【108 アルヒ地方の戦い(三) ~軍議にて(続)~】
【108 アルヒ地方の戦い(三) ~軍議にて(続)~】
〔本編〕
「罠?!」
ヌイの目が一層鋭くなった。
「ルーラ殿は、何を指して罠だと言われている?!」
「断崖で挟まれた細道の出口に、砦を築かれていた場合などのことをそう言いました! さらに断崖の上に兵を伏せられ、矢や落石で攻め立てれば、ヌイ殿の軍がいかに強くても、一方的にやられてしまいます!」
「そのような砦はない!」
「ヌイ殿はこの初めての地を、既に調査済みなのですか?」
「いや……、……しかしベンナ地方の領主、ヴェルブリュート殿から全ての情報は得ている! ヴェルブリュート殿は、ずっとアルヒ地方のゴンク帝國兵と戦っているため、アルヒ地方のことについては何でもご存じだ!」
このヌイの発言に、ルーラは少し思考を巡らし、また口を開いた。
「そうかもしれませんが、それでもヴェルブリュート殿が知らない間に、砦の一つぐらいは構築されているかもしれません! 念には念を入れ、一度斥候を放った方がよろしいでしょう。何でしたら、私が斥候を放ちましょうか?」
「ルーラ殿! 慎重なのも分かるが、今は少しでも早く行動に移さなければ、アルヒ城への奇襲が意味を成さなくなる。既にアコニト将軍の承認は得ており、アコニト将軍から千の軍勢が、ここに向かって進軍を始めているという報告をいただいている。その千の兵には、このキャラパス砦とその後方の攻略済の各砦に入ってもらうことになっている。これで少なくとも、敵に背後をつかれる憂いはなくなり、よって我らがここで孤軍となる杞憂もない!」
「今日の軍議で作戦が決まる前に、アコニト将軍にそのような要請を出されていたのですか?」
ルーラのこの言葉に、ヌイも少しばつ悪そうに、声のトーンを落とす。
「ルーラ殿に図る前に物事を決めたのは申し訳なかった。しかし、これは迅速を第一としたためだ! ルーラ殿! 賛同していただければありがたいのだが……」
「この場の指揮官はヌイ殿です! そこまで手を回されているのであれば、何ら問題はございません。私は全面的に協力いたします。コロンフル殿もそれで宜しいですか?」
「私も構いません!」
コロンフルが頷いた。
「よし、それでは直ちに作戦の決行だ! シュナーベル!」
「はっ!」
「お前の千の軍勢を二手に分け、ルーラ小官軍とコロンフル小官軍に加われ! そして明日の朝一で、それぞれの小官軍と共にキャラパス砦の左右の砦に向かって進軍せよ! 本隊の二千は、明後日に時間が変わる頃合いに一気にアルヒ城まで駆ける! これで明後日の早朝前には、アルヒ城の包囲が完了している!」
軍議のおおよそはこれで決した。
翌日、キャラパス砦から西側五キロメートルにある砦に、コロンフル軍とヌイ配下のシュナーベル軍千五百が攻めかかる。
砦自体が小規模で百人程度しか収容できないこの砦は、わずか一時間程度で陥落した。
「コロンフル殿! 本来は貴軍が主力であるところ、私と私の軍に花を持たせていただけて、かたじけない!」
シュナーベルは上機嫌で、コロンフルにそう話しかける。
「いえいえ、この砦を陥落させるのであれば、一番の精鋭であられる貴殿の軍をぶつけるのが、より効率的だと思ったからです。お気遣いは無用ですぞ!」
コロンフルもニコニコ笑いながら、シュナーベルにそう応じた。
「いえ、それこそ本来は私の小官軍を二手に分け、コロンフル軍とルーラ軍に振り分けるようヌイ様から命じられていたにも関わらず、実際にはコロンフル殿が小官軍を二手に分けられ、私の小官軍を二手にわけず、一体として運用することを許されたこと、まことに恐縮であります。その上さらに先鋒の栄誉まで譲られるとは……」
「はて、シュナーベル殿にはご迷惑な申し出でございましたか……?」
「いえいえ、とんでもございません。これほどの配慮、ありがたさで一杯であります!」
ヌイの部下、シュナーベルは上機嫌であった。
「それであれば、私の軍を二手に分けた甲斐がございました。それにシュナーベル殿は、決してヌイ殿の命令を違えたわけではございません! ヌイ殿はキャラパス砦の左右の砦を落とすという助攻役を、ルーラ殿と私コロンフルの小官軍に命じたわけで、そこに追加の軍勢としてシュナーベル殿の小官軍を加わるようにと命じたに過ぎません! ……なので、その三千をいかに分けるかの細かい指示についてヌイ殿は具体的にはなされておりません。むろんヌイ殿の考えは、ルーラ殿と私の小官軍に左右の砦を落とすよう命じた以上、追加の自軍を均等に振り分けるという一般的な発想ではあったと思います。しかしそれはあくまでも、助攻を命じられた私たち小官軍を一体として運用するという発想が前提だったからであります。私の小官軍を二手に分けると、私とルーラ殿が了承すれば、何ら問題はありません。仮にヌイ殿に、そのような軍の分配をしたと後日報告しても、それは承諾される事柄であって、間違ってもシュナーベル殿や我々が詰問される内容では決してありません!」
「コロンフル殿からそう言っていただければ、私も憂いはございません! 正直、ヌイ様から私の軍を二手に分けるよう言われた時には、私が指揮しない方の五百を誰に任せるかで頭を悩ませておりました! 私の軍には明確な二番手の指揮官をおいていないもので……。それに私の軍は一体で運用して、初めて実力を十二分に発揮できます。それを二手に分けることには正直、非常な抵抗感がありました。むろん、ヌイ様のご命令なので当然従うつもりではおりましたが……」
「……」
「それをコロンフル殿とルーラ殿の承諾で、二手に分けることなく軍を運用できるのみならず、砦の攻略を私の戦績としてくださいましたこと、コロンフル殿にはどれだけ感謝しても、し足りないぐらいであります!」
ここまでのコロンフルとシュナーベルの会話から、本来は二手に分けるべきシュナーベル小官軍を分けず、代わりにコロンフル小官軍を二手に分けたことが読み取れる。
キャラパス砦の右(西)側の砦を攻めた軍が、シュナーベル軍の千とコロンフル軍の五百の軍勢であれば、当然、左(東)側の砦を攻めた軍は、ルーラ軍千と、コロンフルの残り五百であることは容易に想像できる。
そして、ルーラ小官軍に加わったコロンフル小官軍のうちの五百の内訳は、クーロ大隊二百五十とツヴァンソ大隊二百五十であった。
つまりこの配分にしたのは、ヌイから追加されたシュナーベルの小官軍をあえて分けないで運用するためでなく、ルーラ小官軍にクーロ大隊とツヴァンソ大隊を編入させるためだったのである。
〔参考 用語集〕
(人名)
アコニト(聖王国の将軍。アルヒ地方攻略軍総司令官)
ヴェルブリュート(聖王国領ベンナ地方領主)
クーロ(マデギリークの養子。大隊長)
コロンフル(マデギリーク将軍の副官)
シュナーベル(ヌイ軍の司令官の一人。千人将)
ツヴァンソ(マデギリークの養女。クーロの妹。大隊長)
ヌイ(ソルトルムンク聖王国の中官)
ルーラ(ソルトルムンク聖王国の小官)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)
ゴンク帝國(ヴェルト八國の一つ。東の国)
(地名)
アルヒ城(アルヒ地方の主城)
アルヒ地方(ゴンク帝國領)
キャラパス(アルヒ地方の砦の一つ)
ベンナ地方(ソルトルムンク聖王国の一地方)
(その他)
小官軍(軍の最小単位で、千人規模の軍)
大隊(中隊五部隊で編成される隊。二百五十人規模の隊)




