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【110 アルヒ地方の戦い(五) ~二大隊強襲~】


【110 アルヒ地方の戦い(五) ~二大隊強襲~】



〔本編〕

 仮にルーラの判断に相違して、途中で敵が伏せていたとしても、その時はその時である。そこで戦端が開かれるだけのことである。

 とにかく、この援軍を一分一秒でも早く、ヌイ中官軍がいる地点まで到着させることが最重要であった。

 それでも、途中の崖の上の伏兵がいることを、全く念頭に置かないわけにはいかないので、細道からヌイ中官軍との合流で急行するのは、ツヴァンソ大隊とクーロ大隊の五百とし、その他のルーラの小官軍は四つに分け、そのうちの二手ふたて――兵にして三百ずつは崖の上に登らせ、崖の上を進軍させた。

 そして一手にあたる三百の兵はこの危地の入り口、細道と両側の崖の周辺に配備し、敵の増援がここに到着した場合の迎撃部隊としたのであった。

 残った一手、ルーラと百の兵は、キャラパス砦に向けて全力疾走で引き返す。

 いくらヌイ中官軍が援軍の力を借り危地を脱したとしても、キャラパス砦を始め聖王国領ベンナ地方へ繋がる後方の砦などを敵の手に落ちていれば、アルヒ地方攻略軍全軍の半数にあたる五千が、敵地内で孤立してしまう。

 ベンナ地方領主が、ゴンク帝國側と繋がっていると考える以上、ベンナ地方までの道を自力で確保しない限り、アルヒ地方攻略軍五千は帰るルートを失い、全滅してしまう。

 兎に角も、それら全ての行動が時間との戦いであった。


 ツヴァンソを先頭に、ツヴァンソ大隊並びにクーロ大隊五百が、両側を崖に阻まれた細道を全速力で駆け抜ける。

 結果、距離にして四キロメートルの細道をものの五分で駆け抜けることができた。しかし、幸いも一度として敵に遭遇することは無かったのであったが、五分で駆け抜けたツヴァンソ達の目の前に突然、巨大な岩山がたちはだかった。

 その岩山の向こう側から悲痛な叫び声が聞こえてくる。

「ここに大量の岩を落とし、道を塞ぐことによって、ヌイ様の隊が後退できないようにさせられている! 急がないと……」

 ツヴァンソがそう叫び、さらに言った。

「……しかしこの細道を塞いだ岩山は、絶壁の崖を登るよりはるかに楽だ! ツヴァンソ大隊!! 皆、下馬して、この岩山を一気に登り、崖の上にいる敵を蹴散らすぞ!!」

『おお~!!』

 ツヴァンソのその声に呼応し、大隊全員が直ちに下馬するや、岩山を一斉に登り始めた。

「クーロ兄さん!!」

「分かっている! 僕の隊は崖上の敵を矢で狙い撃ちし、ツヴァンソ大隊が登るのを援護する!!」

 クーロはそう言うと、片腕をあげた。クーロ大隊の弓兵たちは、一斉に矢をつがえ、崖の上の敵兵目がけて矢を射かけた。

「弓兵以外は、ツヴァンソ大隊の後に続いて、岩山を登れ!」

 クーロも叫ぶ。


 ヌイ中官軍をまんまと罠に嵌めたゴンク帝國兵たちであったが、細道を塞ぐために岩を落として作った岩山の後方から突如として登ってくる敵兵には、驚きを隠せなかった。

「まさか! 敵に後続の兵がいたとは……。ベンナ地方の地方領主からはそのような報告は得ていない! まあ、良い! そやつらも一人残らず追い落としてしまえ!」

 崖の上に伏せていた兵のうち、指揮官であろう兵がそう叫ぶ。

 それに応じて、崖の上から岩山を登って来るツヴァンソの兵たちに対し、石が落とされ、そして矢が射かけられる。

 しかし、元々ヌイ中官軍を罠にかけるために伏せていた兵たちであるので、ヌイ軍に対しては、一人として後退させないほど用意周到に策を練ってきていたが、そのヌイ軍の後方から突如として現れたツヴァンソとクーロの二大隊に関しては、いくら指揮官が強がっても、むしろ虚を突かれたのは、待ち伏せしていたはずのゴンク帝國兵の方だったのである。

 その一つの虚が、ヌイの軍が後退できないよう大量の落石によって築かれた急造の岩山がそれであった。

 ヌイ軍の後方側は、ヌイの兵がそこから逃げられないよう岩を計算して垂直に落とし、ヌイ側の岩山は、ほぼ両側の崖に近い絶壁となり、それをよじ登るのはほぼ不可能なほどであった。ほぼ垂直に近い八十度以上の急傾斜であったろう。

 それに対し、今、ツヴァンソとクーロの大隊が到着した岩山の裏側には、そのような配慮がなされているような落とし方ではなかった。およそ傾斜角四十度程度の緩斜面であったろう。

 むしろ、岩山自体をヌイ軍の力で取り除かれないよう、後方には必要以上に岩を落としたのが、今回の場合はさらなる裏目となった。

 この緩斜面であれば、一般の兵なら普通に立ったまま登っていける。さらに、強靭なホースと馬術を極めた騎兵であれば、下馬せずにそのままホースに騎乗したまま駆け登れる。

 事実ツヴァンソも、大隊員に下馬を命じ、徒歩で岩山を登るよう命じたが、当のツヴァンソと、ツヴァンソと小隊の時代から共に戦場で戦っていた精鋭や、また馬術に優れた騎兵などは、下馬せず騎乗したまま岩山を駆け登っていった。

 そのような急造の岩山の裏側から敵の援軍が現れると想定していないゴンク帝國兵にとって、岩山の形状も虚をつかれるには十分な要因であったが、さらにヌイ軍を仕留めることを目的としていた伏兵たちであったので、急造の岩山がある程度作られた後は、伏兵の多くがヌイ中官軍の前から中間辺りの地点へ集中していた。

 そのため、後方にはほとんど伏兵がいない状態であった。

 ツヴァンソ大隊が急造の岩山を登り始めた時、その崖の上には両側で百に満たない敵兵しかいなかった。

 慌てて数名が、ツヴァンソとクーロの大隊が岩山を登り出していることを、前方でヌイ軍に攻撃を加えている仲間の兵に伝え、後方に応援に来るよう要請をしたが、相手の隙をつき一方的に相手を殺戮している兵たちにとって、自分たちが逆に虚をつかれたことに気付き、その対処に向かうのは、心と頭の瞬時の切り替えが必須で、敵に対して一方的な殺戮気分に酔っていた兵たちにとって、その切り替えは最も困難なことであった。

 さらに、大声を発しながらヌイ軍を嬉々として屠っている最中でもあったので、なかなか緊急の要請に気付き、後方に応援に向かうといった兵はほとんどいなく、結果、ツヴァンソ大隊の先陣は、急造の岩山の麓に到達してから、わずか十分で両側の崖の上にまで到達してしまったのであった。

 後方の百程度のゴンク兵では、ツヴァンソ大隊とクーロ大隊の一部を含む三百五十の兵が登ってくるのを食い止めるということは不可能であり、さらにクーロ大隊の弓兵による援護射撃により、百人の後方部隊のうち三十程度が射殺いころされ、さらに残りのうちの二十が何らかの手傷を負わされ、登ってくる兵への対処が全く出来なくなってしまったのであった。

 崖下から崖上に射かけるという不利な位置でありながら、それほどの戦績を挙げたクーロ大隊の弓部隊の実力は、この当時はまだあまり知られてはいなかった。しかし数年後には、クーロの弓部隊と言えば、他国で知らない者がいないほどの有名になっていたのである。




〔参考 用語集〕

(人名)

 クーロ(マデギリークの養子。大隊長)

 ツヴァンソ(マデギリークの養女。クーロの妹。大隊長)

 ヌイ(ソルトルムンク聖王国の中官)

 ルーラ(ソルトルムンク聖王国の小官)


(国名)

 ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)

 ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)

 ゴンク帝國(ヴェルト八國の一つ。東の国)


(地名)

 アルヒ地方(ゴンク帝國領)

 キャラパス(アルヒ地方の砦の一つ)

 ベンナ地方(ソルトルムンク聖王国の一地方)


(その他)

 小官軍(軍の最小単位で、千人規模の軍)

 小隊(この時代の最も小規模な集団。十人で編成される)

 中官軍(三千人規模の軍)

 大隊(中隊五部隊で編成される隊。二百五十人規模の隊)

 ホース(馬のこと。現存する馬より巨大だと思われる)

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