵にのみ贈られるヴェルト内で最上級のホースであった。

 そのツヴァンソの愛馬、二代目テイルクーは目の前の岩山の傾斜や岩肌が剥き出しの荒れ地においても、まったく平野を駆けているかと思われるぐらいの疾走をする。

 ゴンク帝國兵からすれば、岩山を飛ぶように駆け登ってくるこのホースに人外のモノを見ているような錯覚にとらわれてしまったのであった。


 むろん、だからといって全く無抵抗で登らせる程、ゴンク帝國兵は無能でも軟弱でもなかった。

ツヴァンソと愛馬テイルクーの頭上にも、矢や投石を降り注ぐ。

 しかし、馬上のツヴァンソを害しようと向かってくる岩や矢は、ツヴァンソの剣が悉く打ち払う。

ツヴァンソの剣技は、自分に向かって射かけられた矢すら打ち払うことが出来、ツヴァンソの剣撃はツヴァンソより大きな岩でさえ、真二つにするほどであった。

 ツヴァンソの剣における技量も力量も、既に達人の域を超えていると考えて差し支えないであろう。

 ツヴァンソ自身も既に常人の域をはるかに超えていたが、ツヴァンソの騎乗しているテイルクーも、戦う馬として通常の獣の域をはるかに超えていた。

 彼女テイルクーの馬体を狙った矢を、テイルクーは疾走する軌道を微妙に変えて躱し、また流線型の馬体を利用して流したりするのであった。

 矢が当たる瞬間に何らかの力を行使し、矢を馬体になぞるようなベクトルで、後方へ流すのである。

 正面からテイルクーの胸のあたりに射かけた矢が、その射たゴンク帝國弓兵の目には、馬体に当たったと思った瞬間、その矢がまるで馬体をすり抜け、彼女テイルクーの後方を飛んでいくように見えるのである。

 これは敵からすれば、魔兵の魔術とはまた別の不可思議な現象を見ているような錯覚に陥るであろう。

 また、テイルクーを正面から見れば、規則正しい上下運動をしているように見えるその前脚に、矢が当たる瞬間、前脚がかき消すように消え、次の瞬間、その前脚に射た矢が踏み潰されていたりするのであった。

 これなどは、テイルクーの神技しんぎと言って差し支えないほどの働きであった。このような技量を持つホースは、ヴェルト大陸中でも三頭といないであろう。

 さらに、ツヴァンソとテイルクーの後ろから、クーロ大隊の上級弓兵が矢を射かける。

 その矢に射殺されたゴンク帝國兵の目には、あたかも目の前で馬体をすり抜けたように見えた矢や、馬脚で踏み潰された矢が、次の瞬間テイルクーの身体を通って、自分たちに戻ってきたかのような錯覚を起こさせたようであった。

 それは射殺されたゴンク帝國兵に限らず、近くで共に敵を崖の上にあげないようにしているゴンク帝國兵にも同様に見えたので、その錯覚は彼らを一層恐怖におとしいれた。

 鬼兵ツヴァンソとその鬼馬テイルクーに矢を射かけると、その自分(ゴンク帝國兵)が射かけた矢で、自分たちが命を奪われるという言いようのない恐怖に……。

 無勢の上、このような恐怖に支配されたゴンク帝國兵に、ツヴァンソ達が崖の上に登ってくるのを阻止する力は、しばらくすると全く無くなり、わずか十分ほどでツヴァンソ大隊とクーロ大隊のほとんどが、崖の上に到達することが出来たのであった。



“崖の上からの攻撃が止んだ!”

 ヌイがそれに気付いたのは、ここに辿り着き、敵の罠に嵌まってから一時間半程度の時が経った頃であった。

 この一時間半でヌイの軍勢は二千から半分の千に激減していた。

「プリソースカは無事か!」

「はっ! おそばに!」

「プリソースカ! 味方が崖の上にやっと到達できたのか?!」

 ヌイのその問いかけに対し、プリソースカは首を横に振る。

「いえ! 我が軍は、崖を十メートルすら登ることは出来ません! メェーフが後方の岩山を攻略しようとしておりますが、そちらからもそれが攻略出来たとの報告は受けておりません!」

「では、何故!!」

 ヌイが大声で叫ぶ。

「何故! 敵の攻撃が突然止んだのだ!!」


「ヌイ様!」

 その時、崖の上から女性の声が聞こえた。

「後続のツヴァンソ大隊並びにクーロ大隊が、左右の崖の上の敵を全て蹴散らしました! 続けて崖の上から敵の砦を攻め立てます!」

 その声は、ツヴァンソであった。

「何! ツヴァンソ!! あの小娘が……!」

 ヌイより先にプリソースカが怒りの声を上げる。ツヴァンソによって、死地を脱したのにも関わらず、よりにもよって小馬鹿にしていた小娘ツヴァンソの隊に救われたという屈辱感が、プリソースカの声に大いに現れていた。

「その声はプリソースカ殿ですね!」

 ツヴァンソも、その優越感を隠そうともしない嘲笑交じりの声色で応じた。

「私と兄クーロの隊は、一気に砦を攻めます! プリソースカ殿もそれに遅れず、合わせて砦を攻めて下さい!」

「何! 大隊長の分際で、千人将の私に命令す……」

「分かった! プリソースカ! ツヴァンソ殿の指示に従え!」

 ツヴァンソの言葉に、怒りで応じたプリソースカの言葉を途中で遮り、さらにプリソースカに命を下したのはヌイであった。

「……承知いたしました! おい! 隊列を組み、砦の門を攻めろ!」

 プリソースカは、そのやり場のない怒りを敵の砦攻めに転嫁した。

 転嫁したと言うが、本来はそれが敵であり、それこそが怒りの対象のはずであったのだが、人の感情はそんな単純に割り切れるようには、なっていないものであった。




〔参考 用語集〕

(人名)

 クーロ(マデギリークの養子。大隊長)

 ツヴァンソ(マデギリークの養女。クーロの妹。大隊長)

 ヌイ(ソルトルムンク聖王国の中官)

 プリソースカ(ヌイ軍の司令官)

 メェーフ(ヌイ軍の司令官)


(国名)

 ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)

 ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)

 ゴンク帝國(ヴェルト八國の一つ。東の国)

 ジュリス王国(ヴェルト八國の一つ。西の国)


(地名)

 アルヒ地方(ゴンク帝國領)


(その他)

 千人将(小官の別名)

 大隊(中隊五部隊で編成される隊。二百五十人規模の隊)

 大隊長(大隊は二百五十人規模の隊で、それを率いる隊長)

テイルクー(ツヴァンソの愛馬)

 ホース(馬のこと。現存する馬より巨大だと思われる)

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