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【107 アルヒ地方の戦い(二) ~軍議にて~】


【107 アルヒ地方の戦い(二) ~軍議にて~】



〔本編〕

 ヌイが突如、軍議を開いた。

 ヌイは、今までほとんど軍議を開かずにこのアルヒ地方攻略を遂行していたが、二月二五日の夜、つまりアルヒ地方攻略を始めて八つ目の拠点を落としたその当日の夜のことであり、それも夕刻にいきなり関係者に伝えられた。

 ヌイがアルヒ地方攻略を始めて五十五日間経過したが、その間に軍議を開いたのはたったの三回であったので、この二月二五日の軍議が四回目ということになる。

「たかだか一つの拠点を落とすのに、二十日もかけるとはどういうことだ!!」

 軍議の開口一番、ヌイの怒号が飛んだ。

 ヌイ中官軍を率いている三人の小官(千人将)が、ヌイの怒号の前でうなだれている。

 一度ひとたび戦場に立てば、敵が恐れおののく猛将たちが、ヌイの前では、まるで飼い主に怯える子犬のようにびくびくしていた。


「ヌイ殿! 今回、落とした拠点は別名“キャラパス”と呼ばれ、ゴンク帝國の言葉で『甲羅』を意味する鉄壁の拠点! それを陥落させるに、二十日とは早い方で、決して時間がかかったとは思われないが……」

 ヌイは鋭い眼光で、今の発言をした者を凝視する。

 その発言の主は、そこに居る皆の想像に違わず、ルーラであった。

「ルーラ殿! これは我が中官軍の問題! そのような一般論で反論するのは控えていただきたい!!」

 ヌイにしては、言葉を極力選んだ言い方であったが、その内容はルーラの口出しをはっきりと拒絶するものであった。

「いや!」

 それに対し、ルーラも毅然とした態度で反論する。

「確かに、キャラパスの拠点を攻めたのは、ヌイ殿の中官軍であるかもしれないが、ここにいるアルヒ地方攻略軍は、ヌイ殿の中官軍だけで編成されているのではありません! ……なので、ヌイ殿の軍だけの内輪の話というわけには参りません!」


「……さらに意見を申し上げたいのですが、よろしいでしょうか?」

 今まさに否定的な意見を述べたルーラが、さらにそこに上乗せするような発言をする。

 ヌイの気性から鑑みるに、先程までの発言だけでも、並みの者には言い出すことすら躊躇してしまうほどの内容であり、さらにヌイから拒絶の意が発せられたにもかかわらず、それを上回る否定的な発言をし、その上で意見を述べようとするルーラに、さすがにここにいる誰もが固唾を飲んで見守った。

 特にツヴァンソは、ルーラに対し物静かなイメージしか持っていなかったので、ツヴァンソ自身ですら、怒りが頂点に達しているヌイにここまで言うことは絶対に不可能と思われるので、その驚きは尋常のものではなかった。

「ルーラ殿。ここは軍議の場だ! どのような意見であっても、それを遮るのは良い傾向とはいえない! はっきり申されよ!!」

 ヌイが極力冷静に言葉を選び、ルーラにそう応える。

 これがルーラの発言でなければ、絶対にヌイは怒号を発し、その者の発言を封じたであろう。

「ありがとうございます。それでは忌憚きたんなく……」

 ルーラが形の整った唇を開き、言葉を紡ぐ。


「先ず、アルヒ地方攻略の手順でありますが、一つ目の砦の攻略から五つ目の砦の攻略までは、理にかなった順番であったと思います。しかし、六つ目の砦からは兵法に則った手順ではないのかと……、六つ目の砦を落とす前にその左右の砦を先に攻略すべきだったと、私は思います。さらに、それらの砦を攻略する前に、七つ目の砦を攻略し、さらにこの“キャラパス”の砦を落としたことにより、私たちの軍は敵の領土内で突出した形となってしまいました。これでは、攻略していない後方の砦から敵兵が出陣し、七つ目に落とした砦を再奪取されれば、私たちの軍は、このキャラパスの砦に取り残される形となります。このことについてヌイ殿はいかなるお考えであるか? ご意見をお聞かせいただけますか?」

 このルーラの指摘は、ルーラほど明確でないにせよ、誰もが薄々勘づいていた事ではあった。

 一つ目から五つ目の砦までは、聖王国領ベンナ地方からゴンク帝國領アルヒ地方に侵攻した場合、周りを固めながらの侵攻であるため、アルヒ地方の侵攻に関しては、決して速くはなかったが、それでも侵攻している軍が後ろから敵兵に攻められる憂いのない正攻法であった。

 しかし、六つ目の砦の攻略は、それより手前の左右に敵の砦をそのままにした以上、いきなり心もとない状況となってしまい、さらに七つ目そして八つ目のキャラパス砦と、アルヒ地方の中心部に向かって一気に伸ばす攻略方針から、周りに敵がいる砦を残したままの進軍となり、アルヒ地方の兵に背後から攻められ、五千のヌイ軍がそのまま敵領土内に孤立させられてしまう状況へとなっていた。

「うむ。ルーラ殿の指摘の通りである!」

 ヌイは暗に相違し、ルーラの指摘を素直に認めた。

「しかし……、これは考えあっての軍事行動である!」

 ヌイは、はっきりとそう述べる。


「それは、このキャラパスを落としたことにより、アルヒ地方の主城――アルヒ城を直接狙えるようになったということだ!」

 ヌイはそう言い切った。

「確かにここからアルヒ城までの距離は五十キロメートルではあるが、その大半は草原地帯であるから、騎馬の足で一気に駆ければ、一時間でアルヒ城まで到達できる!」

「……確かにそうですが、アルヒ城を一気に攻略しなければ、私たちはアルヒ地方の中央部で敵に囲まれてしまいます! それに大半が草原地帯とは言いましたが、一か所だけ距離にして一キロメートル程度ではありますが、危地があります! ヌイ殿はそれにお気付きとは思いますが……?」

「むろん知っている!」

 ヌイがルーラの指摘に、はっきりとそう答えた。

「危地?!」

「距離にして一キロメートル程度ですが、高さが三十メートルの絶壁が左右にそびえる細い一本道があります。そこを抑えられたら、兵はそこから先には進めません。脇道とかは一切ないので……、おそらく草原地帯に小さな丘が元々あり、その丘をゴンク帝國側が一部を切り崩して、道としたのでありましょう」

 ツヴァンソの呟きに、ルーラがツヴァンソの方を向いて、そう答えた。

「たかだか一キロメートルだ! 一気に駆け抜ければ何ら問題ない! 仮に敵がその出口を抑えていたとしても、俺の騎兵たちで蹴散らせばいいだけ! それにただ、単純に全軍でアルヒ城に直進するわけではない!」

「何か案を……?」

「ルーラ小官軍とコロンフル小官軍は、それぞれここから左右に動き、キャラパス砦の左右にある砦を攻略してもらいたい。それぞれの小官軍に俺の中官軍のうちから五百ずつ分けて追加する! それぞれ千五百で二つの砦に攻めかかれば、敵は俺の主力軍だと思うはず! その敵の隙をつき、二千の軍で一気にアルヒ城を攻略する! 当然、敵の伝令が慌てて我らの動きをアルヒ城に伝えようとするはずだが、我が騎兵の機動力がそれを上回るので問題ない! 主城が落ちれば、アルヒ地方の軍の指揮系統は混乱に陥る! 場合によってはアルヒ地方のみならず、さらにゴンク帝國領に深く攻め込むことも可能だ!」

「……ただし、敵が危地に前もって罠を仕掛けていれば、こちらが一気に全滅の危機に陥りますが……」

 ルーラがさらなる指摘をする。




〔参考 用語集〕

(人名)

 コロンフル(マデギリーク将軍の副官)

 ツヴァンソ(マデギリークの養女。クーロの妹。大隊長)

 ヌイ(ソルトルムンク聖王国の中官)

 ルーラ(ソルトルムンク聖王国の小官)


(国名)

 ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)

 ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)

 ゴンク帝國(ヴェルト八國の一つ。東の国)


(地名)

 アルヒ城(アルヒ地方の主城)

 アルヒ地方(ゴンク帝國領)

 キャラパス(アルヒ地方の砦の一つ)

 ベンナ地方(ソルトルムンク聖王国の一地方)


(その他)

 小官(指揮官の位の一つである官の第三位。千人規模を指揮する。大隊長より上位)

 小官軍(軍の最小単位で、千人規模の軍)

 中官軍(三千人規模の軍)

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