【103 ヴェルブリュートへの疑惑】
【103 ヴェルブリュートへの疑惑】
〔本編〕
「……しかし、一つ懸念があります!」
ここで、ルーラがある心配事について語る。
「私たちが、ベンナ地方からゴンク帝國に攻め込むとすれば、ベンナ地方とゴンク帝國の国境線のアルヒ地方で間違いないのですが、実はそこに一つの懸念があります」
ルーラが“懸念”という言葉を二回使った。
「アルヒ地方に優秀な敵司令官でもいるとかですか?」
「いえ、クーロ。そういうことではありません! ヌイの軍であれば、アルヒ地方各拠点を容易く攻略していくことでありましょう。アルヒ地方の領土を半分も手中にすれば当面の目標である、ゴンク帝國が、ミケルクスド國を攻めようとするフルーメス王国の背後を攻める余力は全くなくなることでありましょう」
「アルヒ地方に強敵がおらず、ヌイの軍で十分攻略できるのであれば、ルーラは何を憂いているのですか?」
「私が憂いているのは、我がベンナ地方の地方領主ヴェルブリュート殿についてです!」
「ベンナ地方の領主ヴェルブリュート殿といえば、地方領主として非常に優秀で、今から十年前の龍王暦一九二年にこのベンナ地方に着任して以来、ゴンク帝國からの侵攻を全く許していないとか……。ルーラ殿は、そのようなヴェルブリュート殿に何を心配されていらっしゃるのですか?」
これは、コロンフルからの問いかけ。
「ゴンク帝國の侵攻を全く許していないといえば、少し語弊があります。実際に聖王国とゴンク帝國のこの国境線は微々たるものではありますが、敵の侵略などにより何度か変化しております。それでも、少しゴンク帝國の侵攻を許し国境線を聖王国側に引き直されたとしても、すぐにそれをヴェルブリュート殿が押し返し、元の国境線に戻しているので、ゴンク帝國の侵攻を十年間全く許していないのと同じ状態ではあります。しかしながら、私にはそこが少し引っかかるのです!」
そう言うと、ルーラが意を決し核心部に話を進めた。
「私が杞憂していることは、聖王国領ベンナ地方の地方領主ヴェルブリュート殿が、ゴンク帝國領アルヒ地方の有力者、あるいはゴンク帝國本国の有力者とある密約を結んでいるのではないかということです!」
「ゴンク帝國と密約!! それは、ヴェルブリュート殿が聖王国を裏切っているということですか?! それはルーラ様の考え過ぎではなく……」
「コロンフル様! ヴェルブリュート殿が聖王国を裏切っているとは申しておりません。……ただ、ゴンク帝國側と何らかの約束事を、こっそりとしているのではという疑いであります。端的にいえば、地方間の不戦条約的な約定を密かに結んでいるとか……。國の中央政府に内緒であれば、それは広い意味では背任行為かもしれませんが、それによって聖王国のベンナ地方と、ゴンク帝國のアルヒ地方の国境線が安泰であれば、中央政府としても、それを殊更に明るみに出さず、むしろ黙認していることも考えられます。なんと言っても、少し前までの聖王国は、四方全て敵国に囲まれた四面楚歌状態であり、今もその状況にそれほどの大きな変化があるわけではないので……。聖王国の中央政府も仮に気付いたとしても、状況が大きく変化するまでは、それを一つの必要悪として容認している節がございます」
『……』
これには、クーロ、ツヴァンソ、コロンフルの三人も一言も発することが出来なかった。
「あるいは、中央政府の大臣の中には、それを積極的に後押ししている者がいるかもしれません! ……ただ、これは、常時戦争状態の今であれば、多かれ少なかれあることであり、ヴェルブリュート殿としても、聖王国が目に見えて弱小化しない限り、ゴンク帝國に積極的に加担することはないでありましょう!」
「しかし、ルーラ! それは、ルーラの憶測だけで、何もそれを裏付けるものはないのでは……」
「クーロ、その通りです! 何か証拠があるわけではありません!」
「では、ルーラ! 何故、そう思ったのですか? 何か、そう考えるには理由があると思いますが……」
「それは、ベンナ地方とアルヒ地方の国境線の動きからそう推測し、ヴェルブリュート殿が着任してからの領地の増減を全て調べ挙げ、確信に至りました! むろん、証拠にはなりませんが……」
ルーラの言葉からそれは揺るがない確信であると、クーロは感じた。
ルーラがそう言って、広げた馬皮紙にまとめられた表を見て、クーロだけでなく、ツヴァンソもコロンフルも納得がいった。
「最初の二年は、単純に侵略された領土を奪還するという形で奪い奪われ、その一年の年末の十二月に、その年の年初の一月の国境線に戻っております。さすがに三年目からは、そんな単純な国境線の線引きはなくなりましたが、結局、その年の年末には、奪った領土と奪われた領土の生産高がほぼ同量であるという調査結果が出ました。奪い奪われた領土の大きさはその年によってまちまちですが、土地の生産高で換算すると、きっちり同量になっております。それが、ここ十年毎年、同じパターンで推移しております」
ルーラが、馬皮紙を指し示しながらそう説明した。
「しかし、証拠とは言えないまでも、ここまで露骨な形でヴェルブリュート殿が画策していたとは……!」
クーロが呆れたように呟く。
「誰も気づかないと、高をくくっていたのだと思われます。さらに慣れによる慢心も加わり……」
ルーラがクーロの言葉にそう応じる。
「しかし、ブーリフォン聖王子様がその疑惑に気づき、私が聖王子様の依頼で徹底的に調べ上げなければ、ここまでのことは出てきませんので、そういう意味では高をくくっていても致し方ないことだとは思いますよ! もちろん、私であれば、このような幼稚で単純な手は用いませんが……」
最後の一言には、ルーラの皮肉が存分に込められていた。
「ブーリフォン聖王子様が……!! それでは、ルーラは!」
「はい! この馬皮紙を拝見されたブーリフォン聖王子様の要請に従って、この地に参りました!」
ルーラは静かに微笑んだ。
「ブーリフォン聖王子様直々の要請とは!! ルーラはすごいなぁ~」
クーロが目を輝かせて感動する。
「いえ! ……ところで聖王子様は、クーロとツヴァンソのこともよくご存じでしたよ! 今回の戦いにおいて、ベンナ地方の地方領主にそのような疑惑があったにせよ、ベンナ地方以外からゴンク帝國に攻め込むというのは、諸々の諸条件からかなり難しい状況ですので、聖王子様は、私たちに大いなる期待をされているのだと思われます。それでも、ヴェルブリュート殿が我らを害したり邪魔したりするような動きさえしなければ問題はなく、さらにこのタイミングで聖王国を裏切るのはヴェルブリュート殿にとってあまり得することではないので……。これは聖王子様と私の共通認識でもあります!」
〔参考一 用語集〕
(人名)
ヴェルブリュート(聖王国領ベンナ地方領主)
クーロ(マデギリークの養子。大隊長)
コロンフル(マデギリーク将軍の副官)
ツヴァンソ(マデギリークの養女。クーロの妹。大隊長)
ヌイ(ソルトルムンク聖王国の中官)
ブーリフォン聖王子(ソルトルムンク聖王国の聖王子)
ルーラ(ソルトルムンク聖王国の小官)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)
ミケルクスド國(ヴェルト八國の一つ。西の国)
ゴンク帝國(ヴェルト八國の一つ。東の国)
フルーメス王国(ヴェルト八國の一つ。南の国)
(地名)
アルヒ地方(ゴンク帝國領)
ベンナ地方(ソルトルムンク聖王国の一地方)
〔参考二 大陸全図〕




